light
The Works "やがて全ては灰となるから" includes tags such as "腐術廻戦", "恵甚" and more.
やがて全ては灰となるから/Novel by 呻吟パセリ

やがて全ては灰となるから

4,885 character(s)9 mins

存記髙日殉職軸さしす担任甚 
髙日←甚要素強め、というかそっちメイン(CPではなくブロマンス想定)

1
white
horizontal

物心ついた頃から、家の仏壇には三枚の遺影が飾ってあった。
女性が一枚、制服姿の若い男が二枚。甚爾に聞いてみた事があったが、女性が俺の母親ということだけ教えられ、後の二人ははぐらかされた。
たまに家に来ていた五条さんや夏油さんに聞いてみた事もあったけれど、やはりはぐらかされる。幼心に「詮索してはいけない」と思ったことを覚えている。
いつしか、若い男二人の遺影を眺めながら甚爾との関係を妄想するのが日課となっていた。


***


寒い冬の深夜だった。その日はどうしても眠れず、また遺影でも見に行こうかと布団から出た。暖房が行き渡らず刺すような冷たさの廊下を進む。廊下の先、仏間の襖がわずかに開いていた。
俺はその隙間から中を覗いた。暗がりの中、蝋燭の淡い灯が部屋を緩く照らしている。仏壇の前の黒い物体から影が伸びていた。

「……ぁ、」

甚爾だった。普段あんなに大きな背中を小さく丸めて、まるで懺悔するかのように手を合わせている。肩が揺れている。呼吸での揺れと、震えのような揺れ。声をかけようとして、息を呑んだ。
そのとき初めて、音もなく、ぽとりと何かが頬を伝うのを見た。
甚爾が、泣いていた。
声も出さず、しゃくりあげもせず、まるで壊れた人形みたいに。とろとろと、ただ三人の遺影を見続けながら。
心臓がバクバクと大きく鳴って、酸素が脳に上手く回らない。今にも倒れてしまいそうだ。初めて感じた感情。他人が流す涙。困惑とか、哀れみとか、後悔とか。そういったものがぐちゃぐちゃに入り交じった、今までの人生で感じたことがないそれ。
俺がいる事にも気付かずに、ただただ静かに、甚爾は泣いていた。

甚爾を中心に狭くなっていく視界の中で、俺はただ立ちすくんでいた。

__駄目だ、見ちゃいけない。そう思って、踵を返した。音を立てないように、でもなるべく早く廊下を歩く。冷たい床が足裏に痛いのに、それさえ感じない。自分の心臓の音だけが、頭の中で何度も反響する。
部屋に飛び込み、布団にもぐり込んで目を閉じても、瞼の裏に焼き付いた光景が消えてくれなかった。甚爾が泣いていた。それだけなのに、どうしてこんなに苦しいのだろう。涙は出なかった。泣いてるのは俺じゃないから。でも、なぜか胸の奥がずきずき重くなる。

「……なんで」

あの甚爾が、泣くわけがないのに。
教師なのに暴力的で、ギャンブル依存症で、誰に対しても適当でいい加減で。
生徒にも平気で毒を吐くし、授業は最低限しかやらないし、職員会議もすっぽかす。
五条さんにはよく蹴られてる。
夏油さんには呪霊をけしかけられている。
家入さんにはどうしようもないクズとして蔑まれているけど、本人は気にしてない。
それでも、あの三人はなぜか甚爾を慕っていて。俺はその理由がずっと分からなかった。

でも、今夜、少しだけ分かった気がした。


***


気が付いたら眠っていたらしい。カーテンから差し込む朝日が眩しい。枕元の目覚まし時計を見ると、アラームが鳴る一時間前だった。

「……くそ……」

今日が土曜日でよかった。学校に行く気分じゃなかったし、あの人の顔も……正直、見たくなかった。甚爾の土曜日は、昼から深夜まで任務が入っていることが常だったから。顔を突き合わせる時間が最低限で済むというのは、精神的に楽だ。
顔を洗って、台所に行く。甚爾はもう起きていて、いつも通り新聞を広げていた。昨夜、泣いていたなんて嘘みたいに、無表情で、缶コーヒー片手にパンをかじっている。

「……おはよう」

俺が声をかけると、甚爾は「ん」とだけ返事をした。それっきり会話はなかった。いつも通りだった。
それが怖かった。

(見間違いだったんじゃないか)
(夢だったんじゃないか)
(でも……)

