第12話 多分、親には成れない

行為の余韻が残るベッドの中、俺と美佐子さんは互いの肌を重ね合わせていた。


熱を帯びた身体が触れ合っているだけで、言葉にできない充足感が満ちてくる


夜の静寂のなか、美佐子さんの胸の奥から響く「トクン、トクン」という規則正しい鼓動が聞こえてくる。


その音が心地よく聞いているだけで安らぎを感じる。


「あの、美佐子さん……」


「どうしたの?」


上目遣いに覗き込んできた彼女に、少し気恥ずかしさを覚えながらお願いする。


「胸に、顔を埋めさせてほしい」


「うふふ、甘えん坊さんね。いいわよ? その代わり、後でたっぷり腕枕してね」



「約束する」


許可を得て、彼女の豊かな胸へと顔を寄せ、その身体を強く抱きしめた。


両頬を包み込む圧倒的な柔らかさと、そこから伝わる確かな体温。


それ以上に、耳元に響く胸の鼓動の音が、俺の心に安らぎをくれる。


ただそれだけで、世界がどうでもよくなるほどの幸せを感じた。


「美佐子さんは俺の宝物だーー同じ大きさのダイヤモンドとだって交換なんかできない。ううん、俺の命とだってきっと交換しない……あははっ、俺、思った以上に独占欲が強いみたいだ」


つい、思った事が口に出た。


美佐子さんの手に力が入り、より強く抱きしめられる。


「私も、憐くんのことが好きよ。こうして抱きしめられていると、世界で一番幸せだって思えるの」


互いを貪り合うような激しい行為も好きだが、、その後に訪れるこの甘い時間の方が俺はより幸せに感じる。


◆◆◆


ひとしきり美佐子さんの胸の鼓動を堪能した後、約束通り俺は美佐子さんを腕枕していた。


美佐子さんは少し頭を持ち上げると、俺の左胸にそっと耳を宛がう。


「本当ね……憐くんの鼓動、すごく心地いい。これは癖になりそうだわ。ずっと聴いていたい……」


「それで、さ……美佐子さん」


「なぁに? 少し言いにくいことかしら」


俺の強張った表情を察したのか、美佐子さんは慈愛に満ちた笑みを浮かべた。


「そんな顔しなくて大丈夫よ。憐くんに愛されているのは痛いほど分かっているから。私、何を言われても怒ったりしないわ」


「……本当に? じゃあ言うけど。美佐子さん、今年で38歳だよね」


――その瞬間、美佐子さんの優しい微笑が凍りついた。


大気がピキリと鳴り、室温が急激に下がっていく錯覚に陥る。


優しい美佐子さんの形相が鬼の様に変わった......気がした。


怒らないって言ったのに。


「そうよ……38歳の、おばさんよ……?」


「いや、悪気があって言ったんじゃないんだ! ほら、俺たち、今後のことを何も考えずに、その……避妊もしないで何度もしちゃっていたから」


「うふっ、なーんだ。憐くんの子なら、私、喜んで産んであげるわよ?」


「いや、そうじゃなくて……」


「……まさか憐くん、責任を取るつもりもなく私を抱いたの?」


彼女の瞳の奥が曇った気がした。


寒気を感じ、背筋に冷や汗が流れた。


「違う! もし今までのことで授かっているなら、全力で育てる。産んでもいいと思ってるよ。だけど!」


「産んでもいい、だけど……?」


ああっ、もっと怒らせちゃった。


「言葉が足りなかった! 美佐子さんは38歳だから、もしこれから子供を産むとなれば高齢出産になる。身体への負担も大きいし、リスクが高すぎるんじゃないかって凄く心配なんだ」


張り詰めていた空気が、ふっと弛緩した。


美佐子さんの顔に、いつもの柔らかな笑顔が戻った。


「あぁ、そういうことね。私の身体を心配してくれていたのね。無責任に逃げるのかと思って、つい勘違いしちゃった。確かに高齢出産は大変だけど、憐くんのためなら私、頑張れるわよ」


「……あと、もうひとつ。俺、子供は欲しくないんだ」


世界が静止した。


美佐子さんの顔から血の気が引き、その背後から殺気――ドス黒いオーラが立ち昇るのが気のせいか見えた。


「そう……憐くん……いや、憐。やるだけやって責任から逃げる、最低の男だったのね――」


「がぶっ!?」


言葉が終わるより早く、美佐子さんは俺の首筋に噛みついた。


激痛と共にベッドから突き飛ばされ、床へと転げ落ちる。


首筋を触ると、べっとりと熱い血が指先についた。本気で噛みちぎる気だったのかも知れない。


慌てて持っていたポーションを取り出し首筋に掛けた。


「痛い! 美佐子さん、ちゃんと最後まで話を聞いてくれ!」


「どういう意味か、納得のいく説明をしてもらいましょうか。ハァ、ハァ……」


息を荒げる彼女を見上げながら、俺は胸の奥にある「本音」話し始めた。


「俺は、自分で思っていた以上に嫉妬深くて、独占欲の塊なんだと気が付いたんだ。もしかしたら美佐子さんよりも重いのかも知れない。生まれてきた子が女の子ならいい。美佐子さんに似た可愛い女の子なら、目に入れても痛くないくらい愛せる」


