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オフィーリアの誘惑/Novel by ちちゅう

オフィーリアの誘惑

15,480 character(s)30 mins

水に惹かれる男と、居合わせる事の多い男の話です。いずれそうなる二人の、そうなる前を書きました。戦闘描写があり、単行本未収録の内容も幾つか含まれています。日車さん呪術師設定です。捏造もあります。それでも良ければよろしくお願いします。
前作への感想、ブクマ、いいね、コメント本当にありがとうございました。とても嬉しいです!
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(日下部視点)
 川かどこか、とにかく水辺に女が沈みかけていた絵だったと思う。女の周囲には花が散らばっていたのもたぶん合っているはずだ。もう随分と昔に、授業で数度見ただけの題名すら忘れてしまった絵。俺はあの絵がどうも好きになれなかった。特に女の表情。日車を見ていると、その時の記憶を思い出す。
「あんたあれ、あの絵分かる?」
 俺の言葉に、革靴が床を踏む硬い音が止まった。少し先を歩く男も、俺も、おそらくほぼ同時に。自分達以外、誰も居ない美術館。既に帳が降ろされた空間で、ひたすら目的の呪霊が来るのを待っている。ようは単なる時間潰しの会話だ。人がいないせいか、そこまで声を張ってもいないのにやけに大きく自分の声が聞こえる。死滅回游時、東京第二コロニーと呼ばれていた場所、そこに俺と日車は居た。冬も過ぎたとはいえ、日が差さないとそれなりに冷える。肌寒さにコートの襟を正した俺とは違い、目の前の男はあの時と同じくスーツしか身に付けていなかった。
 幸運にも生き残ったお偉方経由の任務は単純明快で、美術館の作品を傷つけないように呪霊だけを倒せ、というものだ。それがどれほど難しい事か、という点に目を瞑ればの話ではあるが。これでも条件はだいぶ緩くなった方ではある。最初は作品も建物も傷つけないようにとのお達しだった。無理にも程があるだろうが、とぼやいた俺は全く悪くないはずだ。長時間の交渉の末、建物の被害はある程度なら構わない、とお偉方相手に言質を取った伊地知には何か土産の一つでも渡さねぇと、と思う。あんまり高いものだと絶対に受け取らない事は分かりきってるから、あくまでそこそこの値段の、形に残らないものの方が良い。食い物とか、菓子とか。面倒だしいっそ補助監督全員に配れるくらいのにするか。そんな算段を脳内でつけた。
 床や壁に所々残る赤黒いしみは、明らかにここでそこそこの人数が犠牲になっている事を示していた。仮に、建物も作品も無傷で任務を終える事が出来たとしても復旧には時間がかかるだろう。そう思うくらいには酷い有り様だった。不気味なのは、その血痕が作品には一切かかっていない事だ。こちらにとっては都合の良いそれが、向こうの知能のせいなのか、それとも偶然なのかはまだ判別がついていない。そもそもの話、呪霊の情報が少なすぎる。死滅回游も、宿儺との戦いも終わったとはいえコロニーには未だに呪霊が多く存在していた。元プレイヤーだったもの、突然の災害に対する人の負の感情、要するに呪霊の発生しやすい条件が整いすぎている。だから、調べても調べても未確認の呪霊はその数を増やし続け、補助監督の負担もかなりのものとなっていた。今回も、大まかな場所が分かっているだけで大分マシな方だ。
 作戦は二つ。仮に呪霊に知能があると判明すれば即座に日車が領域展開をする。呪力を封じる事が出来れば、無力化した所を俺がトドメを刺す。知能が無い場合は、日車が囮となって外に誘い出して、俺が簡易領域に引きずり込んで倒す。後はもう良く言えばその場での臨機応変な対応、正直に言えばぶっつけ本番、でどうにかするしかない。
「全てが抽象的だな」
 少し時間を置いて、日車が答えた。同じように喉から声を出しているはずなのに、日車の声はやたらと静かに響く。疑問符すらない、呆れたような声だった。こちらを振り向いた男は眉根を少し潜めているから、たぶんこの捉え方は正しい。まぁ、会話の振り出しとしては、自分でも流石に適当すぎるなと思ってはいる。
「咄嗟に出てこねぇんだよ………。あー、ここまで出てんだけど。ほら、あの、女が川かどっかに沈んでる絵。海外のやつ。」
 脳内にぼんやりと浮かぶ絵を、どうにか言葉にしてみる。自分でも呆れるくらいお粗末な説明だった。
「………………これか?」
 徐に近寄ってきた日車が、スマホの画面を俺の目の前ギリギリに出す。うおっ、と声をあげて思わず反射で顔を引いてしまった。こいつたまに距離感ぶっ壊れんだよな………、と内心思いながら画面を覗く。想像していた絵がそこにはあった。どうやら天才様には俺のお粗末な説明でも十分なものだったらしい。
「それ」
 漠然としたイメージだけ頭に浮かんでいた絵が、確かな物に変わっていく。それでも過去に抱いた印象は変わらなかった。というより、むしろより強固なものになっている事に気付く。スマホの中で拡大された、何もかもを諦めたような虚ろな女の顔を俺はやっぱり美しいとは思えない。きっとこの女は、無抵抗のままに沈んでいったのだろう。人は水の中で息など出来ないのに。眉間に皺が寄るのが自分でも分かった。
「オフィーリアという絵画だ」
 画面にそこそこの太字で表示されている題名を、日車の指先がなぞった。煌々と光るスマホが、薄暗さに慣れた目に眩しい。
「あんたに似てる」
 日車の、スマホを操作する指の動きが止まる。あ、しくった、と内心焦るが出てしまった言葉は取り消せない。
「褒められている気はしないな」
 相変わらずの仏頂面。機嫌を損ねたか、とも思ったがそうでもなさそうだ。ただ思った事を言っただけ、そんな雰囲気がする。褒められていなさそうだな、がそのまま口から出てきたような、そんな声音。それに実際、褒めてはいないのだから日車の捉え方は間違っちゃいない。

Comments

  • ろろ るる
    Jan 4th
  • 1
    September 27, 2024
  • narrプロフ必読1\1加筆。

    コメント失礼します。 篤が振り回され面倒くさいと思いながらも寛を自分たちの方へ留めようとし、寛が水(死)に惹かれつつも篤によって現に引き戻され次第に互いに惹かれ合っていく様子がまじまじと書かれていてとても萌えつつ原作で着衣風呂の様子を見た時を思い出しました。ありがとうございます。

    September 23, 2024
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