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「サイマル的な、」について

May 7th, 2023 23:39・All users
目次
1.はじめに
2.「サイマル」とは?
3.「サイマル的」とは?
4.歌詞の意味解説の前のワンクッション
5.歌詞の意味解説
6.歌詞の意味解説・弁明編
7.その他、ここで話しておきたい事
8.おわりに

1.はじめに

初めましての方は初めまして。もう知って下さっている方も、ここでは初めまして。
吉田夜世と申します。ヨシダヤセイと読みます。この度FANBOXを開設させていただく運びとなりました。よろしくお願いいたします。

普段はボカロPという肩書のもと、オリジナル曲を発表することでインターネットに居場所を無理やり作っているしがない存在をやっております。そんなことしなくてもインターネットは受け入れてくれるのにね。

さて、4/27に「サイマル的な、」という曲を投稿しました。記念すべき重音テトSVの発売に合わせて投稿した楽曲です。
聴いたことない!という方は、この記事を読む前に一度聴いていただくことをオススメします。歌詞は概要欄にも書いてあります。
ありがたいことに、楽曲投稿ツイートにおいて自身初となる1000RT 2500いいねを獲得し、動画サイトでの評判も上々です。みなさん、テトさん、ありがとうございます。。。
この曲に関しまして、解説をした方がより作品としての深みが増すなあと勝手に判断しましたので、珍しく作品解説をしたいと思います。

※2以降を読む前の注意事項※
①解釈に邪魔をいれてほしくないという方はそっとブラウザバックして下さい。
②見出しを分けていますので、途中で読むのをやめて解釈の参考程度に留めるのも賢いです。
③歌詞こそよく書きますがこういった文章を綴ることは殆どなく、また曲解説も基本的にすることはありませんでした。それゆえ、文才不足・語彙不足・不慣れの三重不により、駄文が形成されていましたらご容赦ください。
※2以降を読む前の注意事項終わり※

2.「サイマル」とは?

というわけで、まずはタイトルから紐解いていきましょう。
サイマルとは、英語の語根であるsimil, simulのことです。これには「似ている」という意味を単語に持たせる効果があります。

例)
similar - 類似の、相似の
simulate - 模擬実験を行う、シミュレートする
simultaneous - 同時に起こる

ちょっと待って!3つ目に"simultaneous"という曲者がいますね。「似ている」と関係ないじゃん!と言いたくなりますが、

simul「似ている」-ous「のような」
→似た時点で起こるような
→【形】同時に起こる

というロジックで出来ているようです。あんまりふざけないでほしい。

また、「サイマル放送(simulcast、simultaneous broadcasting)」という言葉があります。Wikipediaより引用しますと、「1つの放送局が同じ時間帯に同じ番組を、異なるチャンネル(周波数)、放送方式、放送媒体で放送すること。」らしいです。なんかちょっと、ちょっと、小難しいね。
しかし"simultaneous"から来ている言葉ということもあり、何かしらが同時に行われる性質のものであることは想像に難くありません。

ということで、この「サイマル」という言葉には、「似ている」「同時に」といった意味を持つようです。少なくとも、本楽曲においてはこの言葉をそう定義します。
「サイマル」の説明おわり!

3.「サイマル的」とは?

「サイマル」の説明が済みましたが、ごめんなさい。まだタイトルから脱出しません。次は「サイマル的」という言葉について説明をしなければなりません。

一応、Twitterなどで検索すれば使われている様子を目にすることは出来る言葉です。
しかし、「〇〇的」のようにして名詞が形容動詞化された言葉の中では、「積極的」などのレベルで意味が定着し固定しているような言葉ではありません。あくまで使う人が意味・解釈を考えた上で、それを聞き手側に押し付けるような形で使われています。
つまり、この「サイマル的」という言葉は、僕が造語チックに使っても良いのです。誰が何と言おうと良いんです。そうして決めた意味がこちらです。

「似たようなものが同時に(存在する)」

きました、この楽曲の仕掛けその①の登場です。

仕掛けその①:「サイマル」が持つ「似ている」「同時に」という、異なりながらも似通った2つの意味が、「サイマル的」の意味の中にサイマル的に存在している。

サイマル的マトリョーシカとでも呼ぶと良いと思います。いや、やっぱりやめてほしいかも。
「サイマル的」に関して説明することはこれくらいです。
「な、」にも意味は多少ありますが、タイトルとしてのバランス感を保つために付けている側面が強いです。というわけでタイトルの説明おわり!歌詞の意味に行きましょう!