「……いい父親になれそうじゃない」


「だけど、もし男の子だったら? 美佐子さんがその子を可愛がるたびに、俺は嫉妬に狂うような気がする。子供が『ママ大好き』って美佐子さんに抱きついたら、引き離してしまうかもしれない。……もし徹夜みたいな生意気なガキだったら、DVすらしてしまうかもしれない。それに、何より俺のなかの一番は美佐子さんなんだ。子供を一番に愛してあげられない。それって、生まれてくる子供にとって不幸以外の何物でもないだろ?」


美佐子さんは呆然とした表情になり、やがて深刻な顔で考え込み始めた。


「……待って。私だって、そうかもしれないわ」


「え?」


「もし生まれてきたのが女の子で、憐くんに『パパ大好き、将来はお嫁さんになるの』なんて甘え出したら……私、その子を心から可愛がれる自信がないわ。徹夜は男の子だからまだ許せたのかも。女の子だったらと思うと、ゾッとするわ……」


「だろう? 俺たち、夫婦としては最高だけど、親になっちゃいけない人間なんだと思う。もちろん、今までのことで子供が出来ていたら頑張って育てる。でも、今後は作らない選択をした方がいい」


「……今までの分は大丈夫よ。安全日を計算していたから。問題はこれからね。確かに、今の話を聞いたら子供は作らない方が賢明だわ。だけど――私、憐くんとの夜の生活を手放すなんて絶対に嫌よ?」


「俺だって同じさ。だから、完璧な避妊をしよう。この世界にはコンドームなんてないけれど、代わりに『避妊紋』という魔法の刺青があるらしいんだ。俺がそれを身体に刻むよ」


「私じゃなくて、憐くんが?」


「だって、美佐子さんのお尻には、もう俺の物の証が刻まれているだろ?」


俺の言葉を聞いて、美佐子さんは少し考えている様だった。


「そうね……。だけど、この世界にはゴブリンやオークもいるわ。女の貞操がいつ脅かされるか分からない。……ねえ、いっそのこと、二人で一緒に刻みましょう?」


「……それもそうだね」


良い親にはなれないと悟った俺たちは互いの身体に『避妊紋』を刻むことを決意した。


◆◆◆


宿のおかみさんに避妊紋について聞くと、顔を赤くして奴隷商で刻めると教えてくれた。


おかみさんに教えてもらった奴隷商は、宿から徒歩10分ほどの距離にある「セリオ商会」という奴隷商だった。


「すいません、頼みたいことがあって」


意を決して奴隷商の重厚な扉を開けると、仕立ての良い服を着た、老紳士風の男が値踏みするような目でこちらに歩み寄ってきた。


「ふむ……なかなかの別品だが、いささか高齢ですな。悪いが、うちとしても高くは引き取れませんぞ」


開口一番、男は美佐子さんを見てそんな無礼な事を言い出した。


「売りません! 絶対に! 今日は奴隷の取引じゃなくて、避妊紋を刻んでもらいに来たんです!」


「本当に失礼な人ね!」


奴隷商の男は「ふむ」と顎に手を当て、何やら合点がいったように怪しく目を輝かせた。


「なるほど……親子で禁断の近親相姦、その悦楽に耽溺したいと。あぁ、確かに禁忌を犯す背徳感ほど、人を狂わせる快楽はありませんからな。分かります、分かりますとも……。しかし、我がセリオ商会は国から認可を受けた由緒正き店。そのような不純な片棒を担ぐわけには――」


「いや、歳の差はあるけど俺達ちゃんとした夫婦です! 高齢出産のリスクを避けるための相談です!」


俺は遮るように話し、美佐子さんと二人のギルド冒険者カードを突きつけた。


「おや……。本当だ、夫婦、ですね。しかし、どう見ても親子にしか……」


「いい加減にしてください」


「本当に、どこまで失礼なのかしら」


「……大変失礼いたしました。お詫びと言ってはなんですが、お二人合わせて銀貨2枚で施術させていただきます。いかがでしょうか?」


「「それでお願いします」」


別室に通され、厳粛な面持ちでリスクの説明を受ける。


「一度刻めば最後、解除は極めて困難」――解除は不可能ではないが、教会の管轄であり、解除には家が丸ごと一軒建つほどの莫大な費用が必要になるという。


簡単に言うとこんな感じだ。


同意書にサインをし、さらに奥の部屋へと通された。


お尻の衣服をずらし、子供の手のひらほどの緻密な紋章が、魔力を帯びた針で刻まれていく。


チクチクとした痛みがあるが凄く痛いという程じゃない。


施術を終え、代金を支払った俺たちは、奴隷商の店を後にした。


◆◆◆


「これで、もう安心ね……。それじゃあ、宿に戻りましょうか?」


「ええと、その……」


「……嫌なの?」


「嫌なわけない」


足早に宿屋へ戻った俺と美佐子さんは、そのままベッドに転がりこんだ。


そして、互いの肌を貪り合い始めた。


そろそろ、冒険者としてちゃんと仕事しなきゃな……。まぁ、明日からでいいか。


美佐子さんの柔らかな身体に溺れながら、俺は思考を放棄した。

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