ホラー短編小説「木目」Part.6
第6話「見たくない」
高橋の死は、
警察によって
「停電時のパニックによる不慮の転落死」
として処理された。
だが、山田だけは真実を知っている。
高橋はあの「木目の予言」に殺されたのだ。
見えてしまった死のビジョンは、
絶対に回避できない。
数日後、
山田はオフィスに出社したが、
精神はすでに限界を迎えていた。
『次は誰だ?』
オフィスのデスクの間仕切り、
床のタイルカーペット、
壁紙の微細な凹凸⋯。
視界の端に映る
あらゆる不規則な模様が、
山田の網膜を
チカチカと刺激してくる。
油断して模様を見つめてしまえば、
また「結像」してしまう。
「見たくない。
もう何も見たくない……」
山田は自分のデスクの表面に、
無地の真っ白なコピー用紙を
何枚も隙間なくテープで貼り付けた。
パソコンの画面も
無地のグレーに変更し、
少しでも不規則な模様を
視界から排除した。
地雷原を歩く兵士のような
異常な緊張感の中、
山田は真っ白な空間だけを凝視して
震えていた。
「山田さん……大丈夫ですか?」
異常な行動を繰り返す山田を見かねて、
隣の席の鈴木が声をかけてきた。
彼女がそっと、
山田のデスクに
温かいお茶の入ったマグカップを置く。
その際、
彼女が身を乗り出したことで、
ふっくらとした胸の柔らかな丸みが
山田の腕に微かに触れた。
ビクッと山田の肩が揺れる。
だが、それは恐怖によるものではなかった。
彼女から漂う柑橘系の香りと、
服越しに伝わる微かな体温。
その生々しい生命の感触が、
冷たく平坦な死の模様に
支配されかけていた山田の脳に、
安らぎをもたらした。
「……ありがとう、鈴木。
君も無理しないで早く帰れよ」
「山田さんが帰るまで、
私も残りますよ。
今の山田さんを
一人にしておく方が心配ですから」
鈴木は小さく微笑み、
自分の席へと戻っていった。
タイトスカートに包まれた
健康的な腰回りのラインが、
彼女が確実に生きていることを
山田に実感させる。
(彼女だけは。
絶対に死なせたくない)
山田がマグカップに手を伸ばし、
お茶を一口飲んだ。
少しだけ、張り詰めていた神経が緩む。
その時だった。
ふと、山田の視線が、
オフィスの大きな窓ガラスに向いてしまった。
真っ暗な夜の闇を背景にした窓ガラスには、
叩きつけるような激しい雨粒が、
無数の複雑な水流を作って流れ落ちていた。
ランダムに交差する水滴の軌跡。
山田の脳内で、警報が鳴り響いた。
『目を逸らせ。その模様を見るな』
本能がそう叫んでいるのに、
視線を外すことができない。
窓ガラスを流れる水滴が、
一点に集まり、うねり、
形を作っていく。
ピカッ!!
窓の外で強烈な稲妻が夜空を裂き、
青白い閃光が窓ガラスの表面を
一瞬だけ鮮明に照らし出した。
結像した。
窓ガラスを流れる水滴と
汚れが作り出したその模様は、
「顔の右半分が赤黒く染まり、
虚ろな見開いた目から
一筋の血の涙を流している、
鈴木の顔」だった。
ガラスの向こう側に、
平面的で巨大な鈴木の死顔が張り付き、
こちらをジッと見下ろしている。
「ああっ……!!」
山田は弾かれたように椅子から立ち上がり、
手元のマグカップを床に叩き落とした。
ガチャンッ! という陶器の割れる音と、
熱いお茶が飛び散る。
「山田さん!?
どうしたんですか!」
鈴木が驚いて駆け寄ってくる。
彼女が山田の腕を掴み、
心配そうに顔を覗き込む。
先ほどまで山田を安心させていた
彼女の温かい手のひらの感触が、
今は絶望的なカウントダウンのように思えた。
次に死ぬのは、鈴木だ。
「鈴木」
「はい……?」
「今すぐここを出るぞ。
荷物をまとめろ」
佐藤は助けられなかった。
高橋も助けられなかった。
回避しようとする行動自体が死を招くなら、
原因となる「すべての模様」を
この世から排除するしかない。
山田は、狂気すら滲む真剣な目で鈴木を見つめ、
彼女の柔らかい手首を力強く握りしめた。
視界の汚染から逃れ、
死の予言を完全にシャットアウトするための、
無機質な「密室」へと
彼女を連れ去る覚悟を決めていた。



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