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なぜ停戦から合意まで2カ月もかかったのか…イランとの戦闘終結までにあった「トランプがついた40回のウソ」

プレジデントオンライン / 2026年6月16日 10時15分

ボールはイラン側にある(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/Ruma Aktar

6月15日、トランプ大統領がイランとの和平合意成立を発表した。軍事ジャーナリストの黒井文太郎さんは「これまでトランプ大統領は繰り返し楽観的な見通しを発信してきた。イラン側の情報を精査するに、それはウソだった。その駆け引きが続く限り、今後も迷走が繰り返される可能性が高い」という――。

■「合意は近い」を40回も発信

2025年6月15日(日本時間)、トランプ米大統領とイラン政府は、同19日に和平覚書へ調印することで合意したと相次いで発表した。

これはたしかに朗報だが、周知のとおり、ここに至るにはかなり難航した。

トランプはこれまで約40回にわたり、「合意は近い」「イランは署名に近づいている」「まもなく歴史的な合意が成立する」と発信してきた。しかし、そのたびに交渉は先送りされ、現実には軍事衝突が繰り返されてきた。

振り返ると4月7日の暫定的な停戦以降、双方の要求は乖離しており、交渉は難航が続いていた。5月28日には、停戦の60日延長の覚書の草案で暫定的に合意したと報じられたが、翌29日、米側は「核開発とホルムズ海峡再開の問題で、イラン側に修正を求める」として正式に拒否。交渉は再び暗礁に乗り上げた。

つまり、トランプ側はずっと、「イランが核開発の放棄やホルムズ海峡の再開を受諾する方向で交渉は合意寸前」と言い続けてきたが、イラン側の条件はそうではなかったということである。イラン側の主張はむしろ一貫しており、トランプ側の発信情報と大きく食い違っていた。

■トランプの「イラン側が妥協」はウソ

少なくともこれまでの交渉過程では、トランプが語っていた内容の多くは事実ではなかった。実際には、イラン側の発言を丹念に追う限り、そのような兆候はほとんど確認できなかった。むしろイラン側は最後まで、「ウラン濃縮停止はあり得ない」「米国の要求は受け入れられない」「ホルムズ海峡の権利は譲らない」と主張し続けていた。

では、なぜこれほどまでに認識のズレが生じたのか。その理由は、トランプの発言そのものにあるのではない。トランプが誇張や虚勢を交渉手段として用いることは今に始まった話ではないからだ。

今回の交渉を理解するうえで本当に重要なのは、むしろイラン側の交渉手法である。

その交渉手法を理解するためには、イラン外務省の公式声明などだけでなく、革命防衛隊(IRGC)系メディアや保守強硬派の発言を追う必要がある。イラン政権内で実権があるのは彼らであり、最高指導者周辺、革命防衛隊、保守派議員、そしてファルス通信やタスニム通信といった体制系メディアの論調が、政権の本音を映し出すことが少なくないのだ。そして、そうした情報をフォローすると、彼らの主張は驚くほど一貫していたことが分かる。

■「米側の要求はばかげた戯言」

たとえば2026年5月6日、最高指導者軍事顧問で元革命防衛隊総司令官のモフセン・レザイは国営メディアの取材に対し、米国の要求を「妄想に基づく要求だ」と批判。

モフセン・レザイ軍事顧問
モフセン・レザイ軍事顧問(写真=Photos from Khamenei.ir/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

「米国はイランに濃縮停止を要求しているが、それは科学技術の発展を放棄せよと言っているのと同じだ」「我々は交渉するが、国家の権利を売り渡すために交渉するのではない」と主張した。

レザイは革命防衛隊の発足前からの古参の最実力者で、革命防衛隊出身人脈のトップの黒幕的人物である。

また、5月11日にはオモテの交渉担当であるアッバス・アラグチ外相がテヘランで記者団に対し、「濃縮活動はイラン国民の権利であり停止しない」と明言。さらに5月16日には、「核施設の維持と平和利用は交渉対象ではない」とまで断言した。

アラグチ外相(2024年)
アラグチ外相(2024年)(写真=Khamenei.ir/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

翌17日にはモジタバ・ハメネイ最高指導者の名義で、「トランプは平和を望むと言うが、嘘だ」「米側の要求はばかげた戯言であり、相手にしない」との声明が発表されている。

モジタバ名の声明は同20日にも出されているが、いずれも「濃縮停止はあり得ない」「米国の要求は過剰で検討外」という内容だった。イランではモジタバの名前で公式発表される内容は絶対であり、イラン政府の確実な対外方針と断定できる。

