仮に偽史だったとしてもそれが人々の信用を集めて何百年か現に社会的統合をやってきたのなら、それはその意味では「本物の歴史」なわけです。 「嘘から出来た実績を守ること」と「そもそも作為的に嘘をついていこうとすること」が同じ次元で議論すべきものではないでしょう。