小川哲×藤岡みなみ「タイムトラベルのように書くこと、読むこと」『超個人的時間旅行』(ハヤカワ文庫JA)刊行記念対談!
「現実の中のタイムトラベル」をテーマに25名の豪華執筆陣がエッセイを寄せた『超個人的時間旅行』(藤岡みなみ編、ハヤカワ文庫JA)。同書の刊行を記念し、本書の編者で文筆家の藤岡みなみさんと、寄稿者の一人である作家の小川哲さんによる対談が、2026年4月22日に本屋B&Bで開催されました。大盛況となった本イベントの模様を一部お届けします!
藤岡 小川さんには今回『超個人的時間旅行』がZINEから文庫になるにあたって、ありがたいことに新たにエッセイをご寄稿いただきました。もともと小川さんの小説を拝読していて、「この人はタイムトラベラーに違いないから、ぜひ書いてほしいな」って言ったら、編集の一ノ瀬さんから「小川さんにOKをいただきました」と言われて、「え、本当に?」ってびっくりしました。どうしてお引き受けくださったんですか?
小川 あまり普段そういうテーマ縛りでの依頼を受けることがないので、ちょっと面白そうだなと思って、藤岡さんの本を買い、ZINEを買い。
藤岡 わぁ、ありがとうございます。
小川 それで書いてみようと思いました。
藤岡 そうなんですね。本当にめちゃくちゃお忙しい売れっ子小説家が書いてくださるんだと思ってびっくりしたし、今日の対談も、「刊行記念トークイベントやりましょう」って一ノ瀬さんから言われた時に、じゃあ一ノ瀬さんと何か喋ろうかなみたいな感じで、小ぢんまりかなとか思っていたら、「小川さんを誘ってみましょう」と。「無理でしょ無理でしょ」って言っていたんですが、「OKいただきました」って連絡が来て。「なんで⁉」ってなりました。
小川 そうですね。僕は本当に、自分で言うのもあれなんですけど、めちゃくちゃ忙しくて。
藤岡 そうですよね。
小川 そうなんですよ。それで、1回目にいただいた日程がまるっと無理で。だから「すいません、無理なんです」って一ノ瀬くんに伝えたんですよね。基本的にイベントのお仕事は今もう本当に引き受けられなくて、断っている状態だったので。でも、たぶん一ノ瀬くんは分かった上でアホなふりして。大人のやりとりで、出した日程全部無理だったら、もう大体無理じゃないですか。そうしたら、「いつだったらいいですか?」って返ってきた。
藤岡 (笑)
小川 普通、大人のやりとりって、「ご飯行きましょうよ、何日か何日か何日どうですか?」って誘って「ちょっとその日程無理です」って言われたら、もうあきらめるじゃないですか。「じゃあまた今度時間がある時ぜひ」とか。でも「いつだったら空いてますか?」って聞かれたから、「あ、そんな感じ?」と思って。
藤岡 ゴリ押しで(笑)
小川 それと、もちろん最初にいただいた日程が全部無理だったのは事実なんですけど、僕は文庫化の時に最後に参加した形だから、他の方のほうがよりいいのかなという気持ちもありました。そう思っていたら、一ノ瀬くんが「いつだったらいいですか?」って言うから、じゃあ僕が行って話せることがあるならと思って。本当に光栄です。ありがとうございます。
藤岡 グッジョブです、一ノ瀬さんありがとう。だから今日は本当に貴重な機会ということですね。
小川 いやいや、でも、たまたま今いろいろな本の刊行がたまたま重なってしまっていて、そのせいでちょっと忙しいだけで、別に普段はそんなことはないんですよ。小説家の忙しいなんてたかが知れていますから。
小川哲はなぜタイムトラベラーなのか
藤岡 じゃあ、なぜ私が小川さんをタイムトラベラーだと思ったのかなんですけど。
小川 気になります。
藤岡 全部の本からその証拠が出ているんですけど、「もろ」で言うと『嘘と正典』。これはもう全部時間ものみたいな感じですよね。
小川 はい、そうですね。
藤岡 短編集で、時間をテーマにしたいろいろな作品が載っています。特にこの一番最初の「魔術師」っていう小説がめちゃくちゃ大好きで。
小川 ありがとうございます。
藤岡 それで、絶対小川さんに参加してほしいと妄想していました。まずこれが「もろ」のやつですよね。でも他もタイムトラベラー臭がすごいするんですよね。
小川 (笑)。でもさすがに、これ(『君が手にするはずだった黄金について』)とかこれ(『君のクイズ』)は無理じゃないですか?