4.歌詞の意味解説の前のワンクッション

…嘘です。歌詞の意味はこの次の見出しです。
解説の前に、この楽曲の仕掛けその②を先に明かしてしまいましょう。

仕掛けその②:歌詞の全てに渡って、2つの話題がサイマル的に語られている。

意味の一つには気付いた方も多いでしょう。コメント欄でもたくさん書いていただいていますし、理解した上で感動の涙を流してくださっている方もいます。しかし、もう一つ並行して別の話題について語っているんですね。これはどうやら気付かれていなさそうです。

ここまでのヒントを知った上で、ご自身で解釈を進めたいのであればこのタイミングでブラウザバック推奨です!













ブラウザバックしなかったみなさん、それでは進みましょうか。











5.歌詞の意味解説

ブロックごとに歌詞を抜き出して「これはこうで~」等と説明するのも良いですが、やっぱり幾許かの曖昧さは残しておきたいので、歌詞とは直接照らし合わせずに説明します。

①「重音テト」について
バレた方の意味です。明らかすぎたね。
これから書く内容は、歌詞の隅々まで込められています。

重音テトという存在は、元々ボカロ厨を釣るために産み出された嘘の存在です。このへんの歴史は長ぁぁぁーーーーーーくなるので各自調べてください。
ちなみに公式サイトがマジで年表とか詳細に書いてくれています。本当にすごい

この重音テトについてですが、クリプトン社のVOCALOIDが本流として存在していることを考えると、次のように説明することが出来そうです。

「VOCALOIDに対してサイマル的に存在する合成音声の歌唱音源」

サイマル的歌姫・重音テトは、本流のVOCALOIDたちに迷惑をかけないよう様々な工夫を凝らされ、またニコニコ動画という場所において受け入れられることで、やがて愛される存在となりました。本流のVOCALOIDが大きなムーブメントすなわち時代を作る中、テトもまたひとつの時代を作ったのです。
その2つがパラレルに存在するものなのか、全くの同一線上に存在するものなのかは、今となってはもうわかりません。それくらい溶け合ってしまいました。
しかし、間違いなくテトが生み出した時代の葬送は成されることなく、今日も在り続けているのです。

ほんの少しでも進む未来が違えば、テトは本流のVOCALOIDに対して悖逆的なものと見做され、排除されていたかもしれません。排除されれば、やがて歌唱ソフトとしても忘れ去られたでしょう。
しかし、そうはなりませんでした。かつてフリーソフトで人間の声をパズルのように組み合わせて作られ、最初期こそ継ぎ接ぎ・チグハグのガラクタ状態であった歌姫は、様々な努力のもとで受け入れられ、受け入れられたことで改良を重ねられました。本流VOCALOIDとは立ち位置が違うからこそ、Joker的な存在として親しまれました。界隈のゲームバランス(言葉の綾)を良くする効果もあったかもしれません。
そうして時は流れ2023年、ついに最新技術をもってSynthesizer V AIとして商品化され、電器屋さんに置かれることとなったのです。尊すぎる話です。SynthVテトはあまりに大きな歓迎と共に迎えられ、現在UTAUテト、SynthVテトはどちらも無事地位を確立しています。

話は逸れますが、VOCALOIDのボス・初音ミクはryo氏の名曲「ODDS&ENDS」にて「ガラクタ」と表現されました。僕は涙なしにはその名曲を聴けないわけでして、「サイマル的な、」の歌詞および本解説の中で「ガラクタ」という表現を出したのはその名曲に対するリスペクトです。重音テトというガラクタ一つを救ったのはテトを愛し曲を生み出した作り手の先人達であり、テト曲を愛したおまえらオタク(僕含む)でもあります。

もっと書きたいところですが、このへんにしておきます。
歌詞をくまなく読んで、「この部分はテトのこんな話のことを書いているんだなぁ」などと想像を膨らませていただければ幸いです。



