「修正申告したから終わり」ではない――ナリコマフードの約10億円所得隠し報道に必要な説明
1 はじめに
介護施設や病院向けの給食を製造するナリコマフードが、大阪国税局から約10億円の所得隠しを指摘されていたと報じられた。
報道によれば、グループ会社に給食を安く卸したように装い、法人所得を圧縮していたとされる。
重加算税を含む追徴税額は、約4億円に上ったという。
これに対してナリコマフードは、報道には事実誤認が含まれているとしたうえで、税務調査は2025年春ごろに実施され、国税当局の指示を受けて修正申告と納税を行い、2025年秋ごろまでに処理を完了したと説明している。
しかし、この説明だけでは問題の核心は見えない。
問われているのは、税金を後から納めたかどうかだけではない。
なぜ約10億円もの所得隠しを指摘される処理が行われたのか。
グループ会社間の取引価格は、どのような根拠で変更されたのか。
帳簿には、実際の取引と異なる内容が記録されていたのか。
そして、それを誰が決定し、誰が確認し、なぜ社内で止められなかったのか。
そこまで説明されなければ、「すでに処理は終わった」という言葉で問題を終わらせることはできない。
2 「見解の相違」で済ませられる内容なのか
会社側は、税務調査について「見解の相違などもありました」と説明している。
税務上の判断をめぐり、企業と国税当局の見解が異なること自体はあり得る。
税法の解釈や経費の計上時期、資産評価などをめぐって、双方の判断が分かれることは珍しくない。
しかし、今回報じられている内容は、単なる解釈の違いとして片づけられるものではない。
報道では、グループ会社への卸売価格を実際より低くしたように処理し、所得を圧縮したとされている。
さらに、重加算税を含む追徴課税が行われたとも報じられている。
一般に重加算税は、単純な計算ミスや通常の申告漏れではなく、所得を隠したり、事実と異なる処理をしたりしたと税務当局が判断した場合に問題となる。
もちろん、現時点で報道内容のすべてが司法判断によって確定したわけではない。
会社側が事実誤認を主張するのであれば、その主張自体も確認される必要がある。
だからこそ会社は、抽象的に「見解の相違」と述べるのではなく、何について国税当局と見解が異なったのかを具体的に説明すべきである。
卸売価格の設定方法についての相違なのか。
帳簿記載の事実関係についての相違なのか。
重加算税の根拠となった認定について争いがあるのか。
これらは、まったく意味が異なる。
具体的な説明を避けたまま「見解の相違」と表現すれば、本来説明すべき問題まで、単なる専門的な税務論争であるかのようにぼかされてしまう。
3 修正申告と納税は、説明責任の代わりにはならない
会社側は、修正申告と修正納税をすでに完了していることを強調している。
しかし、税金を納めることは、本来納めるべきものを納めただけである。
それによって、なぜ不適切と判断される会計処理が発生したのかという疑問が消えるわけではない。
納税の完了は、金銭的な是正である。
説明責任の履行ではない。
仮に、意図的に所得を圧縮するための処理が行われていたのであれば、必要なのは追徴税を支払うことだけではない。
意思決定の経緯を調査し、責任の所在を明らかにし、同じ処理が繰り返されない仕組みを整える必要がある。
それを示さず、
「修正申告した」
「納税した」
「その後、国税局から指示はない」
と説明しても、それは手続きが終了したという報告にすぎない。
問題が解明されたことにはならない。
国税局から追加の指示がないことも、企業の処理や組織統治が適切だったことの証明にはならない。
指摘された税額を納め、税務上の処理が完了すれば、国税当局から追加の連絡がないことはあり得る。
しかし、社会が確認したいのは、国税当局との事務手続きが終わったかどうかだけではない。
企業として何が起きていたのかである。
4 グループ会社間取引は、外部から見えにくい
今回の報道で重要なのは、グループ会社間の取引価格が問題になっている点である。
企業グループの内部では、製造会社から販売会社へ商品を卸すなど、会社間で取引が行われる。
その価格を変更すれば、どの会社にどれだけの利益が残るかも変化する。
外部企業との取引であれば、相手方の利益もあるため、一方の都合だけで価格を決めることは難しい。
しかし、同じグループの会社間では、グループ全体の方針によって取引条件を動かしやすい。
だからこそ、グループ会社間の取引には、客観的で合理的な価格設定と、適切な記録が必要になる。
仮に、税制上の優遇を受ける目的で特定の会社の所得を小さく見せるため、実態と異なる価格を帳簿上だけ設定していたのであれば、それは偶然の計算ミスではない。
目的を持って利益の所在を動かしたことになる。
その疑いが報じられている以上、会社は価格変更の理由、決定時期、決裁者、会計処理の方法を説明する必要がある。
5 給食事業だからこそ、信用は軽くない