■「衝突は避けられない」と発言

6月に入ってからも状況は変わらなかった。

6月1日には前出のレザイ軍事顧問が「ホルムズ海峡はイランの管理下で不変。米側の封鎖は許さない」とSNSに投稿。翌2日にはイランの革命防衛隊と国軍を統合指揮する大本営である「ハタム・アルアンビヤ中央本部」のモハンマド・ジャファル・アサディ副司令官が「米国は我々に完全降伏を要求しているが、絶対にしない」「降伏しないかぎり、衝突は避けられない」と発言した。

6月3日にはレザイ軍事顧問が再び「米国の過剰要求は許さない」「米側の攻撃あれば集中攻撃で応じる」と投稿。

その上、5日には米CNNの取材に応じて「合意のカギは凍結されているイラン資産240億ドルの解放にある」「米国が封鎖を解除せずに敵対行為を継続するなら戦線をインド洋、紅海、地中海へ拡大し、米軍基地にも甚大な被害を与える」と主張した。

他にも革命防衛隊系メディアや、イスラム聖職者幹部などが繰り返し、核開発やホルムズ海峡の問題で米側の要求を完全否定する声明を繰り返し、発信してきた。

おそらくトランプ側が一貫してイラン側の妥協を前提とする「合意は近い」発言を繰り返し、パキスタンなどの交渉仲介国関係者からも米メディア各社に「合意は近いようだ」といった憶測コメントが伝えられることで、それがまるで既定路線かのように一部報道されていることに対し、強く否定する意味があったのだろう。

■核放棄も全面的な譲歩も考えていなかった

これらの発言からわかるのは、トランプ政権はイランの核開発放棄、ホルムズ海峡の自由航行回復を前提としてイラン側に要求しているが、イラン側はそれらを拒否するとともに、凍結資産解放などを要求していたのである。

こうした発言を読む限り、イランは当初から核放棄も全面的な譲歩も考えていなかったことがわかる。むしろ興味深いのは、交渉が進むほど強硬派の発言が弱まるどころか、むしろ繰り返し発信されていたことだ。

通常の外交交渉では、妥協が近づけば国内向けの強硬発言が減ることが多い。だがしかし、イランでは逆だ。

交渉を続けながらも、「譲歩していない」というメッセージを国内に送り続けるのだ。

そのため外部から見ると、交渉が進展しているのか後退しているのかが極めてわかりにくくなる。

にもかかわらず、交渉そのものは決して拒否しない。そこにイラン外交の特徴がある。

通常の外交交渉では、相手の要求を受け入れる意思がある場合、一定の方向性を示すことが多い。しかし、イランは違う。まず決裂を避ける。交渉の場からは降りない。相手に希望を持たせる。しかし、決定的な言質は与えない。

そして、時間をかけながら条件を積み上げていく。

■実際には何も約束していなかった

これは中東の伝統的なバザール取引にも通じる手法だ。最初から本音を見せることはない。相手がどこまで譲るかを見極めながら、自らの条件を少しずつ引き上げていく。今回のイランは、まさにその交渉術を実践していたのである。

それに対して、トランプはトランプで、独特の交渉スタイルにこだわる。

トランプの交渉術は、不動産ビジネス時代から基本的に変わっていない。交渉相手に大きな条件を先に提示する。

その上で、相手の曖昧な反応を好意的に解釈する。そして、「合意は近い」と公表する。

トランプはウソをついていた(トランプ大統領、2026年6月10日)
写真=EPA/時事通信フォト
トランプはウソをついていた(トランプ大統領、2026年6月10日) - 写真=EPA/時事通信フォト

それによって市場や世論、さらには交渉相手自身に圧力をかけるわけだ。

トランプにとって「合意は近い」という発言は、結果報告ではなく交渉手段なのである。

だが、今回の相手であるイラン側は、おそらく曖昧な表現を使いながら、実際には何も約束していなかった。トランプはそれを“前進”と解釈した。

他方、イランは「まだ何も決まっていない」と考えていた。双方とも交渉を続ける意思はあったが、同じ会話をしながら別の現実を見ていたのである。その結果として生まれたのが、トランプの数十回に及ぶ「合意は近い」という発言だった。

結果から言えば、トランプはウソをついていた。しかし、それは単なる虚言ではなく、トランプの意識としては、相手を追い込むための交渉戦術だったものと思われる。そして、イランも交渉を引き延ばしていた。今回の迷走は、双方の手法がぶつかった結果だったといえる。

■強硬派が主導権を失った可能性

イラン国内では、交渉継続と強硬姿勢は矛盾していなかった。イランでは「交渉=国益を守るための戦場」であり、必ずしも譲歩を意味しない。

この認識の違いが、米国側の期待とイラン側の現実の間に大きな隔たりを生んだのであろう。

ただし、ここ数日の動きを見ると、イラン政権内部では変化も起きていた可能性が高い。

合意直前まで保守強硬派や革命防衛隊に近い論者からは、「米国に譲歩すべきではない」「制裁解除が保証されない限り合意は無意味だ」といった反対論が相次いでいた。

一方で、交渉を担当するアラグチ外相は「われわれは国益を守りながら外交的解決を追求する」と繰り返し述べ、政府内では交渉継続の必要性を強調していた。

また大統領府周辺からも、「戦争回避と経済安定は国家の優先課題だ」とする趣旨の発言が相次いだ。

ただ、徐々に対外強硬派の議員や保守派系メディアからも「政府の交渉に勝手に異論を公表すべきでない」「意見の分裂は慎むべき」といったように、同国内の強硬論を批判する論調が増えた。つまり、最終局面では強硬派よりも交渉派が政権中枢で主導権を握ったとみられる。

