一つの時代の終焉(しゅうえん)を感じた。近隣諸国、特に中国や韓国に歴史問題を持ち出されると、身に覚えがあろうがなかろうが、すぐに土下座しておわびを繰り返す謝罪外交の時代が、幕を閉じようとしている。河野洋平元衆院議長(元自民党総裁)の8日の死去は、それを感じさせるものだった。
死者にむち打つつもりはないが、三権の長まで務めた政治家は、中曽根康弘元首相の言葉を借りれば「歴史法廷の被告」である。功罪の功の部分にばかり光を当てるのでは後世への教訓とならない。そこであえて「罪」の部分について取り上げたい。
河野氏といえば平成5年8月、全く根拠はないにもかかわらず、韓国にいわれるままに慰安婦募集の強制性を認めた河野談話を発表したことで知られる。これが独り歩きして世界に「日本は性奴隷の国」「朝鮮半島の女性を強制連行した」といった誤ったイメージが広がっていった。
その結果、外交の現場で外交官がいくら事実は異なると説明しても「官房長官が認めているじゃないか」と反論される。国内でも、政府が公式に認めたからそうなのだという認識が強固に根を張っていった。
本当のところはどうだったのか。実は河野氏自身、9年6月の自民の日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会で、こう証言している。