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blue/Novel by すずろ

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1,903 character(s)3 mins

既刊『モンタージュ』書き下ろしの篤寛です。呪詛師日下部篤也をイメージしています。

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 それは青いキャンディのような形をしていた。彼がいつも舐めている棒付きのものではない。おはじき位の大きさで丸く、中心に穴が空いている。透明さはなくただただ毒々しい人工的な青色。日下部の太い親指と人差し指がそれを摘んでみせるのを日車はただ見つめた。
「何のつもりだ、それは」
「何ってイイもんですよ、とても。弁護士先生にも少し息抜きが必要かと思ってね」
 日下部は愉しげに語りかけるが目は全く笑っていない。二人を隔てた簡素な丸テーブルの上にはウィスキーの水割りの入ったグラスがふたつ乗っている。日車側のグラスに青いキャンディが落とされる。それは気泡をまといながら青くゆらめいて底へと沈んでいった。
「どうぞ」
「これを俺が素直に飲むと思っているのか」
 思ってる。間髪入れずに日下部が答える。
「何だかんだ言ってあんた俺の言う事きいてくれるじゃないですか。どんな事でも」
 その言い方にはどこか猥雑な色が滲み出ていて日車は眉を顰める。さっきから彼から漂う消し切れない血の匂いには気付いていた。一体何人を始末してきたのだろう。日下部はコートのポケットからもうひとつ同じキャンディを取り出し、今度は自分のグラスに落とす。
「ほら、これでお揃いだ。一緒に行こう」
 君は誰だ。そのひと言を日車は発する事ができない。いつもの彼とは余りにもまとう空気が違う。グラスを掲げる日下部の表情が少し翳った。
 乾杯。
 かちりと硬く小さな音をたて、片側のグラスが傾く。しばしの躊躇いの後、もう片方のそれも同じように続き日車の喉に液体を流し込んだ。滲む青。こまかな泡。どこまでも落ちていくような感覚。どこまでも。


「日車、おい日車!」
「……くさかべ……?」
「大分魘されてたぜ、大丈夫か」
 薄闇の中で日車は覚醒した。シーツの感触。日下部の心配気な顔が近くにある。ひどく汗をかいている自分に驚く。
「君が、君でなくなってしまう夢を見た」
 枕から頭を傾けて呟く。まだ夢の残滓から逃れ切れていない表情で。すると横たわっていた日下部が日車を抱きすくめる。不自然なほどに強く。
「日下部……?」
「夢じゃない。あれも俺だ。切り離さないでくれ」
 じわりと新たな汗が噴き出す。逃れようと力を込めるが抱く腕はびくともしない。
「日下部を返してくれないか」
 やっとそれだけを吐き出すと日下部は乾いた笑いを漏らした。
「冷てえな、頼むから俺と一緒に行ってくれよ。もう取り残されて見送るだけの人生はたくさんだ」
 腕の力が緩まり、日車は彼の顔を見る。いつものやれやれと困ったような表情が浮かんでいた。またも、絆されている。そう思った刹那唇を塞がれていた。舌で丸い何かを口内にうつされる。それがあの青色である事は見えずとも知っていた。


 再び目を開けた時は高専の医務室のベッドの上だった。日車が白い天井を呆然と見つめていると、目覚めましたかと家入の声がした。
「この二日間ずっと昏睡状態だったんですよ」
 日下部との共同任務の事は覚えている。想定通りの手筈だった所を油断して呪いを浴びてしまったのだ。
「日下部はどこだ」
「ピンピンしてますよ。後で呼んできますね」
 家入が微かに口の端を上げた。
 

「意外とピンピンしてんじゃねえか」
 その第一声に日車は思わず呆れた笑みを浮かべた。ああ、ヘマをしてしまった。それだけの言葉を返す。目の前にいる男はいつもの気怠げな様子でうすい笑みを浮かべている。
「長い夢を見ていた。あまり愉快な夢ではなかったが。……君がいつも通りで良かった」
「そりゃどうも」
 日下部が腑に落ちない表情で頭を掻く。口には棒付きの飴。医務室に差し込む西陽。いつもの光景。これまでの、これからの。
 日車はぼんやりと思う。そう、ただ死まで予想のつかない淡い猶予があるだけでこの日常が続く保証などない。それなのに彼と過ごす仮初めの生が思いのほか居心地が良くて時々惑ってしまう。日下部と共に生きるようになってからどうも軟弱になってしまったと己を笑う他ない。
「眉間に皺が寄ってるぜ、先生」
 愉しげに日下部が笑い、日車の頭をくしゃりと撫でる。
「この程度で済んで良かった。……これからどんどん戦局は血生臭くなっていくんだ。お互い地獄へ行くのはもう少し此の世で踏ん張ってからですよ」
 その通りだと日車は思う。不条理に襲う死の影に囚われて歩みを止める訳にはいかない。だがたとえ夢の中だけであったとしても、弱さに溺れる日下部の姿は自分の心の中だけにしまっておこう。あの鮮やかな青を思いながら日下部を見つめ静かに頷いた。

Comments

  • Natukaze
    Apr 9th
  • shida
    October 27, 2024
  • 小夜双☆スカィWeb
    October 25, 2024
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