もっとも、これはイランが完全に米国に妥協したことを意味しない。

■「ホルムズ海峡は通航料なしで開放」の微妙な意味

イラン政権は建国以来、一貫して体制維持と政権サバイバルを最優先してきた。イスラム革命の“大義”を重視する一方で、体制存続が危うくなる局面では現実的な妥協や戦術的柔軟性を選択してきた歴史がある。

今回も、軍事衝突の拡大や経済的負担を回避し、制裁緩和の可能性を残すことが体制利益にかなうと判断された結果、強硬論より実利を重視する路線が優先された可能性が高い。

もちろん「本格的戦闘の再開を回避したい」との動機が第一にあったはずだ。

ただ、今回の合意では、核心である核問題は、実は実質的な取り決めについては今後の協議に先延ばしされた面が大きい。その意味では、米側も妥協している。

だが、見落としてはならない変化がある。ホルムズ海峡問題だ。

ホルムズ海峡
写真=iStock.com/Alones Creative
ホルムズ海峡の「通航料なしでの開放」を公表(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/Alones Creative

これまでイランは、「ホルムズ海峡はイランとオマーンの管理下にある」「米国に海峡の運命を決める権利はない」と主張してきた。もともと通航料を徴収することも主張していたが、最近は通航料でなく、安全管理の手数料を徴収するとしている。

ところが今回、トランプは「通航料なしでの開放」を公表した。そして興味深いことに、イラン側はそれを正面から否定していない。

■迷走が繰り返される可能性は高い

もちろんイランは今後も、海峡に対する管理権や安全保障上の権利は主張するだろう。おそらく革命防衛隊も、「ホルムズ海峡の安全確保は地域諸国が担うべきだ」という従来の立場を維持するはずだ。

しかし、少なくとも現時点では、▽船舶への課金▽恣意的な通航制限▽軍事的威圧による航行管理、といった実質的支配の一部を後退させた可能性が高い。

これは交渉開始以降で最大の変化と言える。

もっとも、楽観はまだ早い。今回成立したのは包括的な最終合意ではないし、むしろ最も難しい問題が先送りされている。イランは本気なのか、それとも時間稼ぎなのか。そこは今後、見極める必要がある。

イランにとっては、戦争の危険を遠ざけながら制裁緩和を引き出す時間を確保できる。

米国にとっては、ホルムズ海峡再開と緊張緩和という成果を得られる。

双方が利益を得たため、合意が成立したとも言える。

しかし、だからといって根本的な対立が消えたわけではない。本当の難所はこれから始まる。

■難しい問題が山積

今後の技術協議では、再び難しい問題が浮上する。濃縮活動をどこまで認めるのか。遠心分離機の保有数をどうするのか。査察権限をどこまで認めるのか。凍結資産をどこまで解除するのか。制裁解除の条件をどうするのか。ホルムズ海峡の管理権をどう定義するのか。「通航料」と「安全管理費」の境界をどうするのか。イスラエルのレバノン攻撃でイラン側が硬化する可能性もある。

どれも容易に妥協できる問題ではない。そして、そのたびに同じ構図が繰り返される可能性が高い。

今回の合意によって戦争の危険はひとまず遠のいた。だが、交渉の迷走が終わったわけではない。むしろ本格的な駆け引きはこれから始まる。トランプ流ディールとイラン流バザール交渉が向き合う限り、今後も迷走が繰り返される可能性が高い。

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黒井 文太郎(くろい・ぶんたろう)
軍事ジャーナリスト
1963年生まれ。横浜市立大学卒業。週刊誌編集者、フォトジャーナリスト(紛争地域専門)、『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て、軍事ジャーナリスト。専門は各国情報機関の最新動向、国際テロ(特にイスラム過激派)、日本の防衛・安全保障、中東情勢、北朝鮮情勢、その他の国際紛争、旧軍特務機関など。著書に『イスラム国の正体』(KKベストセラーズ)、『イスラムのテロリスト』『日本の情報機関』(以上、講談社)、『インテリジェンスの極意!』(宝島社)、『本当はすごかった大日本帝国の諜報機関』(扶桑社)他多数。近著に『プーチンの正体』(宝島社新書)がある。

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(軍事ジャーナリスト 黒井 文太郎)

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