逆襲の飯山あかり ■番外編■ 「一輪の薔薇」🌹
もしもあなたが、世界で最も小さな量子を見たとしよう。
そこに見出すものは、あなた自身の思考回路そのものである。
ウェルナー・ハイゼンベルグ(物理学者)
■□■ 「飯山陽」という一輪の薔薇
一輪の薔薇の中に人が見出すものは
薔薇そのものの中にある「何か」でしょうか?
それとも・・・
その薔薇を見る人の中にある「何か」でしょうか?
ここに、一輪の美しい薔薇が咲いています。🌹✨
詩人がその薔薇を見つけたら
その美しさを「ポエム」にするでしょう。🌿✨
音楽家がその薔薇を見つけたら
その美しさを「メロディー」にするでしょう。🎶✨
幼い「ハゲ頭の子供」がその薔薇を見つけたら👩🦲
ブチっとちぎって暫くは振り回して遊び
飽きたらポイっと捨ててしまうでしょう。🥀
そして・・・
テンガロンハットを被ったセールスマンが🤠
その美しい薔薇を見つけたら
「いくらで売れるだろう?」と
銭勘定をするでしょう・・・。💰
同じ一輪の薔薇の美しさに🌹✨
詩人は「ポエム」を見出し🌿✨
音楽家は「メロディー」を見出し🎶✨
幼い「ハゲ頭の子供」は👩🏻🦲
「手遊びのおもちゃ」を見出し🧸
テンガロンハットを被ったセールスマンは🤠
「銭儲けの道具」を見出す・・・。💰
私には、「心の師」として仰ぎ
長く薫陶を受けてきたインドの高僧がおります。
そしてその師から
かつてこの様な教えを受けました。
「人は誰でも、心の中に映写機(プロジェクター)を持っている。
人は、他者というスクリーンに自らの影を投影し
自らの影と共に笑い、自らの影と共に泣き
自らの影と共に恋をし、そして、自らの影と共に憎しみあう・・・」
これは、臨済禅師の名句にも通じる教えでしょう。
「仏に逢うては仏を殺し
祖に逢うては祖を殺し
羅漢に逢うては羅漢を殺し
父母に逢うては父母を殺し
親眷に逢うては親眷を殺し
始めて解脱を得ん」
人は、外側の世界に投影している価値観と偏見の全ての仕切りを取り払った(殺した)時、初めて真実の世界を見出すのでしょう。
私はまだ未熟者ではありますが、常にこの境地を目指し、是々非々の立場で、できる限り公平に物事を見定めようと努めてきました。
そんな私の目から「飯山陽」という人を見ると・・・15区補選で日本の為に声を上げていたあの頃から、一切の変節なしに、ただ一つの事を貫き通されているように感じます。
それは・・・
「大切に思うものを守りたい」🔥
という、強い思いです。
15区補選の街宣で、飯山さんはこう仰っていました。
「あなたにも、大切に思うものがあるでしょう?
それを守りたいと思う、それが『保守』なんです」
そう語りかける彼女自身も、自らの「大切なもの」をその胸に思い描いている様に、私には感じられました。きっとその思いの真ん中には、大切な娘さんの存在があったのではないでしょうか。
飯山さんは娘さんの将来を思い、その未来に「強く豊かな日本」を残さなくてはならない、そう覚悟されたのでしょう。私はその覚悟を感じたからこそ、彼女に国会議員になってほしいと願い、応援をしていました。
2024年10月8日、飯山さんが日本保守党の抱える問題を内部リークし始めた時から、保守党の支持者から激しいバッシングが始まります。保守党関係者からも次々と訴訟で訴えられ、飯山さんは一転、窮地に立たされてしまいました。
保守党の支持者達は、飯山さんを裏切り者と見なし、左翼のスパイであるかの様に罵った者さえいます・・・。
けれども、飯山さんは決して左翼のスパイだった訳でも、自らの信念を変節したのでもありません。
日本を「強く豊かに」するはずの日本保守党という「新薬」が、「深刻な副作用」を伴う劇薬だった事に、彼女は気づいてしまった・・・。
その危険を世間に知らしめる為には、保守党の真実を詳らかにしなければならないと考えたからこそ、彼女は批判を始めたのです。
「この新薬は危険だ!」💊🤮
その様に警鐘を鳴らす事ができるのは、それを実際に服用し、その危険を痛感した飯山さんだけです。彼女の中にあった「大切なものを守りたい」という思いは、その時も何一つ変わってはいません。
