先発投手がラクダに乗って登場し、砂漠地帯ならではの演出に観客は沸く。常に音楽が流れ、アラブ首長国連邦(UAE)ドバイ郊外の球場はさながらライブ会場のようだ。「ベースボール・ユナイテッド(BU)」が昨冬、中東・南アジア地域で初のプロ野球リーグを創設した。プロ野球DeNAから派遣された田内真翔内野手は「独自の野球ができて面白かった。“盛り上がる野球”だった」と雰囲気を堪能した。伸びしろの大きな新リーグとは。(共同通信=寺内俊樹)
▽レジェンドが出資
BUは野球の世界的な振興、普及に熱意を持つ米大リーグのレジェンドたちが出資し、米国で発足された。ヤンキースで抑え投手として活躍し、殿堂入りしたマリアノ・リベラさんや、メジャー通算703本塁打を誇り、エンゼルスで大谷翔平(現ドジャース)と同僚だったアルバート・プホルスさんらそうそうたる面々が出資者に名を連ねる。
現在、野球興行が成立しているのは北米・中南米、東アジアと局地的。UAE、インド、パキスタンといった国々の地域を「3極目」として選定した。
これらの野球未踏の地になぜ目を付けたのか。中心地のドバイは金融、物流の拠点で、豊富なオイルマネーを背景に発展。治安が良く、外国出身者の割合が多い都市で新しいことの受け入れにも寛容だという。南アジアは若年層が多く、所得の増加が見込まれる将来性が魅力。競技性が似ているクリケットが人気で、野球に興味を持ちやすい環境も追い風となった。
2023年に元メジャーリーガーらが出場した試合を皮切りに実証実験を重ね、昨年11~12月に新リーグが開催された。開幕戦は満員のファンが球場を埋め、注目度は高かった。UAEのドバイとアブダビ、インドのムンバイ、パキスタンのカラチをフランチャイズとした4球団が対戦した。
▽国際色豊か
今後は球団数を増やし、カタールのドーハ、サウジアラビアのリヤドとジッダ、インドのバンガロールなどに広げていく予定。昨年は全試合ドバイでの興行だったが、試合数を増やし、各都市での開催も計画している。
日本からは日米でプレー経験がある川崎宗則内野手や中島宏之内野手も参戦。プロ野球DeNAは田内内野手に加え、吉岡暖投手も派遣した。日米やこれまで活躍の場がなかった地元出身選手に加え、スウェーデン、ドイツ、フィンランド、ハンガリー、ポーランド、アルバ、南アフリカ、アルゼンチン…。国際色豊かで、20以上の国と地域の選手が参加した。
田内内野手は「教わりながらプレーできて、いい環境だった」と充実感をにじませた。成長やセカンドキャリアにつなげる貴重な実戦の場となり、今後は所属先を探す日本選手の受け皿となることも期待される。
▽独自ルール
昨年はこれまでの野球界にはない、特徴的なルールが採用された。宣言後に本塁打を放てば得点が倍になる“マネーボール”や、予告通りに三振を奪うと一気に3アウトでイニングが終了する“ファイアボール”などのユニークな取り組みが反響を呼んだ。
一回にマネーボールで満塁本塁打が飛び出して8得点が入ったことや、元広島の薮田和樹投手が無死満塁でファイアボールを使って、ピンチを脱したことも。試合開始直後に1番打者が3球三振に倒れ、約30秒であっという間に終わった攻撃もあったという。
それでも、野球の魅力を伝えることが第一で、エンターテインメント性に振り切るつもりはない。実力は米マイナーリーグの2A、3Aに劣らないという関係者もいる。BUの主催以外にも以前から中南米などで冬にリーグ戦が行われているが、現状での浸透度は低い。日本担当の山村千晴シニアディレクター(SD)は「今はわざわざウインターリーグを見ようとならない。それを変えたい。(大リーグの)ワールドシリーズが終わったら『次はドバイ』としたい」と力を込める。
▽日本企業の参画も
ビジネス面の成否も鍵を握る。新たな商機を求め、運営には日本企業も携わる。公式球はスポーツ用品メーカーSSK製で、イソノ運動具店からヘルメットやキャッチャー防具の提供を受けた。グッズには愛媛県の「今治タオル」なども並ぶ。山村SDは「マーケティングのお手伝いをできるし、日本企業が中東市場に出て行く足掛かりのプラットフォームにもなれるといい」とアピールする。
将来的にはBU代表とDeNAとの試合やイベントの開催などで、日本とのつながりを深くしていくことを目指す。「新しいリーグとして楽しんでもらえたら。ドバイに行こう、となってもらえればいい」と語った。
▽夢広がる新リーグ
米国とイスラエルによるイラン攻撃で、中東は緊迫感が漂う。先行きは不透明だが「開催に向けてベストを尽くす」と語り、野球を通して人々をつなぐ役割を担うことができればと願っている。
中東・南アジア地域に野球が定着し、メジャーリーグなど大舞台に挑む選手の誕生や、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)への代表チームの出場など夢は大きく広がる。「世界で一番大きなスポーツ団体を目指す」と大きな野望を掲げ、砂漠の新リーグは歩み始めた。