姉とだけ違う扱い
祖母の家に行くたび、私は同じ言葉を聞かされて育った。
「あんたには一円もやらない」
姉には新しい服やおもちゃをぽんと買い与えるのに、私が同じものを欲しがると、決まって嫌味が返ってくる。
「お姉ちゃんは可愛げがあるけど、あんたはねえ」
修学旅行のときも、姉には多めのお小遣いを握らせ、私には何も渡さなかった。
理由は単純で、私が祖母より、亡くなる前の祖父に懐いていたからだ。
「じいさんにばっかりくっついて。私が気に入らないんでしょう」
そんな筋違いの理由で、孫の私が差別されていた。
私はずっと、自分だけが嫌われているのだと思い込んでいた。
葬儀で漏れた本音
祖父が亡くなり、親族が集まった葬儀の日。
受付の片隅で、父が叔母と低い声で話しているのが聞こえた。
「あの人は俺たち兄弟も差別してたんだ」
私は思わず、足を止めた。父の口から出たのは、自分の母親への、静かな告発だった。
「兄さんと妹だけ可愛がって、俺と姉さんは昔からずっと邪険にされてきた」
差別されていたのは、孫の私だけではなかった。父も、そして父の姉である伯母も、祖母から同じ仕打ちを受けて育っていたのだ。可愛がられていたのは、父の兄と妹だけだったという。
「子どもの頃、姉さんと俺だけ正月のお年玉が薄かったんだ。今思えば、お前への仕打ちと同じだよ」
「だからお前が冷たくされてたのも、最初から分かってた。あの人はそういう人なんだ」
父は私の頭に手を置いて、ぽつりと言った。
長年ひとりで抱えていた重荷が、その手のひらの温もりでほどけていくようだった。自分が悪いからではなかったのだ。
残された人の末路
葬儀のあと、親族たちの本音が次々と表に出てきた。
「正直、あの母さんとはもう関わりたくない」
父を含め、息子も娘も全員が、祖母を心の底で嫌っていた。
可愛がられていたはずの伯父や叔母でさえ、葬儀の段取りを押しつけられて愛想を尽かしていた。
「お母さん、これからどうするの。誰も面倒なんて見ないよ」
娘である叔母にそう言い放たれ、祖母は気色ばんで言い返そうとした。
だが、その場にいた誰ひとりとして、味方になる者はいなかった。
見渡した先で全員に目を逸らされ、祖母はようやく言葉を飲み込んだ。
性格がきつく、近所付き合いも続かず、友人もいない。差別を続けた相手に、最後まで囲まれていたのは皮肉なほどの孤独だった。
※GLAMが独自に実施したアンケートで集めた、20代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。