「先生! 香名江! もっと仲良くしてくださいまし!」
倉本邸、倉本さんの部屋。
俺と香名江さんは倉本さんのプロデュースのため、そこに集められていた。
「最近、お二人の空気が悪いですわ! わたくしと共に一番星を目指す仲間ですのに……」
並んで正座し反省している俺と香名江さんの前で、倉本さんが悲しそうに嘆く。
「だって香名江さんが」
「だってプロデューサー様が」
「もうっ、喧嘩はしないでくださいませ!」
お互いに指をさす俺と香名江さん。
そんな二人を見て、倉本さんが間に入ってわたわたと慌てている。
以前、俺と倉本さんの中身が入れ替わり、その事を知らない香名江さんが、中身が俺の倉本さんに対してお風呂に連れ込もうとする暴挙に出た。
他にも耳かきをされたり、膝枕をしてもらったりした。
あの時の中身が俺だとバレてからというもの、香名江さんの俺に対する態度がさらに悪くなった。
「お嬢様、お茶を淹れました。プロデューサー様はこれを」
香名江さんは倉本さんの前に、紅茶の入ったティーカップを置いた。
俺に対しては、ゴミを見る目で飲みかけのペットボトルを放り投げた。
「香名江!」
俺に対して失礼な態度をとった香名江さんに対して、倉本さんが止めるように叫んだ。
「これは香名江さんの飲みかけですか? ありがとうございます。助かります」
「先生!」
「学園長の飲み残しです」
「香名江!」
冷たい表情でギスギスとした空気を作る俺たちに対して、困った顔の倉本さんが叫ぶ。
「先生も香名江も、仲良くなってもらわないと困りますわ! ……ですから、これを着けてもらいますわ!」
俺たちの態度に見かねた様子の倉本さんは自らのカバンをゴソゴソと漁り、中から1本の手錠を取りだした。
「お嬢様、そちらはいったい……?」
「倉本さん、どうしてそんなものがカバンにあるんですか?」
様子のおかしい倉本さんに慌てる俺たちのもとに、怖い顔をしている倉本さんが手錠を片手に近寄る。
そしてそのまま俺たちの手を片方ずつ手に取って。
「「あっ!」」
俺の右手と、香名江さんの左手に手錠をかけた。
「ふっふっふ! 今日一日は、これを着けて過ごしていただきますわ!」
手錠をかけて、満足そうに頷く倉本さん。
「なっ、お嬢様!? 取ってください! プロデューサー様に何をされるか分からないのに……!」
手錠をかけられた腕を引っ張り、俺をゴミを見るような目で睨みつける香名江さん。
……俺はそんな風に思われてるのか。
なんだか泣けてくるな。
「先生と香名江が仲直りするまで、これは外しませんわ! あの花海さんでも、壊すのに6時間かかった特製手錠ですもの。何をしても無駄ですわ!」
勝ち誇ったようにふんぞり返る倉本さん。
この手錠を6時間かけて壊した佑芽さんも佑芽さんだが、こんな手錠を持ってきた倉本さんも倉本さんだ。
「く、倉本さん。これでは今日のプロデュース活動に支障が……」
「先生と香名江が喧嘩している方が支障ですわ!」
外してもらおうと懇願した俺に対して、倉本さんが正論を返してくる。
これはぐうの音も出ない。
その時、倉本さんの携帯が鳴った。
『倉本ぉ! 今どこにいる!? 生徒会の仕事はどうした!?』
携帯を開いた瞬間、生徒会副会長である雨夜燕さんの怒号が鳴り響いた。
「ひえ〜っ! 忘れてましたわ! 今すぐに向かいますわ〜っ!」
雨夜さんに怒鳴られた倉本さんが、涙目で答えて通話を切る。
「先生、香名江……ということですので、生徒会のお仕事に行ってまいりますわ! すぐ戻りますわ〜!」
急な出来事に呆気にとられている俺たちをおいて、倉本さんが部屋を出て学園へ向かった。
倉本さんの部屋に、手錠で繋がれた俺と香名江さんだけが残されていた。
「……倉本さん、行っちゃいましたね」
「……お嬢様……」
残された俺たちは、途方に暮れて見つめ合う。
俺はこの手錠を外せないかと手を動かしみてるも、全く外れそうな気配がない。
