第6話 横柄な覚醒者


 担任は教卓の前に立つと、いつもより少し硬い顔で教室を見回した。


「おはよう」


 返事は、いつもより少し小さい。


 まぁ当然だ。


 クラスの空気はまださっきのままだし、土曜から世界はずっと落ち着いていない。


 担任はそんな教室をひと通り見てから、小さく息を吐いた。


「……皆も知ってる通り、土曜日は少し大変だったな」


 少し、で済ませるにはだいぶ無理がある気もする。


 世界中にダンジョンが生えて、覚醒者が現れて、ニュースは二日間ずっとその話しかしなかった。


 でも教師としては、たぶんこう言うしかないんだろう。


「学校側としても、まだ全部を把握できているわけじゃない。だが、現時点で確認できることは確認しておきたい」


 そこで担任は、一枚のプリントを持ち上げた。


「だから今日は最初に、これを書いてもらう」


 前の列から順に紙が回されてくる。


 俺のところまで来たそれを受け取って、ざっと目を通した。


 内容はシンプルだ。


 覚醒の有無。

 確認できているレベル。

 属性の有無。

 その他、学校側へ申告しておきたいこと。


「正直に書いてくれ。提出は一人ずつ回収する。周りに見られたくないやつもいるだろうからな」


 そこはまぁ、配慮なんだろう。


 少なくとも教室の真ん中で「はい、覚醒者の人ー」なんてやられるよりはずっとマシだ。


 俺はペンを取って、紙に目を落とした。


 覚醒者。

 レベル6。

 属性なし。


 ……実績欄あり、とはさすがに書かない。


 そんな欄もないし。


 ここで正直に全部出すほど、俺も素直じゃない。


 スキルのことも、とりあえず黙っておく。


 学校に言ったところで何かいいことがある気もしないしな。


 そんなことを考えながら書き終えた、その時だった。


「先生」


 坂上雄大が、いかにもだるそうに手を上げた。


 うわ、始まった。


 そう思ったのはたぶん俺だけじゃない。


 教室の空気が少しだけそっちへ傾く。


「これってさ、正直に書いたら何かイイコトあんの?」


 その言い方がもう嫌だった。


 聞いてるというより、試してる感じのやつだ。


 担任は眉を寄せた。


「いいこと、というより、学校側が把握するためのものだ」


「ふーん」


 坂上は紙をひらひらさせながら、椅子に深くもたれた。


「じゃあ別に書く意味なくない?」


 教室の空気がさらに重くなる。


 担任は一応、声を落ち着けたまま返した。


「ある。だから提出してくれ」


「いや、でもさ」


 坂上は笑いもしないまま、妙に軽い調子で続ける。


「こっちに得ないのに、わざわざ個人情報みたいなの出すのってどうなの?」


 うわぁ。


 その方向で来るのか。


 反抗してるというより、先生を困らせること自体を楽しんでる感じがする。


 担任もそこで少し声を強めた。


「坂上。そういう話じゃない。今は学校として――」


「学校として、って言うけどさ」


 坂上は、その言葉を途中で切った。


 怒鳴ったわけじゃない。


 でも、教室の空気はそっちを向く。


「何かあった時、責任取れんの?」


 担任が一瞬だけ詰まる。


 そこを坂上は見逃さなかった。


「だったら、正直に書けって言われても、ちょっと怖いんだけど」


 軽い口調のまま、一歩も引かない。


 ああいうの、嫌なんだよな。


 別に正論を言ってるわけでもないのに、言い方と空気で押し切る感じ。


 担任は何か返そうとして、少しだけ言葉を探した。


「……とにかく、提出はしてくれ」


「考えときま〜す」


 坂上はそう言って、紙を机に置いたまま背もたれに体を預けた。


 もうそれだけで分かる。


 あいつ、自分が今この教室で一番強く出られる立場だと思ってる。


 たぶん実際、半分くらいはそうなってる。


 もともと坂上はだいぶ横柄なやつだった。


 声も態度もでかいし、自分が中心じゃないと気が済まないタイプだ。


 でも今日はさらにひどい。


 今までより、明らかにだ。


 覚醒したって事実が、そのまま免許証にでもなったみたいな顔をしている。


 先生も正面からは押し切れない。


 周りも何も言えない。


 土曜からまだ二日しか経ってないのに、もうこうなるのか。


 覚醒者って肩書き、思ってたよりずっと面倒だな。

 

 担任はそのまま、一人ずつ紙を回収し始めた。


 俺の席まで来た時も、特に何か言われることはなかった。


 紙を渡す。


 担任は一瞬だけ目を落として、すぐに次の席へ移った。


 その動きを見ながら、俺は少しだけ考える。


 アンケートで誰が覚醒者か分かる。

 レベルも、属性も、たぶんある程度は分かる。


 学校側が把握したいのは当然だ。


 でも。


 これを把握したとして、先生たちにできることは何かあるんだろうか?


