甘ったれたラブソングでも歌ってろ
※BL作品
ある年の呪術高専の忘年会。
何次会かもわからないスナックでなぜか出席している日車に、初めて劣情を抱いた日下部の夜。
診断メーカー
限界オタクのBL本 より
むーにゃんのBL本は
【題】甘ったれたラブソングでも歌ってろ
【帯】今夜限りで他人になる
【書き出し】酔ってとろんとした瞳で見られると、仕舞い込んだ願望が暴れそうになる。
題も帯も無視したような作りで申し訳ないです!
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酔ってとろんとした瞳で見られると、仕舞い込んだ願望が暴れ出しそうになる。
日下部は目の前の男に、日々の忙しさで忘れかけていた渦巻く男の欲望を湧き上がらせていた。
「日車さんって結構酒、弱いんすね」
「いや、日下部たちが常軌を逸しているのだと思うのだが……」
駅から離れた雑多な路地裏の酒造メーカーが協賛している看板のスナックで、もう何次会かもわからない忘年会に、まさか日車がつき合うとは思わなかった。それゆえ日下部自身もまた、彼の元来の面倒見の良さが顔を出して、こうしてつき合う羽目になったのだ。
小上がりの舞台にしつらえられたカラオケのそばに置かれた低いテーブルを、人体工学をまるで無視した直角でスプリングの硬いソファーがL字型に囲み、臙脂のビロードの低いそれは、女店主のセクシーを通り越したしゃがれた声同様に年季が入っている。体格のいい呪術師たちが座ると、全員が座れる物とはいえ窮屈で、膝がテーブルに当たらないようにするためには体を舞台の方に向けて座らなければならない。L字の縦列に座っている全員が歌っている夜蛾学長の方を向かざるを得ず、彼の自己陶酔に拍車をかけた。
ぎらつくミラーボールの下、大きなカラオケ画面を背にして夜蛾学長が声量豊かに歌謡曲を大熱唱するさまは、一周回って猪野辺りにはウケているようだった。
日下部と日車はカラオケとちょうど正面の席に位置している。自身の酒量を優に超えてしまった日車は、もう己の体重を支えていられず、半身を日下部に預けている状態だった。
「めっちゃ酔ってるじゃないですか」
「アルコール検知器がない状態で、酔っているとどう定義するかというのは……、ろれは……すろく君の主観的な判断、なんじゃなぃか?」
「あ~、ハイハイ、酔ってないですね」
自分を見上げる日車の瞳は酒の力で赤く滲んだ輪郭で、潤んだ白目もいつもよりもずっと、熟れ始めた果実の赤のみずみずしさを思わせる。日下部篤也は、日ごろさして魅力を感じることのなかったこの男の三白眼に、不本意ながら遠い昔の恋人に感じた劣情を記憶の底から引きずり出させられた。
「はい、日車さん、水飲んでくださいよ」
「あぁ、すまない」
日下部が差し出した水を手に取り水を飲もうとするも、手元のおぼつかない日車が一気に煽って口元から大部分が流れ落ちる。それをとっさに素手で受け止めてしまった日下部が苦笑いをする。
「まぁ、ここまでしてご自身を酔ってないというなら、そうなんでしょーよ」
所々擦り切れそうなおしぼりで日下部が日車の胸元の水分を拭き取っていく。
「……。君は、面倒見がいいんだか意地が悪いんだか、わからないな。……さしずめ君は、子供のころ好きな子はいじめた口だろうね」
手にかかった吐息に乗せて吐き出すように日車の口から発せられた最後の台詞の湿度はやけに高く、この呼気とその意味を、今夜だけでも甘い啼き声にのせて間近で聞きたいと日下部は思った。胸元を拭き取っていた日下部の手も襟元まで上がってぴたりと止まり、焦点の合わないとろんとした日車の視線が日下部の鋭い視線に甘く絡む。
小上がりの舞台には猪野が上がり、甘く切ないバラードを歌い上げている。女店主はバラードに合わせて照明を落としたのか、男二人の雰囲気に感づいたのか。海千山千のスナックの女店主が、日下部の背を押しをしたのは間違いない。
「なぁ、日車さん。今夜だけ……うちに来ませんか」
曲が盛り上がるタイミング、猪野がいい声を張り上げ曲調が一番大きくなるタイミングを見計らって耳元で囁く。
「『今夜だけ』というのは今夜が終わり、翌朝を迎えたら何の関係もない同僚に戻るという事になる口頭契約を結ぼうとしている。と?」
「いや、まぁ、そんな明け透けに最初から言われると……」
「日下部、酔った人間相手に、その上一晩だけで満足できる関係を望んでいるなら他を当たって欲しいんだが」
「日車さん、アンタ、酔ってるって、認めちゃうんですね」
「んっ……」
「まぁ、弁護士先生のお察しの通り、いじめて泣かせた口なんで」
日下部の大きな口がにんまりと弧を描き、狭いソファに浅く腰を掛け直すとポケットから飴を取り出し、包みをはがして口に放り込む。日車はゆっくり瞬きをしてじんわり感じる自分の熱を不本意ながらも認めた。
割れんばかりの拍手と指笛に、猪野が投げキスとピースサインで舞台を降り、七海の所に直行してまとわりつき感想を強請る。そんな猪野の代わりに五条がルンルンと舞台に上がり、彼の好きそうな歯が浮きそうなほど甘ったるく懐かしいラブソングの曲名がでかでかと大画面に表示されると、日下部はスラックスのポケットから二つ折りの紙幣を数枚取り出し、伊地知に渡した。イントロが流れたところで席を立つ二人に五条がマイクを通して抗議をするも、「おじさんたちは疲れちゃったから、五条の坊ちゃんは甘ったれたラブソングでも歌ってろてーの」と笑って店を出て行ってしまった。
店の扉を閉めてもなお、うすっぺらいドア越しにいい声の五条のラブソングが聞こえてくる。紫やピンクのネオンの寂れた路地裏は男二人が肩を寄せ合っていても、せいぜい酔ったおっさん同士がもつれ合って歩いているようにしか見えないだろう。
見上げる日車の視線にどことなく不安がにじんでいないと言ったら嘘になるし、それを感じ取れないほど、日下部だって鈍くない。
「まあ、日車さんが受け入れてくれさえすれば、今夜限りに俺はするつもりないんですけどね」
だけど、ストレートな言葉で不安を払拭するほど若くないのも事実だし、この気持ちに気づいたのもほんのつい今しがただ。
「あぁ、君は、他人に選ばせているようにみせて、その実、それ以外の選択肢を断っているね」
二人は歩きだした。日車に、ここでタクシーを捕まえてどちらかの家へ行きたいのだがどちらの家へ行くのが今夜の最善解かと聞かれたが、その前に買わなければいけないモノがあるから、まずは駅前の総合ディスカウントストアに行こうと、日下部が言った。