あの光景がフラッシュバックして、どうしても頭から離れなかった。


***


夕方、甚爾が出かけた後。ふと思い立って、仏間の掃除をすることにした。畳に掃除機を掛けたり、埃を払ったり。特に頼まれたわけでもない。けれど、何かしていないと落ち着かなかった。香炉の灰を掻き出して、溜まった煤を拭き取って。
遺影のアクリルに指紋や脂がついているのが気になって、仏壇から少しだけ額を外した。そのときだった。
背面に、何かが挟まっているのに気づいた。カレンダーが丁寧に折り畳まれて、つり金具にねじ込まれている。母の遺影には無くて、男二人の遺影両方ともにあるそれ。
ちょっと躊躇ったけど、少し金具をずらしてカレンダーを取り出した。長年線香の煙に晒されていたからか、黄ばんで乾燥している。俺は膝をつき、劣化した紙を崩さないようにそっと広げた。
紙の端に、ボールペンで殴り書きのように文字があった。

「寛見」

震えたのは、たぶん俺の手だった。もう一枚もそっと開いてみる。

「史彦」

口の中が乾いていくのがわかった。おそらく、二人の名前だ。仏壇の遺影の男たち。そして、昨日、あの人が見ていた三つのうちの、彼ら。

(……手紙……?)

読んでいいのか。読んではいけない気もする。でも、手が勝手に動いた。
まるで、封印された過去を、踏み荒らしてしまうように。



***

寛見
俺はお前にずいぶん助けられた、ずっと親みたいに思っていた。
猿だった俺を人間にしてくれた。人間としての最低限のふるまいを教えてくれた。善悪の判断も、人間として生きる事も。
俺はいつももらってばっかりで何も返せなかった。死ぬ時でさえも、お前は俺をかばった。俺は、お前と史彦がいれば、それでよかった。
お前がいなくてさびしいのにお前にもらった命をすてることができない

***

史彦
どうして死んでしまったんだ、俺はお前たちといっしょに卒業したかった。卒業アルバムに俺の写真しかのっていない。お前たちの卒業写真が遺影になった。
お前が死んでからうまく笑えなくなった。心の底から笑えなくなった。お笑い番組がキライになった。
お前たちがいないとさびしい。それでもたくされた命をすてられない。恵も置いていけない。俺はどうすればよかったんだ、史彦、寛見

***


「……恵」

後ろから聞こえた声に、背筋が粟立った。全身の毛が逆立つような、耳の後ろに冷たい氷を当てられるような、そんな声。
ギギギとブリキの人形のように首を傾ける。仏間の入口には、任務制服の甚爾が立っていた。

「見たか」
「……ぁ……ぅ……」

うまく声が出せない。俺は必死に首を横に振った。

「責めてない。見たか、見てないか。どっちなんだ、恵」

何故、ここにいるのか。いつもならこの時間帯は深夜任務のはずだった。帰りは日曜の朝方、俺が起きる頃には洗濯カゴに泥のついた上着だけが脱ぎ捨てられているのが常だった。
なのに、今日に限って――どうして。

「……見た」

しばらくの沈黙の後、喉の奥が焼けるように熱くなって、やっと言葉になった。震えた声が、自分のものとは思えなかった。
甚爾は一歩、仏壇のほうへ踏み込んだ。畳がきしむ。無言で膝をつくと、ポケットから取り出したライターで線香に火をつけ、香炉に立てる。一本、二本、三本。六本目でようやく手をとめ、まったく動けないでいる俺の方に向き直る。

「そうか……お前にも、そろそろ説明しておかなきゃなんねーな」

そう言った声には、怒りも苛立ちもなく、ただ、ずっと蓋をしていたものにようやく向き合ったような__諦観とも、決意ともつかない響きがあった。

「寛見と史彦。二人とも、俺の親友だった。つっても、親友って言葉じゃ全然足りねぇ。あいつらがいなきゃ、俺は人間としての形にすらなれてなかった。人生の根幹だ」

線香の煙がゆったりと立ち上る。特有の匂いが目に染みる。座れと促され、頽れるように畳に座り込む。握り込んで手放せなくなっていた手紙を俺の手から拾い上げた。

「俺がどれだけ腐ってても、どれだけ救いようがなくても……あいつらは、俺を捨てなかった。俺が問題を起こしても、教師を殴って停学になっても、絶対に見捨てなかった」
「それで……」
「卒業間際の晴れた日、二人とも死んだ。俺の目の前で」
「……え?」
「卒業間近、三人で行った任務で、あいつらは死んだ。俺を庇って。俺は、何もできなかった」
「……死んだ……」