香名江さんも慌てる俺を見て状況を理解したのか、冷や汗を流している。
俺と香名江さんは、無言のまましばらくの間見つめ合い……。
「プロデューサー様。私はお仕事があるので、着いてきてください。邪魔をするようでしたら、腕ごと斬ってもらいます」
手錠ごと腕を引っ張り、香名江さんが俺を睨みつけながら冷たく言い放つ。
俺も負けじと引っ張り返しながら、香名江さんに反抗する。
「それは困りますよ! 俺だって仕事があるんですから! 後で倉本さんと宝探しゲームをする予定だったので、ここの庭にお宝を隠さないといけないんです!」
「またそんなくだらないことを! 私の仕事の方が優先です。着いてきてください」
俺も大事な仕事があるにもかかわらず、無理やり引っ張る香名江さん。
「待ってください、香名江さん! あっ、力強っ! ああっ、腕がちぎれるので、もう少し優しくっ!」
予想外の強い力で引っ張られ、必死の抵抗も虚しく俺は香名江さんに連れ去られた──。
──倉本邸のキッチン。
様々な調理器具や見たことの無い食材が並ぶこのキッチンで、俺は香名江さんの左に並んで調理を見守っていた。
「あ、包丁気をつけてくださいね。猫の手ですよ。にゃんにゃん」
野菜を切り分ける香名江さんに、俺は優しく声をかけた。
「おっ、火を使う時は要注意ですよ。料理は安全第一に!」
鍋を火にかける香名江さんに、俺は再び声をかけた。
「……やかましいですね。仕事の邪魔なので、喋らないでください」
香名江さんが包丁を片手に、俺の顔を睨みつける。
調理場とはいえ、包丁を持ったままそんな顔をされるのはさすがに怖いのでやめて欲しい。
「危ないですので、その包丁は置いてください……」
「これは護身用です。プロデューサー様と強制的に繋がれている私の方が危険な状況ですから」
俺が宥めようとするも、包丁を更に強く握りしめる香名江さん。
俺は今日、無事に家に帰ることが出来るのだろうか。
「プロデューサー様。そちらのスプーンを取ってください。スープの味見をします」
作っていたスープが出来上がってきたのか、味見用のスプーンを俺に要求する香名江さん。
「香名江さんが取ればいいじゃないですか」
「プロデューサー様の方が近いではないですか! 分かりました。私が取るのでそちらに寄ってくださ……あぁ! もう、取るなら取ると仰ってください!」
渋々スプーンを取ろうとしていた俺の体に、香名江さんが体を寄せてくる。
無言でスプーンを取った俺に対して、香名江さんがイラついた表情で文句を言う。
倉本さんに対してこんなに強く言葉を発することがあるだろうか。
俺に対してのみ、ここまで感情を顕にしてくれるのだろうか。
それはもう仲良しと言っても過言では無いのかもしれない。
「味見ですね。はい、あーん」
俺はスプーンでスープを掬い、香名江さんの口元に寄せる。
「…………一人でできます」
香名江さんは赤面もせず、冷たい表情のまま俺を睨みつける。
「だって手が塞がっているじゃないですか」
「右手が空いています」
「包丁を握っているのに?」
頑なに俺のサポートを受け入れようとしない香名江さんに、俺は不思議そうに聞き返した。
香名江さんは右手に護身用の包丁を握り、左手は俺の右手と手錠で繋がれている。
一体、俺の助けを得ずしてどうやって味見をするつもりなのだろうか。
「…………分かりました。では飲ませてください」
香名江さんは眉間に皺を寄せながら、俺のサポートを受け入れる。
……そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいじゃないですか。
俺はそんな言葉を飲み込んで。
「はい、あーん」
「うるさいですよ」
文句を言いながら口を開ける香名江さん。
俺はその口の中にスプーンに乗せたスープを流し込んだ。
「はい、上手に飲めました! ……痛い!」
上手に飲み込めた香名江さんを褒めようとした俺の太ももを、香名江さんが足を後ろから回して蹴ってきた。
