引き寄せの法則を知ったような顔をして吐き散らかすような人はしょせん何もわかってないので無視してOKです。
自分を「わかってるひと」、相手を「わかってない人」と見なして説教を吐き垂れて自己満足のダシにしているのです。
本人は「相手のために私の知ってることをシェアしてあげたいという無償の愛だ」などと思い込んでいますが、単に「私は引き寄せを理解している」と確認したいだけだったり、「スピリチュアルな優越感」を感じたいだけで、そんな波動の低い願望にまみれた自分自身にすら気付いていません。
引き寄せは、それがどんな種類のものであるとしても、「頑張る」ようなものなら、役に立ちません。
頑張って取り組んでいるような気がするものは、ことごとく逆効果になっています。
考え込んだりして何かわかった気になるようなことも全く役に立ちません。
引き寄せは思考とは関係ないからです。
「思考は現実化する」というのは、かなり誤解を招く、迷惑な迷言です。
この言葉に惑わされて時間とエネルギーを無駄にしている人がたくさんいると思います。
また、波動だの周波数だの「気分」だのと知ったような顔をして吐き垂れる人も共犯です。
ごく一部の本物を除いて、ほぼ全ての人は「わかった気になって自惚れているお馬鹿さん」だと思った方がいいでしょう。この界隈にもよく見かけますよね。
引き寄せは、むしろ嗜好とは一番対極にあるものです。
小手先の頭であれこれ思考することほど引き寄せの邪魔になるものはありません。
愛だ感謝だ「いい気分だ」というもの単純化しすぎです。愛も感謝も勝手に湧いてくるものであって思考をこねてひねり出すものではありません。そんな馬鹿げた作り話に乗せられてはダメです。
思考なんてものはそのほとんどがガラクタのようなものです。「思考停止はバカのすること」「考える人は頭のいい人」というのはウソです。本当に賢い人は身体の感性を大切にします。感じることを重視します。「考えるな、感じろ」などというわかったようなわからないようなテキトーな言葉でごまかされてはいけません。文字通り身体で感じる五感をもっと大切にするということです。
野生動物は俊敏です。生命力に溢れています。病気も滅多にしません。周囲の状況に機敏に反応して瞬時に対応します。
彼らは頭でゴチョゴチョ考えないからです。身体の知性に頼ることを知っているからです。愛だの感謝だの「いい気分」だのわかった気になって自己満足したりせずに、愛や感謝を身体で生きているからです。
思考はただのツールです。社会生活を円滑に営むためのツールです。生命ではないし、ましてやあなた自身でもありません。大切な、役に立つツールではありますが、しょせんツールです。あなたという命ではありません。知性とは命のことです。身体のことです(脳も身体の一部で、細胞から構成されています)。まず身体ありき、五感ありきです。
よく食べ、よく動き、よく寝る。人と交わり、よく笑い、よく泣く。ときに一人で過ごし、ときに人と過ごす。
波動なんてものは普通にしていれば勝手に上がるのです。上げよう上げようと必死になっているときは立ち止まって、普通に暮らすことです。愛だ感謝だと思ってるときは、自分の中に怒りや不満が渦巻いているときです。
ムカつくものはムカつくし、不安なものは不安だし、情けないときは情けないのが自然なんです。それを、やれ波動が低いですねとか、やれ「いい気分が大切です」とか、お前何様だよ、引き寄せの教えを吐き散らかす地上の天使になったつもりかよ、例のライトワーカー気取りかよ、余計なお世話だよというものです。そんな浅ましい人間どものダシに使われてはいけません。
「頑張ってきた」ことを思い切ってすべて投げ捨てることです。それでもそよ風は優しいし、日向は暖かいし、ごはんは美味しいんですよ、これが。身体は愛を感じているんですよ、お馬鹿な頭があれこれくだらないことを考えている間に。
自分の気持ちに素直になることと、身体で感じる五感に意識を向けること。まずはこの当たり前で自然なことから始めればいいですよ。