声にならないほどかすれた声が、喉の奥から漏れた。胸が痛かった。焼けつくような、詰まるような、どうにもならない痛みだった。

「この遺影は、卒業写真として掲載されるはずだったんだ。担任に無理言ってデータ貰った」
「……」
「卒業写真が、遺影になった」

甚爾は手元で遊んでいた手紙__二枚纏めて、線香の火にそっと近づけた。紙の端がじわりと焼け焦げ、ぱちぱちと音を立てる。

「っ、待て……!」

思わず手が伸びた。でも、炎はあっという間だった。くしゃりと紙が崩れ、白い灰となって香炉の中に落ちていく。思わず目を見開いたが、煙が染みて仕方がない。

「……なんで、燃やすんだよ」

俺の問いに、甚爾はしばらく何も言わなかった。ただ、線香の煙を見つめていた。

「__終わらせたかったんだよ」

ぽつりと落ちた声。背中が、泣いていた夜のように少しだけ丸まった気がした。

「ずっと、過去に縋って生きていた。お前の母さんはお前を生んだ直後に病死した。何度も三人の後を追おうとしたけれど、生まれた直後に両親を亡くすお前が不憫で死ねなかった。……過去とお前が、俺をこのクソみてえな世界に縛っていた」

静かにそう言い切った甚爾の声は、ただ淡々としていた。悔恨も憤怒もなく、ただ懐古した声色。けれど、それが逆に痛かった。どれだけの時間を、この人は背負いきれないものを抱えて過ごしてきたのだろう。誰にも見せず、誰にも吐き出さず、ひとりで。
俺は視線を落とした。香炉の中で燃え尽きた二枚の手紙が、白い灰となってかすかに風に揺れている。その上を線香の煙が静かに漂っていた。

「そろそろ、誰かに話さなきゃって、思ってた。たぶん、ずっと逃げてた。あいつらのことも、お前のことも」

不意に、甚爾が言った。顔は俯いていて見えない。けれど、声は真っ直ぐだった。

「……俺のこと?」
「ずっと死ねない理由をお前になすり付けていた。お前がいれば、お前がいる限り、俺は生きていなきゃなんねぇんだと言い聞かせてなんとか生きていた」
「俺が……」
「俺は、死にたくなかったんだよ……託されたとか、お前とか、関係なしに。ただ、俺は死にたくなかった。それだけだ。俺を一番縛っていたのは俺だ」
「……死にたくなかった……」

思わず繰り返した。畳に染み込んだ線香の匂いが舞い上がる。線香の煙がそれをわずかに巻き込み、開け放した窓から外の空気が入り込んでくる。

「アンタも人間だったんだな」

不躾な俺の言葉に、甚爾はちらりと顔を上げた。驚いたような顔をしていた。無理もない。でも、そう感じた。いつも勝手気ままに人を踏みつけ、放置するような男で。俺のことなんて家に置いてるだけの同居人としか認識していないと思っていたから。

「俺は人間になって弱くなった」

甚爾はそう言って、俯いたまま動かなくなった。
静寂。
香炉の中の線香が、しゅぅと音を立てて火を落とす。立ち上る煙がひとつ揺れて、風の流れに飲まれていく。
俺は、その目を見ながら、ぽつりと口を開いた。

「……呪ってやるよ、父さん。生きろ、って」

甚爾は一瞬だけ目を見開いて――それから、深く、深く呼吸をして、目を伏せる。
自分でも、なぜそう言ったのか分からなかった。脈絡なんてない。ただ、口が勝手に動いた。
でも、不思議と後悔はなかった。言わなければならない、と思ったから。

「……頼むよ」

甚爾はそう言って、かすかに目を細めた。それだけの言葉だった。それだけで充分だった。
線香の火が、ふわりと揺れた。

Comments

  • shida
    July 16, 2025
Potentially sensitive contents will not be featured in the list.
© pixiv
Popular illust tags
Popular novel tags