 いや、学校側というよりその先……例えば国のどっかに渡ったりするのか。

 そうなると、ちょっと嫌だな。


 結局その日は、授業どころじゃなかった。


 ホームルームのあとも、校内放送やら追加の連絡やらで教室はずっと落ち着かないままだった。


 覚醒者について学校側が把握したいこと。


 ダンジョンには近づくなということ。


 今後、状況次第では登校の形も変わるかもしれないこと。


 必要に応じて保護者とも連携すること。


 そんな話ばかりが続いて、黒板にまともな授業内容が書かれることはほとんどなかった。


 その中で、担任がひとつだけはっきり言った。


「現時点では、国や自治体から休校の指示は出ていない。したがって、明日以降は原則として通常授業をしていく」


 なるほど。


 いや、結局学校はあるんかい。


 世の中はひっくり返ってるのに、今のところはひっくり返ったまま登校しろってことらしい。


 話が一通り終わったところで、担任が軽く咳払いした。


「今日はここまで」


 教室の空気が少しだけ動く。


「午後は自宅待機だ。寄り道せず帰れ。ダンジョンにも近づくな。学校側から正式な指示が出るまでは勝手な行動は控えること」


 言ってることはまともだ。


 でも、そのまともさが今の教室ではあんまり効いていない。


 みんな「帰れる」の方に気を取られてるし、坂上なんてもう聞いてる顔すらしていない。


 まぁ、俺も人のこと言えないけど。


 今日はさっさと帰るか。


 どうせダンジョンにも入れないし。


 いや、一旦公園だけでも覗いて、もしちょっとでも入れそうなら……。


 まぁ、少しくらいは許されたり?


 なんて、わりと駄目寄りのことを考えながら、俺はそそくさと教室を後にした。



 * * *

 

 

 放課後になって、二年三組の教室から少しずつ生徒が出ていく中、


 朝、坂上に目をつけられた男子生徒は、まだ教室に残っていた。


 机に静かに座っている。


 両手を組み、両肘をつけたまま、ただじっと何かを待っている。


「帰らずにちゃんと待てたのは偉いじゃねぇか」


 背後から声をかけた坂上雄大は男子生徒の机の前まで来ると、軽く顎をしゃくった。


「屋上」


 男子生徒はびくっと肩を震わせる。


「……え?」


「ちょっとだけツラ貸せ」


 軽い声だった。


 男子生徒は立ち上がるしかなかった。


 そしてたどり着いた屋上。


 フェンス際まで追い込まれた男子生徒の前に、坂上雄大が立っている。


 その後ろには、同じようにニヤついたカースト上位勢が三人。


 運動部のやつ、喧嘩慣れしてそうなやつ、ただ強い側に乗っかるのが好きそうなやつ。


 彼らは二年の中でも覚醒者になったメンツだ。


 全員、ろくでもない顔をしていた。


「試すにはちょうどいいな」


 坂上が肩をすくめる。


 男子生徒は顔を青くしたまま何も言えない。


「歯くらいは食いしばってた方がいいぜ」


 次の瞬間、坂上の拳が男子生徒の腹にめり込む。


 ぐっ、と潰れた声。


 フェンスに背をぶつけ、そのままうずくまる。


「うわ、弱っ」


「雄大、こんなことして何になんだよ」


 短髪のやつが、つまらなそうに鼻を鳴らす。


「いや、経験値入んねぇかなって」


 床にうずくまる男子生徒を見下ろしながら、坂上は眉をひそめた。


「あーダメだ、入ってねぇ」


「やっぱ非覚醒者じゃ意味ねぇみたいだな」


 別の一人が言う。


「そういえば、覚醒者同士の戦闘なら多少は経験値入るらしいぞ」


「昨日の夜、SNSで回ってた」


「お、いいね。俺らで殴り合うか?」


 しかし坂上は、少し考えてから首を振った。


「いや、それもいいけどさ」


 そしてそのまましゃがみ込んで、床に倒れた男子生徒の髪を軽くつかんだ。


「先にこの学校、支配しときたくね?」


 その言葉に、後ろの連中が顔を見合わせる。


「せっかく覚醒者になったんだしよ」


「いいね」


「アリだわ」


「順にしばいてくか。上の三年もウゼェしな」


 笑い声。


 坂上はそこで、髪をつかんだまま男子生徒の顔を少し持ち上げた。


「お前」


 男子生徒は怯えきった目で坂上を見る。


「明日までに、職員室から朝のホームルームで書いた紙、全クラス分盗んでこいよ」


 何を言われたのか理解するまでに、少し時間がかかったみたいだった。


「……え?」


「聞こえなかったか?」


 坂上の声は軽い。


 軽いのに、逃げ道がない。


「全学年分。覚醒者が書いてるやつ、あれ欲しいんだよね」


 男子生徒の顔がさらに青ざめる。


「む、無理だよ……」


「なんで?」


「そんなの、バレたら……」


「バレなきゃいいじゃん」


 あっさり言い切る。


 そのまま坂上は、にっと笑った。


「できるよな?」


 男子生徒は答えられない。


 でも、答えなくてももう答えは決まっていた。


 断れない。


 この場にいる誰の目にも、それだけははっきり見えていた。

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