ヤマト「森雪」声優が鎌高で考えた社会問題 親に止められた反戦デモ
■青春スクロール 神奈川県立鎌倉高校 3
表現者として様々な分野で個性を発揮する卒業生がいる。
講談師の一龍斎春水(はるみ)さん(73、1971年卒)は、かつて声優「麻上洋子」として活躍した。アニメ「宇宙戦艦ヤマト」のヒロイン・森雪役で知られる。
鎌高では放送部(広報委員会)に所属し、昼休みの教室に音楽を流した。「本当は演劇部に入りたかったけど、鎌高にはなかったので」
文化祭では舞台にマイクを2本立てて、「町のネズミと田舎のネズミ」を演じた。自分たちで台本をつくり、音楽や効果音を入れながら音だけのドラマを披露した。
ちょうどそのころ、日本初の声優の学校ができると聞く。大学進学から進路のかじを切った。
先輩たちは「大学は何をやっても自由」と言う。でも、いま鎌高で十分好きなことをできている実感があった。だから、進路変更にためらいはなかった。
「歌舞伎なんて6歳ぐらいからやるんだから。演技の道は高卒では遅いくらいに思っていた」
戦争や平和とも向き合った
一方で、社会問題にも関心があった。当時は、ベトナム戦争が激化していた。東京・新宿の反戦デモに参加しようとヘルメットを用意した。
だが、隠しておいたはずが、母に見つかってしまう。デモ参加に反対する父からこんこんと諭される。友人には、デモに行けなくなったことを1時間くらいかけて電話で説明することになった。
鎌高卒業を機に一人旅に出た。向かった先は返還前の沖縄。パスポートを手に、ユースホステルなどを約2週間、泊まり歩いた。
「戦争の問題、平和の問題。ちゃんと考えなきゃと、一生懸命向き合っていた。それは今も続いている」
レインコートで指揮 ダントツ最下位でも
科学技術分野で多数の著作があるノンフィクションライターの松浦晋也さん(64、80年卒)。自身の介護体験をつづった「母さん、ごめん。」(日経BP)のシリーズも評判になっている。
鎌高では合唱部。2年のときにはクラス対抗の合唱祭で実行委員長をつとめた。だが、「調子にのって、自分のクラスの仕切りもやってしまった。大失敗だった」。
クラスの多数決でミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」のメドレーをやることになり、自ら編曲を買って出た。指揮者も引き受け、自分なりに指揮法を勉強した。
しかし、実行委員長とのかけ持ちには無理があった。クラスではろくに練習ができないまま、本番を迎えた。
晴れの舞台は横浜市中区の県民ホール。「もう、ウケを狙うしかない」と言われ、レインコートを着て指揮台にあがった。
全校生徒が客席から見守るなか、各パートがあわず、めちゃくちゃな歌声に。あまりのひどさにクラスメートは途中から次々と笑い出し、腹をかかえてしゃがみ込む。審査結果はダントツの最下位だった。
「それでも、だれからも責められなかった。何をやっても楽しむ雰囲気。失敗しても後に引っ張らない。『じゃあ、次に行こう』という感じだった」
サザン名付け親を生んだ
音楽評論家でラジオのDJとしても活躍する宮治淳一さん(70、74年卒)は、サザンオールスターズの名付け親としても知られる。リーダーの桑田佳祐さん(70)とは中学時代に一緒にビートルズを聴いた仲だ。
小学生のころから洋楽にはまり、鎌高時代は藤沢駅前のレコード店に毎日のように通った。小遣いはすべて輸入盤の購入に消えた。「1秒でも早く家に帰ってレコードを聴く」日々をすごした。
3年のときの文化祭でライブハウスをやろうと思い立つ。本物には一度も行ったことがなかったが、「狭くて暗いところで音楽をやるイメージ」はあった。幼稚園から暗幕を借りてきて格好をつけた。
桑田さん初舞台をお膳立て
出演するバンドを集めるため、ツテをたどって他の高校にも声をかけた。その一人が、私立鎌倉学園に通っていた桑田さんだ。急きょバンドを組んで参加してくれた。
「ボーカルが衝撃的だった。うまい、へたを超越する魅力があった」
実はそれが、桑田さんの人生初ステージ。「『人前で歌うのっていいなあ』と喜んでいた。今にして思うと、すごい場面だった」
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