全く、長いスカートを履いているにも関わらず、器用な子だ。
「それでは俺も……。うん、美味しいですね!」
「……何をしていらっしゃるのですか……?」
香名江さんに続いて、同じスプーンで味見をした俺の顔を、香名江さんが大きく目を見開いて見つめる。
「何って……味見ですけど……ほ、包丁は納めてください!」
スプーンを咥えたまま不思議そうな顔をしている俺に、香名江さんが包丁を向けてくる。
「余計なことはしないでください。料理もできないくせに、お嬢様のお食事に触れないでください」
香名江さんは若干、頬を赤らめながら俺を険しく睨みつける。
俺が間接キスしていることに気づいて、少し恥ずかしいのだろう。
可愛い子だ。
しかし。
「聞き捨てなりませんね。俺は料理が得意なんですよ。俺の料理の腕を見せてあげましょう」
「え?」
俺は自らのプライドのため、香名江さんに料理の腕を披露することにした────。
────椅子に並んで座る俺たち。
俺が腕を振るって調理した味噌汁を、俺たちは味わっていた。
「あぁ……やはり美味しいですね……我ながらいい出来です」
俺は片手でお椀を掴み、味噌汁を啜った。
倉本家の高級食材を使って作った味噌汁だ。
いつもとは出来が違う。
「全く。高い味噌をあんなに使って……いただきます。…………あぁ……美味しいです」
俺が調理している間もずっと小言を挟んできた香名江さん。
しかし、俺の味噌汁を飲んだ瞬間、いつもの棘が無くなり落ち着いた雰囲気になる。
いつもこのくらい落ち着いていれば可愛いのだが。
「ごちそうさまでした。とても良いお味でした」
香名江さんは味噌汁を最後まで飲み干し、口元を拭った。
右手に握られていた包丁は既に手放しており、もう俺に対する警戒心も完全に薄れたようだ。
「お粗末さまでした。さて、そろそろ倉本さんも戻ってきているでしょうし、部屋に戻りましょうか」
「ええ、そうしましょう」
飲み終えた味噌汁を片付けて、俺と香名江さんは穏やかな表情のまま、倉本さんの部屋へ向かった。
「お嬢様、香名江です」
部屋の扉を開けると、既に倉本さんは戻ってきていた。
部屋に入ってきた俺たちの顔を見た倉本さんは。
「お二人ともっ、仲良くなれましたか? ……なんだか、仲が良すぎて怖いですわ……」
手錠で腕を繋がれたまま、ニコニコしている俺たちを見て怯えてしまった。
元はと言えば倉本さんのせいなのだが。
「お嬢様。香名江はプロデューサー様と仲良くなったつもりはございません」
「「えっ」」
穏やかな顔のまま、いつものように俺を敬遠する香名江さん。
そんな香名江さんに対して、俺と倉本さんの驚く反応が揃う。
「まあ、そんなことより倉本さん。生徒会の仕事が終わったのなら、俺と遊びましょう。お宝探しゲームは準備が間に合わなかったので……代わりにケイドロをしましょう」
「まあ! 楽しそうですわ!」
香名江さんを放っておいて、俺は倉本さんを遊びに誘った。
「お嬢様! プロデューサー様! またそうやって変な遊びを……! ……そもそもケイドロは2人ではできません!」
「では香名江も!」
「やりません!」
倉本さんも楽しみにしているにも関わらず、制止しようとする香名江さん。
倉本さんに誘われても断るとは、なかなかに頑固だ。
「お嬢様。こんなプロデューサー様と一緒にいては、まともな人間になれません。直ちに契約を解消するべきです」
「倉本さん。香名江さんは中身が俺だったとはいえ、嫌がる倉本さんを襲おうとしたんですよ? 狼藉をはたらいたメイドの言うことは聞く必要がありません」
「せっかく仲良くなったと思いましたのに……」
再び言い合いを始めた俺たちを見て、倉本さんが涙目で肩を落とす。
この状況をどうしたものかと考えていると、手錠で繋がれた俺の腕が少し引っ張られた。
「お、お嬢様。香名江は少し席を外します。お花を摘みに……」
モジモジと体を揺らしてながら、トイレに行こうとする香名江さん。