飯山さんが窮地に立たされた時、彼女を救う名目で「守る会」を設立したのが、藤岡氏と藤木氏でした。その時には私も、「これで一安心」と胸を撫で下ろしたものでしたが・・・味方だと思っていた人たちから裏切られ、飯山さんは今、巨額の損害賠償を求められた訴訟に、敗訴するかもしれない窮状に陥っています。
人権侵害に抗う為の組織である「守る会」を支えた人たちが、皮肉にも、飯山さんの人格攻撃を始め、その取り巻きまでもが、彼女の支持者を「飯山真理教信者👿」と揶揄しています・・・。
彼らの傍若無人な振る舞いには、飯山さんの支持基盤を離反させ、その求心力を弱体化させようという底意が感じられます。
それによって、「何か」を得られるように。
私は、飯山さんを応援している「見知らぬ友」の一人として、この様に思います。
飯山さんは、15区補選の選挙戦から裁判の場にその戦場を移しましたが、その「闘う理由」は、あの時から何一つ変わっていません。
冬の気配が残る寒空の下で、通り過ぎる人達に頭を下げながら名刺を配り続けたあの日も、凍結されたデータを一から収集する為に、腱鞘炎になるまで情報収集作業を続けた日も、飯山さんは全く同じ様に「大切なものを守りたい」という、その一心で闘ってこられたのだと感じます。
私はその思いに共感するからこそ、飯山さんを応援しているのであり、彼女がこの裁判に負ければ、「公権力による暴虐」を許す事になってしまいます・・・。
それは、我々の持つ「自由と権利の敗北」であり、この日本を、そんな不条理の横行する社会にしていい訳がありません。
私が「飯山陽」という「一輪の薔薇」の中に見出すものは、「どんな社会を理想とするか?」という「理念」であり、その「理念」を守るために全力で闘おうとする、彼女の生きた「哲学」なのです。
飯山さんが、自らの国を命懸けで守ろうとするイスラエルの人々に涙するのは、彼女自身もまた、大切なものを守るために闘い続けてきたからでしょう・・・。💧
飯山さんが不条理と闘う姿そのものが
「生きた哲学」であり・・・
正に、啓蒙“enlightenment”💡
「あかりを灯す✨」活動なのではないか
とさえ、感じるのです。
一部には、飯山さんの支持者を「飯山真理教信者」などと揶揄する者たちもおりますが、彼らが飯山さんやその支持者の中に何を見出すかは、彼ら自身の問題でしかありません。
彼らはその「薔薇」に
彼ら自身の影を見ているに過ぎないのだから・・・。
我々には、盲目的に信奉する宗教的な「ドグマ(教義)」など存在せず、そんなものは唯の虚妄でしかありません。
■■■ 波夷羅氏の理事会音声動画について
先だって公開された、波夷羅氏による理事会音声動画について、私は様々な疑問と欺瞞を感じました。それを密かにまとめていたのですが、理事会音声には後半部分もあるという事だったので、波夷羅氏が持ち札を全て切ってから公開するつもりでタイミングを見計らっておりました。
しかし、先日の長谷川さんと飯山さんのライブにより詳しい状況が明らかになった事により、「あっち側界隈」はもはや青息吐息の状態でしょう。私自身も、批判内容があまり意味を為さなくなってしまったので、このnoteの記事において、近日中に完成させて公開したいと思います。
ご興味のある方がいらっしゃいましたら、ご覧頂けたら幸いです。😉



ある対象への印象や評価が、人によって違う。それはあたりまえのことだと思い、なぜかを考えたことはありませんでした。 それは、自分自身を映しているということなのですね。 あかりちゃんは、まったくブレない。飯山陽の魅力を語るにあたり、まずこう断言した人がいました。今ここで、タイゾー…
ここで語った事が、養老孟司さんの「バカの壁」にも通じていると思いますね。人間には、絶望的に分かり合えない部分がありますので。😔 私は、その人を信用できるかどうかを、そこに哲学があるかどうかで判断していると思います。人生観というより、死生観と言った方がいいでしょうね。 飯山さんは…
タイゾーさん こんちは 久々の投稿と思えば、これは壮大な「次回予告編」ですね?😁 楽しみにしてますー!
倒してきた敵を考えると、大冒険であることは確かですよね。😂 今後もきっと、飯山さんの通る道に死屍累々の山が築かれる事でしょう。🤣