ホラー短編小説「木目」Part.10

第10話「密室の安全」


時計の針は、
午前四時半を回っていた。

夜明けまであと少し。

二人はベッドに並んで座り、
壁に背中を預けていた。

極限の恐怖を一度乗り越えたことで、
密室の中には奇妙なほどの静けさと、
穏やかな疲労感が漂っていた。

「山田さんって、
どうして不動産の仕事をしてるんですか?」

鈴木が、ふと思い出したように尋ねた。

「……なんでだろうな。

ただ、間取り図を見るのが好きだったんだ。

ここにはどんな人が住んで、
どんな生活をするんだろうって想像するのが。

鈴木は?」

「私も似たようなものです。

古い家でも、
そこに生きていた人たちの『生活の跡』や
『体温』が残ってる気がして……
そういうのを繋ぐ仕事がいいなって」

生活の跡。体温。

その言葉が、
山田の胸にチクリと刺さった。

あの古い家に残っていたのは、
温かい生活などではなく、
どす黒い死の予言だったからだ。

「でも、もう見たくないな」

山田が自嘲気味に笑うと、
鈴木も静かに同調した。

「そうですね。

明日、会社を辞めたら……
二人で、全く違うこと始めましょうか。

模様も間取りもない、明るいところで」

「……ああ。そうだな。

一緒に、ゼロから」

鈴木が山田の肩に
コトンと頭を預けてきた。

彼女のシャンプーの匂い。

規則正しい心音。

密室の中で肩を寄せ合う男女。

このまま朝を迎えられれば、
すべてが終わる。

新しい日常が始まる。

山田は、
自分に寄りかかる彼女の重みと体温を
愛おしく感じながら、
ぼんやりと真っ白な部屋の壁を見つめた。

――その時だった。

ドスッ。

……ズリッ。

不意に、二人の頭上――
真っ白な天井から、
重い鈍音が響いた。

山田と鈴木は息を飲み、
同時に上を見上げる。

ペタ……、

ドスッ。

先ほど廊下を遠ざかっていったはずの
「濡れた素足の音」が、
今度は真上の階から聞こえてくる。

しかも何かを引きずりながら、
鋭利な刃物を床に突き立てるような
「ドスッ」という音が混じっている。

真上の音が、
ひときわ大きく響いた。

ちょうど、
二人が座っているベッドの真上だ。

次の瞬間。

真っ白だった天井の壁紙に、
ポツリ、と
黒ずんだ赤い「シミ」が滲み出した。

「ひっ……!」

鈴木が悲鳴を上げ、
身をよじる。

シミは生き物のように
ジワジワと広がっていく。

(ダメだ。あのシミが、
もし何かの形に見えてしまったら⋯!!)

山田の脳裏に、
佐藤と高橋の
無惨な死に顔が蘇った。

不規則に広がる赤いシミが、
目になり、歪んだ口になり、
苦痛に満ちた「男女の顔」へと
結像しようとしている。

「消さないと。

形になる前に、
消さないと……!」

山田は無言のまま、
「カッターナイフ」に再び手を伸ばし、
立ち上がって天井を睨みつけた。

しかし、高すぎて刃が届かない。

山田の血走った眼球が、
部屋の中をギョロギョロと
舐めるように動き始める。

「……山田さん?」

不意に狂乱し始めた山田に気づき、
鈴木が顔を上げる。

山田の視線が、天井から降りて、
鈴木の膝元に落ちた。

彼女が恐怖で体勢を変えたことで、
ピンと張られていた真っ白なベッドシーツに、
いくつもの「深いシワ」が寄っている。

ただの布のシワだ。

しかし、間接照明に照らされたそのシワの陰影が、
複雑な曲線を何本も生み出している。

山田の声は、
先ほどまでの穏やかなものとは別人のように、
低く、冷たく濁っていた。

「君が動くから、シワができる。

天井と同じだ。

影が、模様になるんだ。

消さないと。

形になる前に、
平らにしないと……!」

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コメント

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小ぶりなプログラムを試しに作っているんですが、 ここではその説明書きをしていこうと思います。 こういう機能をつけてみてほしいだとか要望、 コメント欄か、Xのリプライ欄に書いてみて下さい。 ひまをみて対応します。 (未管理著作物裁定制度に定められた問い合わせも受付中。)
ホラー短編小説「木目」Part.10|古井和雄
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