現場から

覚書は「愚かすぎて理解できぬ」米国で批判 日本政府は「頭の体操」

青山直篤=仏エビアン 遠藤雄司=エルサレム 小暮哲夫 佐藤瑞季

 トランプ米大統領が17日に署名したイランとの覚書には、米国内でトランプ氏に近い保守派からも「愚かすぎて理解できない」(司会者のマーク・レビン氏)といった批判が噴き出した。薄氷のように危うい合意の覚書から、激しい交戦や政治的な駆け引きを重ねてきた両国の「勝敗」が浮かび上がる。

 トランプ氏は2月末にイスラエルとともにイランへの先制攻撃を始めた直後から「戦争に勝った」と繰り返してきた。日中戦争の日本やベトナム戦争の米国がそうであったように、個別の戦いの勝利を、政治的次元も含めた「戦争」の勝利だと勘違いしていたのは明白だった。

 イランの軍事拠点を空爆で大規模に破壊したものの、イランによるホルムズ海峡の事実上の封鎖で、米国内のガソリン価格も高騰し、11月の米中間選挙を前にトランプ氏の支持率は最低水準に低下した。

 焦りを募らせたトランプ氏は、イランとの覚書で、30日以内にホルムズ海峡の航行の回復を相互に図るとし、海峡危機の「火消し」を最優先した。60日間は無料通航できるとされたが、イラン側はその後はサービス料を徴収すると強調し、火種は残っている。

「イラン復興に48兆円」 疑問噴出

 最も重要な政治的目標だったはずのイランの核問題は「60日以内の最終合意」に先送りした。焦点の高濃縮ウランについては「国際原子力機関(IAEA)の監督のもと、現場で希釈処理する」と記された。米国への移送を拒んできたイランからすれば、「現場」は「イラン国内」だと説明できる書きぶりだ。

 イランのミサイルの脅威の除去も、米政権が当初から言及していた先制攻撃の理由だった。しかし覚書では一切言及されず、トランプ氏は会見で「他国も持っているのだから彼らもある程度は持つ必要がある」とイランに理解を示した。米国内の対イラン強硬派からは「ちゃぶ台返し」と映る発言だ。

 米国内で疑問が噴出しているのが「イランの復興と経済発展のため少なくとも3千億ドル(約48兆円)を確保する」とした条項だ。批判を意識し、トランプ氏や電話会見した米政権高官らが強調したのが、経済制裁の解除なども含む「アメ」はイランが交渉を米側の思い通りに進めない限り与えない、という論法だ。

 軍事拠点やインフラを大規模に破壊されたイランは、経済上の実利を何とか勝ち取りたい。ただ、その成否はあくまで覚書に基づく今後の協議次第、という枠組みになっていることは確かだ。

 トランプ氏は復興資金について「我々が何かするわけではない」と強調。バンス副大統領はCBSテレビで「湾岸諸国によって拠出される可能性がある」と述べ、富裕なアラブ諸国に負担させる考えを示唆した。米メディアのアクシオスは「東アジアの国々」も当てにされていると報じた。

 米国自らが責任を負わない「補償」とも取れるこの枠組みや、2015年のイラン核合意でも数年かかった核問題などについての交渉を短期間にまとめるのは極めて困難とみられるが、トランプ氏はうまくいかなければ「爆撃する」と強調した。

 だが、今やイランにとってホルムズ海峡の事実上の封鎖は、昨年6月、今年2月と米国から立て続けに受けたような攻撃を避けるための「抑止力」となった。米国が攻撃を再開するなら、改めてこの切り札を持ち出すのは必至で、覚書の成果すら怪しくなる。イランが米国や世界経済を再び脅かすリスクは根強く残る。

 イランは、戦闘終結に向けた米国とのやりとりのなかで、ホルムズ海峡の管理や核問題では譲らず、経済的な恩恵を勝ち取ることを目指してきた。覚書はその可能性を示しており、ガリバフ国会議長は17日夜、地元テレビに「戦場での勝利が、(有利な)交渉の支えになった」と誇り、「勝利」を強調した。一方で、多くが今後の協議次第、という内容になっている。

