ホラー短編小説「木目」Part.6

第6話「見たくない」


高橋の死は、
警察によって
「停電時のパニックによる不慮の転落死」
として処理された。

事件性はなし。

それが世間の下した結論だった。

だが、山田だけは真実を知っていた。

高橋は暗闇に殺されたのではない。

あのトイレのドアに浮かび上がった
「木目の予言」に殺されたのだ。

見えてしまった死のビジョンは、
絶対に回避できない。

自分が助けようと介入した結果、
運命はより残酷な形で
その帳尻を合わせた。

数日後、山田はオフィスに出社したが、
もはやまともな精神状態ではなかった。

『次は誰だ?』

その恐怖が、
四六時中、山田の脳内を支配していた。

不動産管理会社のオフィスには、
あまりにも多くの「不規則な模様」が存在している。

デスクの木目調のパネル。

床に敷き詰められたタイルカーペットの継ぎ目。

壁紙の微細な凹凸。

天井の吸音ボードのシミ。

そのすべてが、
山田には「次の死顔」を映し出すモニターに見えた。

もし、視界の端で模様が結像してしまったら。

次に死ぬ人間の顔を見てしまったら。

「見たくない。
もう何も見たくない……」

山田は自分のデスクの表面に、
無地の真っ白なコピー用紙を
何枚も隙間なくテープで貼り付けた。

パソコンのデスクトップ画面も
無地のグレーに変更し、
少しでも不規則な模様を視界から排除した。

移動する時は、常に下を向き、
手元の真っ白なバインダーだけを凝視して歩いた。

まるで、地雷原を歩く兵士のような
異常な緊張感だった。

「山田さん……大丈夫ですか?
少し休んだ方がいいんじゃ……」

異常な行動を繰り返す山田を見かねて、
隣の席の鈴木が声をかけてきた。

佐藤と高橋を立て続けに亡くし、
オフィスはただでさえ重苦しい空気に包まれている。

その中で、無地の紙に囲まれて震えている山田の姿は、
痛々しいほど異様だっただろう。

「大丈夫だ。
ちょっと、目が疲れているだけだから」

山田は鈴木の顔を見ないようにして答えた。

鈴木の服のシワすら、今は恐ろしかった。

その日の夜。

残業をしていた山田の耳に、
窓を叩く激しい雨音が聞こえてきた。

またゲリラ豪雨だ。

オフィスには、
山田と鈴木の二人しか残っていなかった。

「山田さん、温かいお茶淹れました。
少し、手を止めてください」

鈴木が、無地の紙で覆われた山田のデスクに、
そっとマグカップを置いた。

山田はキーボードを叩く手を止め、息を吐いた。

鈴木の気遣いが、すり減った心に少しだけ沁みた。

「……ありがとう、鈴木。
君も無理しないで早く帰れよ」

「山田さんが帰るまで、私も残りますよ。
今の山田さんを一人にしておく方が心配ですから」

鈴木は小さく微笑み、
自分の席へと戻っていった。

山田はマグカップに手を伸ばし、
一口飲んだ。

温かいお茶が食道を下っていく。

少しだけ、張り詰めていた神経が緩んだ。

その時だった。

ふと、山田の視線が、
オフィスの大きな窓ガラスに向いてしまった。

真っ暗な夜の闇を背景にした窓ガラスには、
叩きつけるような激しい雨粒が、
無数の複雑な水流を作って流れ落ちていた。

ランダムに交差する水滴の軌跡。

ガラスにこびりついた汚れ。

山田の脳内で、警報が鳴り響いた。

『目を逸らせ。その模様を見るな』

本能がそう叫んでいるのに、
首の筋肉が硬直し、
視線を外すことができない。

窓ガラスを流れる水滴が、
まるで意志を持っているかのように、
一点に集まり、うねり、形を作っていく。

ピカッ!!

窓の外で、強烈な稲妻が夜空を裂いた。

青白い閃光が、
窓ガラスの表面を
一瞬だけ鮮明に照らし出した。

結像した。

窓ガラスを流れる水滴と汚れが作り出したその模様は、
「顔の右半分が赤黒く染まり、
虚ろな見開いた目から
一筋の血の涙を流している、鈴木の顔」
だった。

ガラスの向こう側に、
巨大な鈴木の死顔が張り付き、
こちらをジッと見下ろしている。

「ああっ……!!」

山田は弾かれたように椅子から立ち上がり、
手元のマグカップを床に叩き落とした。

ガチャンッ! という陶器の割れる音と、
熱いお茶が床に飛び散る。

「山田さん!? どうしたんですか!」

鈴木が驚いて駆け寄ってくる。

山田はガタガタと全身を震わせながら、
鈴木の顔と、窓ガラスを交互に見た。

窓ガラスにはもう、
ただの雨粒が流れているだけだった。

だが、山田の網膜には、
あの凄惨な鈴木の死顔が
焼き付いて離れない。

次に死ぬのは、鈴木だ。

「山田さん、怪我は!?
大丈夫ですか、顔面蒼白ですよ!」

鈴木が山田の腕を掴み、
心配そうに顔を覗き込んでくる。

その温かい体温を感じた瞬間、
山田の心の中で、
恐怖を上回る決意のようなものが
どす黒く固まった。

佐藤は助けられなかった。

高橋も助けられなかった。

だが、鈴木だけは。
何があっても、
彼女だけは絶対に死なせない。

たとえ、それが逃れられない運命だとしても。

「鈴木」

「はい……?」

「今すぐここを出るぞ。
荷物をまとめろ」

山田は、
狂気すら滲む真剣な目で鈴木を見つめ、
低く凄みのある声で言い放った。

視界の汚染から逃れ、
死の予言を完全にシャットアウトするための、
最後の手段に出る覚悟を決めていた。

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コメント

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小ぶりなプログラムを試しに作っているんですが、 ここではその説明書きをしていこうと思います。 こういう機能をつけてみてほしいだとか要望、 コメント欄か、Xのリプライ欄に書いてみて下さい。 ひまをみて対応します。 (未管理著作物裁定制度に定められた問い合わせも受付中。)
ホラー短編小説「木目」Part.6|古井和雄
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