②「誰かのリスペクト作品への接し方」について
ただの美談で終わらせると思った?残念、光があれば闇があります。世の中そういうものです。
もう一つの意味は「誰かのリスペクト作品への接し方」についてです。
テトの話の裏にて闇に紛れ、この内容もまたサイマル的に歌詞の隅々まで込められています。

音楽に限らず芸術作品というものは、よほどの天才でもない限りゼロから生み出せるものではありません。参考となる資料がいくつもあり、そこから得られる要素や素材をパズルのように組み合わせながら作っていくわけです。個性とはそのパズルのピースの集め方に見られる個人差であり、またオリジナリティが強めのピースを一部に用いた結果生まれるものでもあります。ここからは音楽の話として進めます。

なんだかパクリ論争に話が進みそうな論調ですが、そっちには行きませんのでご安心を。
じゃあどういう話に繋げるかと言いますと、「VOCALOID界隈は誰かのリスペクト作品に対して寛容だし、だからこそ発展した。今後も変わらずそうあるべきだ。」という内容です。

わかりやすい例があります。wowaka氏リスペクトです。
彼をリスペクトするボカロPは多い…というか、ほとんどのボカロPは彼をリスペクトしているといっても過言ではない気がします。何を隠そう僕もその一人です。作品にも多大な影響を受けていますし、「ラフィン」とかを作っていた頃の白黒動画は彼の影響でもあります。(他にも理由はあります。)

wowaka氏リスペクトをしている/していたボカロPと聞いて、ボカロリスナーの方々は両手で数えきれないくらいの人物を思い浮かべるでしょう。そして、その中には今まさに文化を作っている大物もいるはずです。
さて、リスペクト感の強いボカロPを見つけた時に当時のリスナーはどうしたかと言いますと、彼の真似だと言って叩かず一人のボカロPとして受け入れたのです。この包容力があったからこそVOCALOID界隈はここまで発展したのだと考えています。

また面白い事例として、彼のリスペクトとして出てきたボカロPのリスペクトシリーズが展開されたこともありました。頭おかしなるで。本当に独特で面白い文化です。
「日向電工さんごめんなさいシリーズ」と調べてみると幸せになれます。僕はこれをリスナーとしてリアルタイムで追っていました。今では当時の犯人(?)たち数人と交流があります。人生って何が起こるか分からないね。

世代が少し変わると、Orangestar氏のリスペクト作品も多く見られるようになります。このような作品群もまた、wowaka氏リスペクトと同じように受け入れられていた印象が強いです。もしかしたら叩かれていた事例もあるのかもしれませんが、ひとつ確実に言えるのは「VOCALOID界隈というものは、リスペクトの範囲にとどめて突っ切ればきちんと受け入れられる土台の上にある」ということです。
もっと記事のタイトルに寄せて言うと、「VOCALOID界隈の中では、リスペクト作品/作者はその元となる作品/作者とサイマル的に存在できる」のです。

ここで最近の話に移ります。「誰々っぽい曲」というものは相変わらず生まれ続けていますが、これが普通に叩かれてしまっているシーンをよく見かけます。ちょっと僕が知っているVOCALOID界隈と空気が違い、困惑してしまいました。老害みたいなこと言ってすみません。でも、少し寂しかったんです。
この世代において「洗練されている」との評価を得られるボカロ曲の属性は確実に存在し、それをなぞる形で若手の実力者が続々と出てきています。
エレクトロを基本とし、シンセベースを唸らせ、ボーカルチョップを多用し、サンプル素材を惜しみなく用い、ポエトリーを淡々と読み上げる社会風刺的な音楽が代表格でしょうか。
これを「誰々っぽい」と切り捨ててしまうのは非常にもったいない。パズル的に組み上げられた音楽だとしても、確実にそのピースの集め方に個人差はあるし、オリジナリティが強いピースも含まれています。つまり個性が存在しています。

個性というものは作品を作れば作るほど増幅していきます。その前段階の作品を見られる場所こそがVOCALOID界隈というわけです。誰かの個性の寄せ集めで作られたガラクタのような音楽でも、いずれ輝く前段階と考え、潰すべきではないと考えます。この歌詞にはそんな思想を込めました。