 イスラエルの動向も波乱要因だ。覚書にはレバノンでの停戦や領土保全が明記されたが、イランと緊密な関係にあるレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラと戦闘を続けるイスラエルは覚書の当事者ではなく、レバノン南部での軍駐留を続けると主張。17日も双方の攻撃の応酬が続いた。

自衛隊の「機雷掃海」が最有力視

 日本政府は、米国とイランによる覚書の合意を受け、自衛隊派遣に備えて具体的な検討を進めている。水中にしかけられた機雷を取り除く「機雷掃海」が最有力視されている。国際社会のニーズなどを慎重に見極める方針だ。

 「我々は必要ないが、(中略)日本から関与したいと申し出があった」

 トランプ大統領は17日の記者会見で、ホルムズ海峡への艦船派遣について、こう語った。

 これに対し、高市早苗首相は17日の会見で「米イラン間の合意と、それに伴う実際の情勢を見極める」と述べるにとどめ、派遣に向けた「頭の体操」(防衛省幹部)を進めている段階だ。

 日本政府は、多国籍の枠組みに加わることを想定しており、他国の動向も見極めている。

 なかでも「最も可能性の高い選択肢」(防衛省幹部)とされるのが、機雷掃海のための自衛隊派遣だ。

 日本政府はイランが機雷を敷設している可能性が高いとみる。自衛隊の機雷掃海の技術は世界的にも高いとされ、停戦後であれば、武力行使にはあたらず、自衛隊法84条の2に基づき、遺棄された機雷の掃海が可能となる。

 ただ、日本から掃海艦などを派遣するのには1カ月以上かかる。今回の米国とイランの覚書では、署名後に米国が海上封鎖を解除し、イランがホルムズ海峡の航行を30日以内に戦闘前の水準に戻すための措置をとることが盛り込まれた。

 このため、先行して機雷処理のできる自衛隊員や必要な機材を送り、多国間での処理作業に加わる案も検討されている。

 第二の選択肢として、防衛省設置法に基づく「調査・研究」による護衛艦などの派遣も浮上している。現在、中東海域で航行する日本関係船舶の安全確保のため、海上自衛隊の哨戒機が20年1月から、護衛艦が同年2月から情報収集活動をしている。

 閣議決定で活動海域をホルムズ海峡にも広げればさらに前方展開することもできる。収集した情報を多国間で共有することも想定。防衛省関係者は「日本から艦艇を派遣すると時間がかかるので、もっとも手っ取り早い方法だ」と話すが、国際社会のニーズがあるかは不透明だ。

 日本政府は複数のシナリオを想定しながら、慎重な検討を進めていく方針だ。政府関係者は「いまは米イランの二国間で何とかする、という状況。無理する必要はなく、遠くから『がんばれー』と応援するのが一番いい」と話す。

覚書のポイント

【戦闘終結】

・米国とイランはそれぞれの協力する勢力とともに、レバノンを含むすべての戦線の即時かつ恒久的な軍事作戦の終結を宣言する

【ホルムズ海峡】

・米国は30日以内に海上封鎖を解除する

・イランは60日間は通航料を徴収しない

・機雷撤去の必要性を考慮し、イランは30日以内に船舶の航行を回復させる

【核問題】

・イランは核兵器開発をしないと再確認する

・イランが持つ高濃縮ウランの処分の問題を解決する。少なくとも国際原子力機関(IAEA)の監督下で現場で希釈する

【復興支援、制裁解除】

・米国と地域諸国はイランの復興のために少なくとも3千億ドル(約48兆円)の計画をつくる

・最終合意に基づき、イランに対するすべての制裁を解除する

・イランの凍結資産を、覚書の履行状況に応じて解除する

「デジタル版を試してみたい!」というお客様にまずは1カ月間無料体験

この記事を書いた人
青山直篤
アメリカ総局員
専門・関心分野
米国、国際政治・経済、日米関係、近代史
遠藤雄司
エルサレム支局長
専門・関心分野
中東情勢、アフリカ情勢、紛争、災害、事件
  • commentatorHeader
    三牧聖子
    同志社大学大学院教授=米国政治外交
    視点いまなら試し読み

