[篤寛]昼間の居酒屋あつや。・8[現パロ]
※寛が精神的に不安定です。※
突然寂しくなって篤の家に連絡なしで尋ねる寛のお話。基本食べて飲むだけ〜。
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朝起きてシミひとつない真っ白な天井を見て、「今日明日は休みだったな」と呟き、鳴る前に起きてしまった携帯のアラームを止める。
人気も生活感も全くない寒々しいリビングダイニングへ行くために、足を床につけた途端、日車は急に日下部のあの温かな顔を見たくなった。
身体をぶるりと震わせた彼は、今出したように突然足元から背筋までぞわぞわと冷えて行くの感じる。
朝方頃ようやく眠りの端を掴みかけた布団から転がり出て、長袖の黒シャツと緩めのズボンの寝起きしたその格好のままスリッパをつっかけ、まるで自宅から逃げるように倒けつ転びつ日下部の家目指して寒空の中へと飛び出した。
ドンドンドンドン!
日下部は鍋の火を止めると、突然の来訪者に対応するべく摺り足で住居の方の玄関である勝手口へと向かった。
ガチャガチャと鍵を開けようとしている。
今日はどこの店からも取引予定はないし宅配予定もない。
すわ物取りかと玄関先に置いてある竹刀を手に構えを取ると、ガチャリと鍵が開いて誰かと思えば日車だった。
驚いたなどというものではない。
日車がこれほど焦りで切羽詰まった様子を見るのは初めてだ。ゴミ集積所に倒れていた時も、拾って目を覚ましたと思ったら鍵や財布などを忘れた時も、まして迷子になって自分に電話した時にもこれほど顔に出てはいなかった。何より連絡もなしにこちらのドアから入って来ようとしたのも初めてだ。
何せ今まで日車はそうした時焦るよりも先ずは申し訳ないという顔をしたのだ。それゆえに日下部は驚き心配した。しかし、口にも表情にも出さずに「まあ、取り敢えず中入ってあったまれ」とだけ言って日車を家の中へ招いた。
炬燵に入らせた日車の様子を見ながら掛けていた鍋の火を再度つけた。
日下部はこれでも大いに動揺している。
表面に出していないのは、なんとなくだがそれをしたら日車が逃げ出すような気がしたからだ。
聞けば何か返ってはくるだろう。
しかし、その後のことを考えると、そんな先が思いやられることは出来なかった。
兎に角身体が温まるものを口に入れた方が良いだろうと、ちょうど作っておいた甘酒を湯呑みに移して日車に「飲んどけ」と渡す。
恐らく先ほどからの日下部の無造作かつ些か無遠慮さのある言動が良かったのだろう、日車は大人しく素直に「分かった」と湯呑みを受け取り一口飲んだ。
無表情。
まだ足りないなと思った日下部は、こうなったらと思い立ち、やかんにお湯を沸かしつつ焼酎とビールと漬物を取り出す。
そしてビールと漬物をちゃぶ台に置くと、「ま、飲め。んで、取り敢えずはこれ食え」、と言って冷蔵庫から白和えも出してやった。
日車はどこかおっかなびっくりといった様子で缶ビールを手持ちぶたさにちゃぶ台の上のちょっとした料理を見ていたが、チラリと日下部を伺ってから彼が何か作っている様子を見てその作る音を聞きながらカシュ、とビールを開けて沢庵らしき漬物ときゅうりの漬物、それに白和えを食べ始める。
「美味いか? 沢庵みてぇのが壺漬けできゅうりのがまあ唐辛子の葉で漬けたきゅうり漬けだな。白和えは食っての通りだ」
「うまい」
「そうか。焼酎のお湯割は飲めるか?」
「飲めるが……」
「なら待ってろ。今あっためてる」
「分かった」
(まだだな)
じっと人を伺う猫のようになりながら、日車は日下部を耳と目で伺いつつ漬物と白和えをビールでもそもそと噛んで飲み込んでいる。
その間に日下部は料理を作ってはちゃぶ台に乗せていき、日車がそれに手をつけないとみると黙ってまだ次の料理を作りを繰り返していった。
やかんが鳴ったのとひとしきり料理を作り終えたのはほぼ同時で、日下部はやかんの火とフライパンの火を止め、先ずはフライパンで作っていたものを皿にあけてちゃぶ台に置き、次に焼酎とやかんをちゃぶ台の上に敷いた新聞の上に置き、更に炭酸と何か黄色い液体の瓶を持って行く。
日車の周囲には缶がいくつも転がっていた。なのにちゃぶ台の上は日下部の作った状態が綺麗に保たれている。
日下部が「どっこいしょ」と座ると、「さて、食うか」と日車をじっと見てから口に出し、箸をとって「いただきます」と言い残り物の餃子が沈んだスープを啜り、「美味いな」とまた日車を見て笑った。
日車はいつもは安心するはずの笑みにヒクリと頬の筋肉が引き攣る笑みを返せただけて、しかもそれにも気付かず日下部に習ってスープを啜る。
次にテレビで見た蓮根のチーズ焼きを箸で器用に日車に取り分けてやってからそれを口にした日下部は、また「美味いな」と日車に笑いかけた。
それに日車の口角がほんの少し上がる。日車はその蓮根のシャキシャキした食感とチーズの風味と深い味を咀嚼し嚥下した。
日下部は「おっと湯が冷めるな」と言って焼酎のお湯割りを手早く二人分作り、ちょうど良い温度になったそれを日車と自分の前にそれぞれ置き、三分の一ほど飲んでから蓮根のチーズ焼きを食べ、「うん、合うな」と日車に笑いかけた。
日車はもそりと蓮根のチーズ焼きを食べると、「美味いな」と言ってからお湯割を飲み、「あったまるな」と日下部の喉元あたりを見てぎこちなく笑う。
(よし、そろそろだな)
日下部はそれに少し安堵しつつ、最後にポテトチーズ焼きを箸でまた先ほど同様日車に切り分けてやり、自分の分を一口食べ、お湯割を飲んで「美味いなぁ、美味い」と日車へ微笑んだ。
日車は直ぐに習って今度こそ日下部に視線を合わせ、それに全身の力が抜けたように深く一息つき、「ああ……、美味い……」と日下部へ微笑む。
「まだ飲めるか?」
「ああ」
「炭酸割りはどうだ?」
「良いな」
それから暫くして炭酸割りをあらかた飲み干すと、黄色い液体を取り出して日下部がニヤリと笑う。
「レモン酢割りなんてどうだ?」
「レモン酢とは?」
「そのまんま」
「レモンを酢に加工したのか。…興味深いな」
「飲むか?」
「飲みたい」
「んじゃ飲むか」
「飲もう」
そうして結局夕方ごろまで飲み明かし、日下部の前ではめっぽう酒が弱くなるはずの日車だが、だいぶ緊張していたのだろう、ここまで粘ったことに内心驚きつつ炬燵で溶けている彼を背負うと、「さて、明日俺になんて言い訳するやら」と、日下部は安堵の息を吐いてから、声を顰めて笑ったのだった。
何も聞かない優しさが沁みますね…