ただし、寛容なのは界隈の中にとどまった時の話で、被りの対象が商業のしかもただ1曲であった場合は今も昔も厳しい傾向にあるので、気を付けていく必要があります。当然の話ですが。(サムネが地味な方の曲とか無色透名だった曲とか…色々ありましたね。)

結構長くなりそうなので、2個目の意味の話はこのへんで終わりにしておきます。
歌詞をくまなく読んで、「この部分はリスペクト作品のこんな話のことを書いているんだなぁ」などと想像を膨らませていただければ幸いです。

6.歌詞の意味解説・弁明編

テトのエモい話の裏に変な思想盛り込みやがって!許さん!という意見が来るかもしれないので、弁明しておきます。ちゃんと意図があります。
「VOCALOIDの模倣として重音テトが存在して受け入れられる」という状況は、「誰かの個性を模倣した作品が存在して受け入れられる」という状況と似ているのです。成り立ちなどを考えると決して同じではないですが、構造は似ています。
そう、本楽曲の中でサイマル的に存在する2つの話題は、その構造までサイマル的なのです。歌唱音源という次元で起こっていることによく似たことが創作物という次元でも起こっているって、中々面白くないですか?僕は面白いと思ったので、重ね合わせてみました。
これらが受け入れられたのはどちらも「VOCALOID界隈の寛容さ」があるからに他なりません。ただ構造が似ているだけではなくてしっかりと共通項も持っている、そんなお話でした。

7.その他、ここで話しておきたい事

突然ですが、僕は重音テトが大好きです。そうでなければ到底こんな歌詞書けません。テトの曲もたくさん聴いてきました。kiite cafeのプレイリストには、とっておきのテト曲を数曲仕込んであります。
また、Synthesizer Vというソフトも大好きです。世界を変えるソフトだと思っています。テトがSynthVで来てくれて本当に泣きそうでした。
UTAUというソフトにあまり馴染むことができなかったのと、ミクやGUMIなど他のキャラクターも大好きな浮気性なので、テトに歌わせるタイミングがSV発売に便乗するような形となってしまったことお詫び申し上げます。ちゃんと愛を持って「サイマル的な、」を書き上げました。それを伝えておきたかったです。

8.おわりに

ここまで読んでいただきありがとうございます。後半の方なんか特にグダグダと何が言いたいかわかりにくい文章となってしまった気がします。スミマセン
今後も不定期に文章を公開していきたいので、慣れていきます。

