母の物忘れも単なる物忘れではないと言う範囲に至ったと感じたので、薬を貰いに病院へ一緒についていくことにしました。


母の薬は二か月ごとに纏めていただいていますが、前回は、勝手に彼氏に連絡を取って取りに行っていました。

「明日行くから待っていてね」と言っても忘れるし、主治医の曜日も覚えていないのだと思います。



「何か変わったことがありますか?」と言われ、

「薬を忘れたり間違えたりするようになりました」との言葉に、先生は母にいくつかの質問をしました。


案の定、母は今日の日付も病院の名前も覚えていないし、チグハグな事を言っています。

先生は、認知症の検査をすると言って、いくつかの質問をされました。


「認知症ですね」


やはりそうだったかとの、もやもやした気持ちがスッキリしたのと、残念で母が愛しい気持ちが交差して、何とも言えない気持ちでした。



帰りに入れ歯の下の方を無くしたというので、かかりつけの歯医者に送って、受付の方に「ここに電話をしてください」と、母を置いて仕事に戻りました。

終わったとの連絡に、母との打ち合わせ通りに「近くのスーパーで待っていて欲しい」と伝えてもらい、次の予約を取りました。


母は、終えてから近くのスーパーの休息コーナーで珈琲でも飲んで私を待つ約束です。

仕事を終えてから急いで向かう途中、ちゃんと待っていてくれるか、まだそれは覚えているだろうか?と不安でした。


入口に入ると、母は嬉しそうに私を待っていました。

好きなお菓子を買って食べて、子供のように嬉しそうな母を見ていると泣きそうになりました。


「よく待っていてくれたね。私は必ずお母さんを迎えに来るから、次も待っててね。

お母さん、私、お母さんと喧嘩して嫌いになるかもしれない。でも、必ず迎えにくるし、どんな事があっても見捨てたりしない。

何を忘れてもそれは覚えておいてねえーん


それも忘れるでしょう。


不安もあるし、最近は思わぬ母の間違いだらけの生活に腹も立ったり情けなくもなります。

でも、母がいなければ私はいなかったし、私を助けてくれた人。


しばらくは、私も仕事はできるでしょう。

デイサービスも使いながら、どうすることが2人にとって最大の生活を守ることになるのかを考えてみたいと思います。


なにぶん、母の年金などほとんどないので、私の稼ぎが全て。どれだけしてやれるのか分からないけど、なったことは仕方ない。母が悪いわけじゃない。

私も仕事をしなきゃ、母を助けることはできない。

裕福な妹の手助けも、する気がないなら別に要らない。


私も母も頑張らない、その時その時のお互いに妥協点、お互いの我慢が少ないところを他人に助けてもらいながら探っていこうと思います。


夜の会議だよな〜

しばらくは寝てくれるからいいけどな〜ショボーン




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