第2回「政府は気にしない」旧統一教会の方針は揺れた 幻の都知事選擁立論
民法の不法行為も、解散の要件にあたりうる――。2022年10月の岸田文雄首相(当時)の国会答弁は、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に衝撃を与えた。
法廷闘争を見越し、弁護士の信者や全国の法務担当者の力を集め、政府の主張に反論する証言を集める態勢を作った。
教団幹部の1人には、水面下で知人の議員や官僚らから情報が入ってきていたという。「解散はあり得ない」「他の宗教団体も黙っていない」
「司法では絶対に負けない」強硬路線
教団は強硬路線に傾いた。文部科学省は11月以降、宗教法人法に基づく「報告徴収・質問権」の行使を繰り返し、教団に様々な報告を求めた。だが教団は、「民法の不法行為」を要件にした解散命令請求は不当だとして、信者個人の情報や、海外への送金の詳細に答えようとしなかった。
ある教団幹部は「司法では絶対に負けないと信じ、政府の顔色や世論は気にしない空気」が教団内にあったと振り返る。
政府は7回の質問権行使を重ね、23年10月に解散命令請求に踏み切った。
解散を請求した文科相の地元で、教団友好団体幹部は
「私としましては明日以降、準備ができ次第、速やかに東京地方裁判所に対し解散命令請求を行いたい」。10月12日午後に臨時記者会見を開いて請求を表明した文科相は、盛山正仁氏だった。
その日の夜、盛山氏の地元の兵庫県。教団友好団体幹部の男性は自宅でつぶやいた。「こんな裏切りにあうなんて。何てことしてくれたんや」
請求のちょうど2年前の衆院選。盛山氏は公示前、教団友好団体の会合で教団側との事実上の「政策協定」にあたる推薦確認書に署名し、推薦状を受けとっていた。教団信者10~20人が連日、有権者に電話で投票を呼びかけた。盛山氏は比例復活し、文科相になった。「選挙支援して国会に送り出した人に潰されるなんて、ありえない」
「過料10万円」がもたらした動揺
そんな教団側の強気な姿勢を揺さぶったのは「10万円」だった。東京地裁が24年3月、教団に支払いを命じる決定を出した過料の金額。教団にとって衝撃だったのは、決定が「民法の不法行為も解散の要件に当たりうる」という解釈を示したことだった。教団の主張が根幹から否定された。
決定直後、教団本部6階で開かれた緊急の幹部会議。出席者の1人は、会議で出た言葉を覚えている。「ひどいよね」。みな険しい表情を浮かべていた。
別の幹部は、政府への対応を主導する弁護士に言った。「法律論だけではどうにもならない。高額献金の非を認め、被害者の救済にかじを切るべきだ」。田中富広会長が「その法理論を信じて解散したらどうしますか」と続けた。弁護士はこう言ったという。「心中してください」
この日を境に、本部内での会話が少なくなったという。「過料を支払うべきだ」との意見もあったが、弁護士らは高裁に即時抗告した。
一方で、教団を巡る訴訟では敗訴が相次いでいた。教団幹部によると、「司法で勝てる気がしない」「司法も世論をみている」という見方が広がり始めたという。
「世論に直接…」幻の知事選擁立論
「世論に直接働きかける手立てはないか」。浮上した案が、24年7月の東京都知事選に教団幹部が出馬する構想だった。選挙という「公の場」で教団の言葉を届ける。自民党の候補者にしてきた選挙応援を、自前でやればいい――。そんな発想だったというが、実現には至らなかった。「票数が少なければ、かえって解散の追い風になる」という危惧もあったという。
他の宗教団体に、信教の自由をともに訴えようと水面下で協力を依頼した。同情する声もあったが、結局はそれも立ち消えになったという。
過料を命じる決定から1年後の2025年3月25日が、解散命令請求の地裁決定日だった。事件から992日が経っていた。
東京地裁で決定文を受け取った顧問弁護士らが、殺到した報道陣らをかきわけて出ていった。
教団は直後にコメントを出した。「解散は受け入れられない。教団や信徒の人権が危機に瀕(ひん)している。最後まで闘う」
教団側は実は、解散命令を免れる決定が出た場合のコメントも用意していた。
「当法人の主張が認められて安心しております。今後もより良い教団づくりに向かって教団改革を進めてまいります」
話し合って決めた文言は、幻になった。
地裁の決定について、韓国の本部から責任を取るよう求める意向があったといい、強硬路線を率いた弁護士らが一線を退くことになった。
解散が現実味を帯びる中で、回避する方策について差し迫った議論が続いた。
25年12月、教団としてひとつの選択をすることになった。5年余り国内の教団トップの座にあった、田中富広会長の辞任だった。
連載3回目では、解散の可能性を知った教団側が、それを前に取った様々な動きを紹介します
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