最後になりますが、これからも「サイマル的な、」をはじめ僕のこれまでの曲たち、これからの曲たちをよろしくお願いします。

また会いましょう。


2023/05/07  吉田夜世
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ぐぅかん丸
長文失礼します。 「誰かのリスペクト作品への接し方」という項目に対して疑問があるので、質問させていただきます。「個性というものは(中略)潰すべきではない」という部分ですが、典型的な進歩主義的な考え方に陥っていると思いました。まず吉田夜世さんの言葉を自分なりに再定義すると、以下のようになるかと思います。 ・(余程の天才を除いた)芸術作品=既存のピースの組み合わせ、あるいはオリジナリティが強めのピース(自己起源のピース)を一部に用いられたもの ・引用的個性=既存のピースをいくつか引用し、組み合わせることで現れる個性 ・起源的個性=自己起源のピースを既存のピースに組み込むことで現れる個性 ・リスペクト作品=作品を構成するピースがある作者から全て引用されている、あるいは一部に自己起源のピースが含まれる作品 ではこの定義を踏まえると、「個性というものは作品を作れば作るほど増幅していきます。」は、以下のように整理できるかと思います。 ここでの増幅は、既存のピースの組み合わせ方(引用的個性)が増えることや、既存のピースの中に自己起源のピースをどう織り込むかの技術(起源的個性)の向上を意味する。誰かの個性の寄せ集めで作られたガラクタのような音楽(リスペクト作品)は、いずれ輝く前段階である。その作品を作り続けることは、リスペクト作品ではない芸術作品を作ることに繋がりうる。 しかしながら、この論理には「色んな作者のリスペクト作品を作り続ける」という前提が隠されています。あくまで引用的個性は、既存のピースの種類を増やさなければそのバリエーションも増えず、特定の作者のリスペクト作品を作り続けても増幅することはできません。また起源的個性も、自己起源のピースを既存のピースの中にどう織り込むかの技術であるため、既存のピースを種類を増やさない中で組み込んでも増幅は見込めません。 よって、この論理では特定の作者のリスペクト作品を作り続けるボカロPは擁護することができません。またリスペクト作品を作り続ける中で引退したボカロPもまた、増幅の途中で引退したため擁護することができません。増幅せずに停滞を選ぶボカロP、あるいは増幅する中でリタイアしたボカロPのリスペクト作品は、容認されえないのでしょうか? 重箱の隅をつつくような質問ではありますが、ご回答の程よろしくお願いします。
a year ago
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steel
私は作者ではありませんが少し反論させて下さい。 同じく長文である事を先に謝罪します。 筆者の言葉からあなたは以下の様に持論を展開されていますがそこに疑問を感じます。 「ガラクタのような音楽(リスペクト作品)は、いずれ輝く前段階である。その作品を作り続けることは、リスペクト作品ではない芸術作品を作ることに繋がりうる。」 ↓ 「この論理には「色んな作者のリスペクト作品を作り続ける」という前提が隠されています。(中略) 既存のピースを種類を増やさない中で組み込んでも増幅は見込めません。」 この決めつけ、特に前提はリスペクト作品を作る方の起源的個性がなく増幅もしない、つまるところ「パクリ」を前提に論理を展開している様に感じます。 筆者もそういった方向に議題をもっていっておらず、「パクリ」と言わず「リスペクト作品」と定義し、これらに寛容なボカロ界隈に対し「似たようなもの」=「サイマル的な、」物が存在してもいいという想いを込めてこの曲を作り、想いをここに綴ったと感じています。 「前段階の作品を見られる場所こそがVOCALOID界隈」 「「誰々っぽい曲」が叩かれているシーンを見ると寂しくなる」とも書かれていますし リスペクト作品については「いつかそれぞれの個性を育み、誰かの個性を育むボカロPになりボカロ界隈を盛り上げている存在」であると筆者が思っていると私は汲み取りました。 筆者の想いとしては「容認されえないと断じて思っていない」と私は思います。 長々と失礼いたしました、私はこの曲が大好きなんです。
a year ago
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ぐぅかん丸
ご返信ありがとうございます。 まず厳しいことを言いますが、あなたの返信は反論として成立していないと考えています。 「この決めつけ、特に前提はリスペクト作品を作る方の起源的個性がなく増幅もしない、つまるところ「パクリ」を前提に論理を展開している」という部分ですが、そもそも私はリスペクト作品を作る者の起源的個性がないとは主張していません。寧ろ認めています。リスペクト作品の定義には「あるいは一部に自己起源のピースが含まれる作品」と書いており、リスペクト作品を作る者が起源的個性を発揮してリスペクト作品を作る場合があると明記しています。また「起源的個性も、自己起源のピース(中略)増幅は見込めません」という下りは、あくまでリスペクト作品を作る主体の中には既に起源的個性が含まれているという前提に即した上で、その増幅が見込めないと書いています。 一律にリスペクト作品を作る者は起源的個性が増幅しえない、という捉え方もされているように思えますが、私は以下のようにリスペクト作品を作る者を場合分けした上で論述しています。 ① 色んな作者のリスペクト作品を作り続けるボカロP→起源的個性が増幅されるケース ② 特定の作者のリスペクト作品を作り続けるボカロP→起源的個性の増幅が見込めないケース ③ リスペクト作品を作り続ける中で引退したボカロP→起源的個性の増幅が中断されたケース そして、この中で吉田さんが擁護している(あるいはそう擁護しているように捉えられる)のは、①のケースのみです。何故なら、「いつかそれぞれの個性を育み、誰かの個性を育むボカロPになりボカロ界隈を盛り上げている存在」を将来的に産出するリスペクト作品を擁護しているのであって、そうしたボカロPを産出する見込みがない(②のケース)、あるいは産出できなかった(③のケース)リスペクト作品は擁護されていないからです。私はここを問題にしているのであって、パクリ云々の話はしていません。 仮に吉田さんが「「パクリ」と言わず「リスペクト作品」と定義し、これらに寛容なボカロ界隈に対し「似たようなもの」=「サイマル的な、」物が存在してもいい」という想いで曲を作ったのならば、②や③が擁護されていないのは問題ではないのでしょうか。そうした問題を吉田さんが自覚しているかは分かりませんが、この解説はそのような問題を表出させる内容になっていると思います。
a year ago
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steel
ご返信ありがとうございます。 貴方の問題視されている部分について多分理解できたと思います。論点がずれていた事を謝罪します。 その上で質問したいのです。 「ボカロPを産出する見込みがない(②のケース)、あるいは産出できなかった(③のケース)のリスペクト作品は擁護されていないからです」 貴方が挙げているこれら2つのケースで今後起源的個性が増幅されないのは理解できました。 ですが、起源的個性が増幅するかどうかというのはボカロP個人の問題であり、これを擁護されていないと断じている部分がどこなのかが理解できません。 私にはこの投稿は個性の増幅について焦点をあてておらず、記事のタイトル通り「VOCALOID界隈の中では、リスペクト作品/作者はその元となる作品/作者とサイマル的に存在できる」というスタンスを貫いていると感じます。 「各ボカロPの個性の増幅について」は貴方が持ち出した部分ですが吉田さんの文章のどの辺りから②③のケースが擁護されていないと感じられたのかを教えてください。
a year ago
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ぐぅかん丸
まず「「各ボカロPの個性の増幅について」は貴方が持ち出した」というのは正確ではありません。この話は解説の「個性というものは作品を作れば作るほど増幅していきます。その前段階の作品を見られる場所こそがVOCALOID界隈というわけです。誰かの個性の寄せ集めで作られたガラクタのような音楽でも、いずれ輝く前段階と考え、潰すべきではないと考えます。」という箇所から分かるように、吉田さん自身が発言し始めた部分であり、私はその詳細を分析したに過ぎません。 そして「個性というものは作品を作れば作るほど増幅していきます。」という部分を私がどう分析したかは私の最初の定義や反論を参照してもらうとして、②と③が擁護されていないと考える部分は「誰かの個性の寄せ集めで作られたガラクタのような音楽でも、いずれ輝く前段階と考え、潰すべきではない」という部分です。私なりに解釈すると、リスペクト作品はボカロPの個性(=引用的個性と起源的個性)を増幅させるものであり、それを作るボカロPは擁護されるべきだ、ということになります。但し、この論理だとリスペクト作品を作るボカロPの中でも個性の増幅が見込める将来性のあるボカロPのみが擁護される形となります。そうしたボカロPは「いずれ輝く前段階」であり、「潰すべきではない」と考えられています。であれば、②のような個性の増幅が見込めないボカロP、③のような個性の増幅を中断してしまったボカロPはどうなるのか、というのが私の提起した問題です。 「この投稿は個性の増幅について焦点をあてておらず」という部分には同意します。しかしながら、「各ボカロPの個性の増幅について」吉田さんが言及したために、「「VOCALOID界隈の中では、リスペクト作品/作者はその元となる作品/作者とサイマル的に存在できる」というスタンスを貫」けていないのです。結局のところ、そうしたサイマル的に存在できるのは将来性のあるボカロPのみである、という主張になってしまっているのです。これは私の主張云々の話というよりは、この解説自身が抱えている矛盾であり、問題です。
a year ago
Reply
steel
詳細の回答ありがとうございます。ですが、やっぱり理解できませんでした。 「誰かの個性の寄せ集めで作られたガラクタのような音楽でも、いずれ輝く前段階と考え、潰すべきではない」 ↑ ここを引用されていますが、「ガラクタのような音楽=リスペクト作品」であり、ボカロPを指してはいないと思います。 リスペクト作品についての話をしているのに貴方なりの解釈からボカロPの存在を持ち出して、擁護容認していない、矛盾しているというのは些か拡大解釈であり、「やはり貴方の主張からくる物ではないか」と感じざるを得ません。 ここから先は吉田さんの意見を聞くしかありませんので、これ以上の返信は差し控えさせていただきます。
a year ago
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レイ
ご説明ありがとうございます。この曲、そしてボーカロイド界への理解と愛着を深めることができました。 応援しています!
a year ago
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