いなり寿司
「狐に嫁入り」の後日談です。
頒布をした時にBoostのお礼として
書き下ろした作品になります。
神の使いである狐の日下部さんと
嫁入りした日車さんのお話です。
ほんのり事後の匂わせがあります。
読まれる際はご注意ください。
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気がつくと蝉の声が聞こえなくなり、朝と夜は虫の声がしている。空の青さは色濃く出ているが、一歩づつ季節が流れて行くのに気がついた。祝言の日、興奮が収まらぬまま日車を抱き、空が明るくなる頃まで求め続けた日下部。目を覚ました布団から出られない日車をそれはそれは丁寧に身の回りの世話をしている。まるで介護のようだな…などと思いながら日下部を受け入れている日車。だが寝ているばかりでは調子も戻らないだろうとゆっくりと体を起こした。
「座るのか?いいぞ。もたれ掛けろ」
座った時に接する面で体が痛くならないように…と用意されたのは座布団に座椅子。どういう仕組みかは分からないがまるで体を包み込まれているような造りをしている。
「やっと座れるまでになった…」
まだ疲れが残っているが起きた時より顔色が良くなっている日車の言葉にそっと頬を撫でた。大丈夫か?なんてやぶ蛇なことは聞かない。聞いたところで墓穴を掘るだけである。
「腹減らねえか?」
「流石に何か入れないと駄目だな」
「ん。持ってくるから待ってろ」
頭を一つポンとすると式ではなく自分で動いて膳を用意しに台所へ向かったのであった。
日下部が持ってきたのはうどんといなり寿司。日車が一口うどんを啜れば胃が動き出したのか食べながらでもどんどんお腹が空いてくる。味をリセットするようにいなり寿司を一口入れた。
「…くさかべ…これ」
「ん?あぁ、夏油に頼んで日車の婆さんに作ってもらった」
日下部が出したのは日車の祖母の手作りいなり寿司。日車が大好きな祖母の味の一つである。
「そんなことしてもいいのか」
「さあ?誰にも聞いた事が無いからわからん」
「…おい」
膳に器を置いた日車はほんの少しだけ厳しい顔をする。そんなことはお構い無しに日下部は話を続けた。
「大概は里が恋しくなるから関係のあるものに触れさせない狐が多い。だけどこれを食べられるのも永遠じゃないだろう?もうお前は人の理から離れて俺と長い月日を過ごすんだ。食べられる内に甘えとけばいい」
「…」
「しかも婚礼の祝いなんだからな?」
恥ずかしいのか日車と目線を合わすことなく明後日の方向へむけて話す日下部に、思われていることを悟るとクスリと笑みを浮かべた。
「日下部」
「…なんだ?」
「…ありがとう」
「別に、どうってことも無い」
「お前にも食べてもらいたかったんだ。祖母のいなり寿司」
綺麗に並べられてあるいなり寿司が乗った器を持ち上げるとそっと日下部の前に差し出す。油揚げにやはり目がないのか耳が少し後ろに倒れていた。
「いいのか?俺はこういうものにはうるさいぞ?」
「構わんさ。美味いからな」
日車が食べかけていたいなり寿司を持ち上げ、止めるまもなくひょいと口に放り込んだ日下部。
「俺の食べかけでなくてもいいだろう?」
「お前の為に貰ってきたんだ。お前が食べろよ…っ美味いな…」
驚いた様に呟き手についた汁まで舐めている。その姿に微笑みながら日車は自分も摘み今度は一口で放り込んだ。やっぱりこの味だなと思いながら皿を日下部の方へ持っていく。
「だから、おまえ」
「良いんだ。美味いものは一人より二人で分かちあった方が更に美味いからな。日下部の気持ちはもちろん嬉しいさ。だが思い出の味を話す時聞くんじゃなくて同調してくれる方が何倍も嬉しいんだ」
そんなに嬉しそうに話されたらもう何も言えなくなる。日車は膳の上に皿を置きもう一つ口へ放り込んだ。目線と手で「お前も食べろ」と言ってきた。ため息をつきながら日下部も「しゃーねーな」と言い一口でいなり寿司を食べ始める。二人で食べたいなり寿司はあっという間に腹の中へ。「「ご馳走様でした」」と手を合わせると膳を下げに立ち上がった。
「日下部」
「なんだ?」
「ありがとう」
「なんだ?改めて」
「俺は良い狐に嫁に来たんだな」
しみじみ日車が言うものだからこそばゆくて仕方がない。
「あー!このいなり寿司作れるようになってくれ。気に入った」
「?俺では無理だぞ」
「だから、また…持ってきてやる。あとなんだ?作り方も」
「…!そうか」
日下部の遠回しな優しさに気付いた日車は口角が上がっていた。
「俺はこの膳を片付けてくるから、ゆっくりしてろ…な?」
返事も聞かずに急いで部屋を出ていく日下部。日車の視線は感じていたが気にしていられる余裕など無かった。喜ばせたかったはずなのに自分がなんでこんなに喜んでるんだ。
「あーカッコ悪ぃ…」
しばらく顔の熱さが引くまで台所から出て来れない日下部であった。
好っきです……/////