きっと、スープや味噌汁を飲みすぎてしまったのだろう。
しかし、ハッとした顔でなにかに気付く。
「俺も着いていきますか? 分かりました。サポートします」
香名江さんに着いていこうとした俺の顔を、香名江さんは今までに見た事のないくらい恐ろしい視線を向けてくる。
そんなに怖い顔をされたら、俺の方が先にチビってしまう。
「香名江! 先生! 落ち着いてくださいまし! 今その手錠を外しますわ! あと先生、ちょっと今のは気持ち悪いですわ!」
あまりに仲の悪い俺たちを見かねて、倉本さんがカバンの中から鍵を探す。
倉本さんにも引かれてしまった俺の脇腹を、香名江さんが強めに小突く。
それ見た事か、と言いたいのだろう。
全く、言葉より先に手が出るとは、失礼な子だ。
しばらくの間カバンの中を漁っていた倉本さん。
しかし、中々見つからないのかカバンの中身を全てひっくり返しても探し続けている。
「お、お嬢様……? 香名江はそろそろ……」
倉本さんに待たされている香名江さんは、更に体を揺らして何かを我慢している。
香名江さんが体を動かす度に、俺たちを繋ぐ手錠がカチャカチャと音を立てる。
「先生……香名江……」
香名江さんに呼ばれて振り向いた倉本さんの両目は、いまにも涙が溢れそうになっていた。
「鍵が……鍵が見つかりませんわ……」
倉本さんのその言葉に、香名江さんの表情が一気に青ざめる。
さすがに俺とトイレに行くのは、あの香名江さんとはいえ可哀想だ。
それに俺は鬼畜野郎でもなければ変態でもない。
香名江さんの嫌がることはできる限り回避してあげたい。
「倉本さん、香名江さん、俺にいい考えがあります」
俺は二人を安心させるため、穏やかな声色で二人に語りかける。
「香名江さん。これを使ってください」
俺は香名江さんに、飲みかけのペットボトルを差し出した。
今日最初に、香名江さんに渡されたペットボトルだ。
俺にペットボトルを差し出された香名江さんは。
「お嬢様。プロデューサー様の右腕を千切ます。よろしいですね?」
「今回ばかりは仕方ないですわ……」
「えっ、ちょっ!」
腕を引き千切られまいと、俺は必死に抵抗した。
その拍子に手錠が壊れて外れたが、同時に俺と倉本さんとの間に構築された関係性も壊れた気がした──。
「──お嬢様、戻りました」
用を済ませた香名江さんが、倉本さんの部屋に戻ってきた。
倉本さんの前で正座させられている俺は、俯いたまま何も言うことができなかった。
「今日の二人を見ていると、やっぱり先生が全て悪い気がしてきましたわ……。香名江に謝った方がいいと思いますわ」
香名江さんに睨まれ続けている俺を見て、倉本さんが俺に小声で耳打ちしてくる。
確かに、俺は謝った方がいいかもしれない。
俺は香名江さんに謝りたいことが一つある。
俺は正座をしたまま香名江さんの方に向きを変えて座り直して。
「香名江さん。俺が間接キスをした時に、香名江さんがちょっと恥ずかしそうにしてたのを見て、可愛いなって思っちゃってごめんなさい」
俺は心からの謝罪を込めて、深々と頭を下げた。
「まあ……! まあ……!」
俺に可愛いと言われて、再び少し照れた香名江さんと頭を下げたままの俺を、興奮気味の倉本さんが交互に見る。
「ステキですわ〜! やっぱり、二人は仲良しですのね!」
黄色い歓声をあげる倉本さんに、更に頬を赤く染めた香名江さんが近づいて。
「もうっ、そんなに照れなくてもいいですのに! ……ほっぺを抓らないでくださいまし〜!」
恥ずかしそうに唇を強く結んだ香名江さんが、倉本さんの頬を軽く抓る。
そんな照れている香名江さんを見て、倉本さんは嬉しそうに微笑んでいる。
俺は微笑ましい二人の方を見つめながら。
「香名江さん。俺のほっぺになら……ちゅ、って、していいですよ。……痛い!」
俺の鳩尾に、香名江さんの拳が強くめり込んだ。
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