アミア・スリニヴァサン『セックスする権利』 | 翡翠のブログ

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フェミニズムをテーマとする読書会に参加、課題本は、

アミア・スリニヴァサン『セックスする権利』

 

なかなか手に取るのに勇気のいるタイトルと装丁。というか当初は参加しない予定でした。タイトルから、そのテーマ、内容について、感想や意見を交換する自信はないなと思って。

 

が、参加しているSNSのコミュニティに、感想のつぶやきや推薦文が挙がっていて、ん?私の思っている内容とは違う?と気づいて、Amazonを観に行ってさらに評価文で、内容の幅広さに興味を持ち。加えて、ずっと紙媒体版だけのが、つい先日、電子書籍版も出たらしいことを知って、ポチって、読みました。

 

実は日本版の装丁は元の海外版とは異なるらしい。表表紙・背表紙で、パット見、ある意味よくある媒体・画像と思ってしまうと、裏表紙を観ると裏切られ驚く。さらに内容を読んでから観直すと、色々考え、この装丁についてもまた感想交換ができそうな。電子版では背表紙・裏表紙がなく、装丁に言及された感想を読んで残念に思っていましたが、代わりに奥付の前に装丁全体の1枚画像とカバーデザイナー(兼モデル)の方のデザインについてのコメントも載っていました。

 

著書タイトルともなっている章タイトル「セックスする権利」とは、インセル(incel)(不本意な禁欲主義者)、「性経験がない男性のなかでも」「自分はセックスできてしかるべきだと思い込んでいて、その権利を奪っている女性たちに怒りを燃やす男性」についてでした。最初、その章を読み始め、「? 何、それ?そんなのある?」くらいで読み進めたのですが、実際のところ、それは大きな取り返しのつかない暴力、破壊的事件を引き起こし有名になった定義で、さらに同様に考え賛同する人もいる事実に衝撃で。高校や大学などで起こる銃乱射事件には銃規制の観点から観ることはあっても、これは全然知らなかった。ただ、当然この一方的な思い込みと、一方的で取り返しのつかない暴力については全く受け入れられるものではないものだけれど、本書では、そのような想いがなぜ生まれ共感されるのか、性別により、いかにそれぞれの性が簡単化され類型化されるのか、丹念に追い、読み解こうとしている。

 

同様に、レイプの論理、マイノリティや人種差別が性差別と絡んで、いかに勝手に類型化され二分類、二陣営に分けられ、レッテルを貼るか、ラディカル・セルフ・ラブ運動、LGBTQ、トランス、売買春の犯罪化とセックスワーカーの権利保護など、幅広い事象について、様々な観点から意見を紹介し論証しようとしている。

 

特に読んで本書の良かったと思える点は複数の視点から解説し紹介されていること。

実は昔、ネットで様々な意見を知るようになる前、自分はリベラルで客観的で公平な意見の持ち主だと思っていた。しかし、ネットの意見を読むようになって、あれ?案外、主流の意見でもないし、けっこう凝り固まった保守的な意見の持ち主では?と気づいた。本書に関連するような意見についても、たとえば、児童売買春や子どもや女性の搾取をなくすには、売買春の犯罪化が必要だと思っていた。またセックスワークについても、過去に様々な本を読んでも読んでも、でもやっぱり女性の性の搾取で暴力的だろうと思ってしまう。コロナによる不況で、そういった仕事を選ばざるを得ない女性、学生が増えたことについても、そうせざるをえない社会情勢が、支援の無さが根本問題とは思いつつ、そういった仕事があることもそれを選ばせる遠因
なのではと感じてしまうし、本書でも紹介されていた「黒人奴隷制を止めるには、犯罪化による強制的な奴隷制廃止が、それまで奴隷であった人に一時的に痛みを伴っても、結果、長い目で将来的には奴隷制をなくせる方法であり、仕方ない」という部分に、方法論として実は納得してしまった部分も正直ありました。最近では、SNSなどでトランスの方と同じプライベートな施設を使うことに不安を感じるとの意見に、言うだけで差別と糾弾される様子を見て、納得できない不安感を感じてしまったこともあったし。

フェミニズムといっても、様々な考え、立ち位置があるらしいと知るにつれ、どれが正解なの?と単純に求めて正解を欲しく思ってしまう自分への困り感もあったので、こういった本には結論・正解を求めてしまいがちな私ですが、逆に様々な意見をまとめつつ、結論・正解の提示になっていないところが、本書の良いところであり、難しいところでもあったように思います。

 

上で挙げた以外では、特に「教え子と寝ないこと」の章が興味深かった。そんなの、当たり前でしょ? パワハラ、アカハラでしょ?と、これも当初は単純に思って読み始めたのですが、学生側の欲望であり、恋情であり、それを認めないのは学生を子ども扱いしている、との反論には、感情、主観による反論では足りない。それに、少女漫画の世界(テレビドラマとかもか)では、先生と生徒の恋愛、結婚とか結構あったな、もちろん純愛、障害を越えた愛として描かれていたけれど、やっぱりどう考えても、あきらかにパワーバランスのある関係だなとも読んで感じたのでした。

 

直前まで、読書会の参加、本書の購読をためらっていたこともあって、一気読みになってしまい、まだまだ理解不十分なところもあり、再読も必要そうですが、思い切って読んで良かった。

 

 

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