資産形成とかFIREの話を見ていると、なんとなく違和感がある。話がいつも、「働き続けるのか」「FIREして働かなくなるのか」という二択になりがちだからだ。
でも実際のところ、多くの人が欲しいのは本当に「働かない生活」なんだろうか。最近はそうでもない気がしている。
実際、資産を作った人たちを見ていると面白い。FIREを目指していたはずなのに、達成したあとも結構みんな働いている。
もちろんフルタイムではない。週に数日だけだったり、面白そうな仕事だけ受けたり、知り合いの会社を手伝ったり、嫌になったらしばらく休んだり。
傍から見ると、完全リタイアというより「だいぶ気楽になった人」に見える。
なぜそうなるのか。
たぶん、仕事の苦しさの大部分は「働くこと」そのものじゃないからだ。
辞めたくても辞められない。理不尽でも従わなければならない。どうでもいい会議に出る。やりたくない仕事を断れない。
本当に嫌なのは、こういう部分だったりする。
逆に、ある程度資産があると状況が変わる。嫌なら辞められる。無理な仕事は断れる。職場が合わなければ移れる。数か月休んでもなんとかなる。
すると不思議なことに、仕事そのものはそこまで嫌じゃなくなる。
だから資産形成って、「働かなくなるため」のものではないのかもしれない。
「働かなくても生きていける状態」を作ることで、結果的に働き方を選べるようになるためのものなんじゃないかと思う。
FIREという言葉は新しいけれど、到達点は案外地味だ。好きな仕事をする。嫌な仕事は断る。疲れたら休む。必要になったらまた働く。
昔からいる、ちょっと余裕のある自営業のおじさんみたいな生き方である。
そう考えると、資産形成のゴールは「労働からの解放」ではなく、「選択権の獲得」なのかもしれない。
結局みんな、労働が嫌だったわけではない。
そもそも俺なんか仕事自体は好きやしな ミーティング忘れたり二日酔いで朝行けなかったりするだけで
俺も人の上司になるのやだった
どちらかというと 「給料に見合わない責任」が嫌だし 「給料も程ほどで良いから気楽に働かせてほしい」 という感じ
じゃあ個人事業主になればいいだけですよねはい論破
クソ客を拒否できる個人事業主とクソ客にもへいこらしないといけない個人事業主は同じ個人事業主でも雲泥の差がある
なるほどタイミーさんじゃん
いや普通に自分がやってる仕事のせいで資本家が儲かってると苦痛だろ 見知らぬ誰かに利益をくれてやるの苦痛だろ 労働というのはやればやるだけ苦痛なんだよ