上司のパワハラ、性加害。「イエス」の返事も、「お礼」メールも、イコール“同意”ではない
性加害事件が次々と発覚し、無自覚な加害者が生まれる背景には、どのような構造があるのか。ハーバード大学医師、内田舞氏が考察する。『ジェンダー・ジャスティス 社会の無意識が生み出す性と権力の構造』より一部抜粋してお届けします。
「同意」は「契約」ではない
近年の芸能人による性加害の問題においては、「同意」が争点として報じられています。 中居正広氏の問題においては、中居氏の代理人が「不同意によるものではなかった」と主張。松本人志氏の問題においても、「性加害を受けた」と主張している女性がホテルから出た後に送ったお礼のLINEの画像が報じられ、松本氏のフォロワーたちが「やっぱり性加害はなかった」「女性は当初は満足していたんだ」と、松本氏を支持していました。 その様子を見て、私は愕然(がくぜん)としました。感謝の思いとトラウマが共存することもあれば、その後の仕事や私生活への影響を恐れて形だけのお礼をすることもある。「お礼をする」=「性加害はない」と考えることは、「同意」というプロセスが歪(ゆが)んで理解されてしまっている証であるように思えました。 同意というのは、決して性的な同意に限られた概念ではありません。皆さんは同意と聞くとどんなことを思い起こすでしょうか? 医師である私は医療行為のインフォームドコンセントがまず思い浮かびます。 医療行為の前に医師はどんな治療や投薬を勧めるか、患者さんにとって必要な医療行為に関するリスクとベネフィット(効果)を十分に説明し、患者さんの疑問を解消し、希望を聞きながら治療などのステップを決めていきます。患者さんは説明を受けたうえで、「この医療行為をすることに同意します」とサインする。これがインフォームドコンセントです。 では、「セクシャルコンセント(性的同意)」についてはどうでしょうか。 「同意」とは、自分の意思で「イエス」「ノー」の返答ができて、かつそれが受け入れられるということ。 上司と部下、教師と生徒、コーチと選手、先輩と後輩といった上下関係によってパワーバランスが不均衡な状況、あるいは暴力などで脅されて「怖い」という感情がある状況の中での「イエス」は、言葉で「イエス」と言ったとしても同意を得たことにはなりません。女性が仕事を失ってしまうことを恐れて上司の性的なアプローチに「ノー」と言えない状況での「イエス」も「同意」ではありません。