    覚書の内容だけ見れば「米国の無条件降伏」とすら揶揄される内容で、しかもトランプが覚書に署名したベルサイユ宮殿「鏡の間」は、第一次世界大戦に敗れたドイツが講和条約に署名させられた場所だ。「今回の戦争の敗者が米国であることを象徴している」ともいわれている(もっともトランプ自身はそうした歴史には無頓着で、絢爛豪華な宮殿に目を奪われていたようだが。) 覚書も気がかりな内容が並ぶ。とりわけ日本にも直接的に関わる内容の1つが、「米国と地域パートナーが3000億ドル(約48兆円)規模のイラン復興・開発計画を策定すること」という項目であり、報道によれば、既に日本、韓国、シンガポール、マレーシア、アメリカなどの企業から1500億ドル(約24兆円)以上の拠出が決定済みだという。トランプ大統領やバンス副大統領は、米国民に対し、「イラン復興計画には米国の納税者のお金は一切提供されない」と強調している。物価高が最大の争点になるであろう中間選挙を想定し、既にダメージコントロールに必死だ。 今回の戦争でイランは大きな被害を受けており、復興のためには国際的な支援が必要だ。しかし、復興の主たる負担者は、アメリカとイスラエルであるべきだ。そもそもイランの破壊は、米・イスラエルによる国際法に違反した戦争で生じたものであり、両国がもう少し慎重であれば、遵法精神があれば、生じなかった破壊である。 近年だけを見てもアメリカは、2001年、9.11同時多発テロ事件を受け、タリバン政権打倒を掲げてアフガニスタン全域にわたる軍事行動を行い、2003年には、結局存在しなかった大量破壊兵器保持の疑惑があるとしてイラン戦争に踏み切った。これらの戦争は新たな政治秩序を生み出すことはなく、多くの破壊や犠牲を生み出すのみに終わった。アメリカの単独行動主義的な軍事行動とそれによる破壊を、同盟国だからと批判もせず、陰に陽に支えすらして、さんざん破壊と犠牲が生まれてから復興で「貢献」する、こうしたパターンそのものの問題性にも改めて目を向け、少しでも破壊や犠牲が少なくなる道を探していくべきではないか。

    2026年6月19日 10:09
  • commentatorHeader
    川上泰徳
    中東ジャーナリスト
    視点

    覚書の中で、米国が「イラン復興のための3000億ドル(48兆円)」を約束したことが注目されているが、これは核問題の協議も絡む最終交渉の合意とリンクしており、全額が実施されるとは限らない。 ただし、そのような巨額の復興支援を、攻撃した米国が約束するのは、攻撃についての政治的責任を負う内容と言わざるを得ない。イスラエルとイランの「戦争」に米国が参戦した意味を問う声が、米国で上がるのは当然で、米国は、その議論をしっかりとするべきだと考える。 覚書でイランの利益として重要なのは、覚書署名後に、米国はイラン原油と石油関連製品の輸出への制裁措置を解除する措置をとったことである。これによってイランは総輸出額の6ー7割を占める原油と石油製品を、世界に向けて輸出することができるようになる。 なぜ、イランに端的に利益を与える原油の輸出解禁が覚書に盛り込まれたのだろうか。答えは簡単で、イランの原油輸出を禁止したままでは、イランは「湾岸諸国だけ原油・天然ガスを輸出することは認められない」と主張し、ホルムズ海峡の開放に応じないからである。 今後、核問題が議題となる最終交渉が全く進まなかったとしくても、米国が禁輸措置の再開に踏み切る可能性は低いだろう。イラン原油の禁輸措置を再開したら、イランは対抗措置として「湾岸諸国の石油輸出も認めない」とホルムズ海峡を封鎖するからである。 そうなった時、米国は巨大な軍事力を保持していても、ホルムズ海峡を再開することはできないことが今回明らかになった。米国には海峡封鎖につながるイラン原油の禁輸措置はもう取れないということである。 トランプ大統領がイランの首にロープをかけて締め付けようとしたら、イランは世界の首であるホルムズ海峡にロープをかけて締め付けたというグローバル化時代のアレゴリーであろう。

    2026年6月19日 11:21

関連トピック・ジャンル

ジャンル