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知らない人にはよくわからない伝記映画~『マイケル』(試写)

 アントワーン・フークア監督『マイケル』を試写で見た。

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 マイケル・ジャクソン(ジャガー・ジャクソン)の子ども時代から1988年のソロツアーまでを描いたミュージシャンバイオピックである。子どもの時は父親のジョセフ(コールマン・ドミンゴ)に虐待されていたものの、天性の才能ですぐにスターになり、モータウンと契約する。ところが大人になっても父親の管理が厳しく、なかなか自由なソロ活動もできなくて、苦労してやっと父親の影響から離れられる…というような展開である。

 私はあまりマイケル・ジャクソンについて詳しくないので(もともとあまり興味が持てなくて、なんでなのか真面目に考えてみたところ、ひどい言い方…だが、なんかあの「去勢直前のボーイソプラノ」みたいな、素直に「男らしさ」を実現しようとしているわりに成熟したエロティシズムが伴わない感じが苦手な気がする。なんというか、セクシーであることを強要されているフレッド・アステアを見てるみたいな感じがする…)、正直けっこうよくわからないところが多かったという印象である。歌とダンスはふんだんにあるのだが、それをつなぐ話がスカスカで、なんかライヴのダイジェストを物真似で見ているみたいな感じである。とくに???だったのはレーベルとの関係で、子どもの頃ベリー・ゴーディ(ラレンズ・テイト)に大変よくしてもらったらしいのに、いつのまにか突然大人になっていてモータウンからエピックに移籍しており、しかもどうもお兄さんのジャーメインがモータウンに残ったことにジョセフが文句を言うところからしてモータウンともめたらしいのに、後でベリー・ゴーディがとくにわだかまりなく楽しそうにマイケルのライヴに遊びに来ていたりして、いったいどういう経緯でそうなったのか全然わからなかった(詳しい人と一緒に試写に行ったので、後でそのへんを詳しく説明してもらった)。また、弁護士のジョン・ブランカ(マイルズ・テラー)を雇って父親をクビにしたはずなのにそれでもなぜかジョセフがマイケルの活動について決定権を握り続けている描写があり、レーベルがそれに何も言わないあたりもいったいどうしてそうなるのかよくわからなかった。マネージャーじゃない人がアーティストの活動を管理してたら、ふつうレーベルが何か言わない…?

 また、いったいマイケル・ジャクソンが楽曲を作るにあたってアルバムごとにどういうコンセプトを立てていたのかとか、何を目的にしていたのか、どういうところが革新的だったのかとか、どういう受容のされ方をしていたのかといったことが全然わからない。『ボヘミアン・ラプソディ』の時も、クイーン以外の外部の音楽がほとんど存在しない構成で、いったいクイーンの何が独創的なのかよくわからないところが不満だったのだが、『マイケル』はそれよりひどいと思う。『ボヘミアン・ラプソディ』は一応クイーン全員の共同作業の描写があるのでどうやって曲を作っていたかはわかるのだが、この映画は序盤でちょっとクインシー(ケンドリック・サンプソン)が出てくるだけで、それ以外はほとんどマイケルが自分の個室スタジオみたいなところで紙に書いたメモを前に悩んでいる…みたいな感じなので、どういう理路で何ができているのかよくわからなかった。とくにマイケル・ジャクソンというとヴィジュアルとかファッションへのこだわりが重要なのだと思うのだが、そのへんが「たまに家でクラシック映画を見てました」くらいの背景しか出てこなくて、何をきっかけにどれを思いついたみたいな展開があまりない。少なくともここは舞台の『MJ』(本作と関連はない)のほうがだいぶうまくやっていたと思う(どっちも性的虐待疑惑とかに触れていない点では描きたくないところを除去して美化しているのでどっこいどっこいだが、ただこの映画のほうは続編があるかもという建前はあるので)。

 また、編集がけっこう良くない。序盤で有名になったばかりのマイケル・ジャクソンの家にどんどんトラックがやってくるところがあるのだが、最初はいったい何がマイケルの家に運ばれているのかよくわからず(機材?ファンレター?)、バブルスやらキャデラックの話題が出てきてやっとわかった。あと、途中で『ビリー・ジーン』のミュージックビデオをMTVで流そうという話が出てくるのだが、『ビリー・ジーン』のライヴの再構成版はわりとしつこく出てくるのにミュージックビデオの再構成版は出てこないので、あまり詳しくないリスナーとしては「えーっと、あの床の色が変わるやつだっけ?」みたいになってしまい、いささか不親切だと思った。こういうふうに話のほうはすっ飛ばし気味なのに、とにかく映画としての尺が長いのはちょっと問題だと思う。

 まあ面白いと思えるところはある。ダンスと主演の演技はまあけっこういい。あと、全体的にマイケルがすごく理想化された良い人みたいに見えるのだが、そうでなくなるごくわずかなところだけは面白い…というか、ボディガードのビル(キーリン・デュレル・ジョーンズ)と弁護士のジョンが出てくるところは、場面としてはかなり少ないのだが、どれもマイケルが父親とかレーベルに反抗して不満や抵抗の意を示すところで、そこは笑えたり人間らしい側面が垣間見えたりする。とくにマイルズ・テラー演じるジョン(本作のプロデューサーらしい)はほとんど出番がないのに出てくるたびになんか面白いので、プロデューサーの役得でかなり美化された儲け役にしたんかな…とか思ってしまったが、一方でテラーがこういう役が得意だから目立って見えるというのはまあありそうだ(なお、ジョン・ブランカは日本語版ウィキペディアに明らかに名誉毀損になりそうなことが書かれて長期間放置されており、最近版指定削除された。これに限らずマイケル・ジャクソン関係の日本語版ウィキペディア記事はあまりぱっとしないものも多いので、いっぺんエディタソンをやるべきかもしれない)。

 全体的に私はたいして面白くなかったし、直前に別の試写で見た『EPiC』がコンサート映画なのにちゃんとミュージシャンバイオピックっぽくエルヴィスの音楽性がわかる内容になっていたのとはかけ離れすぎていて、やっぱりバズ・ラーマンすごいな…と思ってしまった。ただ、そこまでものすごくひどいわけではない…というか、『Back to Black エイミーのすべて』とかもっとずっとひどいミュージシャンバイオピックはあるので(私はエイミー・ワインハウスがかなり好きだったのでだいぶ不機嫌になって映画館を出た。ふだんはあまりそういうことをしないたちだがこの映画については「エイミーが好きな人は見ないほうがいい」と公言せざるを得ないくらいダメであったし、好きでないとか興味がない人が見ても別に全然面白くはなかっただろうと思う)、それに比べりゃだいぶマシとは言える。