ナリコマグループは、高齢者施設、介護・福祉施設、病院などに食事を提供している。
同社によれば、提供食数は一日約53万食、提供施設数は約2840施設に上る。
これは単なる食品販売ではない。
高齢者や患者、障がいのある人など、日常生活において継続的な支援を必要とする人々の食を支える事業である。
その事業は、多数の施設、職員、利用者、家族との信用によって成り立っている。
もちろん、税務上の問題が直ちに給食の品質や安全性の問題を意味するわけではない。
そこを混同して批判するべきではない。
しかし、企業の信頼性は、提供する商品の品質だけで決まるものでもない。
会計処理、法令順守、情報開示、問題発生後の説明も含めて判断される。
社会的役割の大きな企業ほど、「納税したので終わり」では済まされない。
取引先である医療機関や福祉施設も、その企業が安定して誠実な事業運営を行うことを前提として契約している。
だからこそ、疑念が生じたときには、利用者や取引先が判断できるだけの情報を示す必要がある。
6 企業理念と実際の説明は一致しているか
ナリコマグループは、食事を通じて高齢者や患者の「生きる喜び」を支えることを掲げている。
また、法令と社会的責任を踏まえ、適切な事業運営と情報開示に努めるとしている。
理念を掲げること自体は悪くない。
しかし、企業理念の価値は、問題が起きていないときの宣伝文句では決まらない。
不都合な問題が発生したときに、どこまで事実を明らかにできるかによって決まる。
自社に有利な実績や社会貢献は詳しく発信する一方で、不都合な問題については、
「事実誤認がある」
「見解の相違があった」
「処理は完了した」
という抽象的な表現だけで終わらせるのであれば、情報開示を行ったとは言い難い。
事実誤認があるなら、どの記述が事実と異なるのか。
正しい事実は何なのか。
約10億円という指摘額は正しいのか。
重加算税を含む約4億円の追徴税額は正しいのか。
帳簿が実際の取引と異なっていたとの指摘を否定するのか。
税制上の優遇を受ける目的があったとの報道を否定するのか。
会社には、それぞれ明確に答えることができるはずである。
7 曖昧な否定は、疑念を解消しない
企業が報道に対して「事実誤認がある」とだけ発表することは珍しくない。
しかし、この表現には注意が必要である。
報道内容の一部に軽微な誤りがあった場合でも、企業は記事全体に「事実誤認がある」と表現できる。
そのため、何が誤っているのかを示さない否定は、報道の核心部分まで誤っているような印象を与えかねない。
今回の核心は、約10億円の所得隠しを指摘されたこと、グループ会社間の卸売価格を利用して所得を圧縮したとされること、重加算税を含む追徴課税が行われたとされることである。
会社がこれらを否定していないのであれば、周辺的な部分に事実誤認があったとしても、問題の中心は残る。
反対に、核心部分を否定しているのであれば、具体的な根拠を示すべきである。
曖昧な否定は、企業を守るための文章にはなっても、社会の疑問に答える文章にはならない。
8 必要なのは具体的な説明である
ナリコマフードが今後説明すべき事項は明確である。
第一に、大阪国税局から指摘された所得額と追徴税額。
第二に、重加算税が課されたのかどうか。
第三に、グループ会社への卸売価格を変更した事実と、その理由。
第四に、帳簿上の価格と実際の取引価格に相違があったのか。
第五に、税制上の優遇を受けることが価格変更の目的だったのか。
第六に、その処理を決定・承認した人物と社内手続き。
第七に、社内調査、責任者への処分、再発防止策の有無。
第八に、会社が主張する「事実誤認」の具体的な内容。
これらを示して初めて、社会は報道と会社側の主張を比較し、自ら判断できる。
企業が結論だけを発表し、判断材料を示さないのであれば、それは説明ではない。
企業側の立場を一方的に通知しているだけである。
9 おわりに
今回の問題を、単なる税務処理の失敗として終わらせてはいけない。
報道どおり、税制上の優遇を受けるためにグループ会社間の取引価格を操作し、帳簿上の所得を圧縮していたのであれば、企業の意思決定と内部統制そのものが問われる。
一方、会社が主張するように報道に事実誤認があるのであれば、曖昧な否定ではなく、正確な事実を具体的に示せばよい。
修正申告をしたこと。
税金を納めたこと。
国税局から追加の指示がないこと。
それらは、説明を終わらせる理由にはならない。
約10億円もの所得隠しを指摘され、重加算税を含む約4億円を追徴されたと報じられている以上、必要なのは「処理済み」という結論ではない。
何が行われ、なぜ行われ、誰が決定し、どのように是正したのかという事実である。
「適切に完結した」と企業自身が宣言するだけでは、問題が適切に解決されたことの証明にはならない。
その判断をするのは、説明する側ではない。
十分な事実を示された社会、取引先、利用者である。
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