藤岡 いや、でも『君のクイズ』はそうです。クイズに答える瞬間にバッと自分の過去に戻る。
小川 なるほどね。
藤岡 だからあれはすごいタイムトラベル。
小川 過去に飛んでいるから。確かにそうか。
藤岡 はい。あと、例えば『火星の女王』は100年後ぐらいの話じゃないですか。
小川 まあ、そうですね。
藤岡 あと『地図と拳』は100年前ぐらいの話じゃないですか。
小川 そうですね。
藤岡 あと『ゲームの王国』は、途中で50年ぐらい飛んだりするじゃないですか。
小川 そう、作中でもね。
藤岡 ですよね! だから、タイムトラベラーじゃないと書けないような作品ばかり書いているような気がしたんですよ。
小川 確かに。そう言われるとそうかもしれないですね。そういう意味で言うと、小説を書くっていう行為自体が、割とタイムトラベルすることかもしれないし。エッセイを書くとか文章を書くっていうこと自体がタイムトラベルですね、言われると。僕はもっとバレバレのタイムトラベルをしているけど、自分について何か語ろうとしたりとか、自分の考えを言葉にしようとすると、どうしても未来のことだったり、過去のことだったりが含まれてしまいますもんね。実際この『超個人的時間旅行』も、いわゆるタイムトラベルっぽい題材の人もいれば、自分自身を掘り下げたり、自分の切実に考えていることを書くこと自体がタイムトラベルになっているみたいなこともあって、そこがやっぱり面白いですね。いろいろなバリエーションがあって。
藤岡 そう、バリエーションがあるのが、この時間というテーマの面白さかなと思います。
小川 ちなみに僕は、岡田悠さんのエッセイがすごく好きでした。小説にしたいですね。
藤岡 おー! 岡田さん喜ぶなあ。「25時間の録音データ」という作品ですね。ポケットの中で知らないうちにレコーダーのボタンが押されて25時間録音され続けていた、そのデータを11年後に聞き直すという。
小川 とても小説を感じるエッセイでした。
当たり前と思っている常識を外す
藤岡 小川さんは歴史を書くのもうまいし、近未来を書くのもうまいし、タイムトラベルの方法がそれぞれあるのかなと思っているんです。歴史はきっと資料がすごいいっぱいあるから、文献をめちゃくちゃ勉強された上で書いているんだろうなと。逆に、未来にタイムトラベルしたい時は、どんなことをされているんですか?
小川 基本的に僕は、過去にタイムトラベルするのと、未来にタイムトラベルするのとで、やっていることは一緒なんですよね。
藤岡 おぉ。
小川 もっと言うと、海外にトラベル――別にタイムじゃなくて、トラベルすることも結構近くて。もっと言うと、小説を書くこと自体がそうなんですけど、自分が常識だと思っていることとか、自分が当たり前だと思っていることを一回全部外すっていうのが、タイムトラベルには必要で。
藤岡 おお、具体的な手法が出ました。タイムトラベルする時は、まず当たり前と思っているものを外す。
小川 そうそう。過去だったら、たとえばスマホとかは存在しないじゃないですか。今はあるけどその時代にはない言葉もいっぱいあるし、偏見もいっぱいあるだろうし、法律も違うし、見えている景色そのものが違うし、その中で生活している人々の考え方も全部違うわけですね。
藤岡 はい。
小川 だから、現代の僕の目でタイムトラベルをしちゃうと、本当のタイムトラベルにならないというか、その時代に生きた人の視点に立てないんですよね。未来も一緒で、100年前と100年後って、僕の中では結構近いものがあって。100年後になったら、いま僕らが当たり前に使っているスマホって100年後もあるの? とか、いま僕らが使っている日本語や日本に存在している法律や常識は100年後もあるの? っていうのをいちいち考え直さなければいけない。その時代に住んでいる人はもちろん僕と考え方も違うし、見えている景色も違いますから。僕自身が行って見るだけだったら、僕の視点から見ればいいんだけど、その時代に生きた人の視点を借りようとすると、やっぱり自分の常識とかを一回全部リセットする必要があります。
藤岡 外して、インストールするんですか?
小川 そう、その時代のルールをインストールしたり、想像したりする。資料を調べてもわからないことだらけなので、ある程度想像で埋めるしかないところがいっぱいありますね。
変化の量を測る
藤岡 未来を考える時は、科学の資料とか、宇宙のことを調べたりすると、ちょっと見えてくるものがあるんですか?
小川 あまり見えてこない(笑)。未来のことってやっぱりわからないというか、例えば「このまま地球温暖化が進んだら、100年後地球は何度になっていますか」とかだったら、計算や予想資料で調べることはできるけど、100年後の社会でみんながどうやって連絡を取っているかというのは、資料なんてもちろんないんですよね。強いて言うなら、他のSF作品がどう書いているかとかなんだけど、でも基本的には自分で一から考えなければいけない。僕はその時に、「100年前どうだったかな」っていつも考えるんですよね。
藤岡 おお。すごい。
小川 100年前と現在までと、現在から100年後までで、変化の量は大体一緒ぐらいだろうと思って。
藤岡 変化の量を測って、それを未来に当てはめてみると。
小川 そうです。例えば、今から100年前はまだ電信の時代で、電話が技術的に可能になったけど、一般家庭には普及していないかなという頃で。放送だとラジオとかがギリギリあるかないかで、テレビは当然ない。1926年はそのぐらいです。遠方に住む人とは手紙でやり取りしていたわけですよね。それが電話になって、メールになって、LINEになった。一回声になったけど、また文字に戻ってきた。だから100年後、2126年までには、また一回変なのに行って、結局また文字に戻るのかなとか、そういうふうに考えたりしますね。
藤岡 面白いですね。未来に行こうと思ったらいったん同じ分だけ過去に戻る。
小川 100年前って、例えばいまの家族というものがないんですよ。だから、100年後の小説を書いているのに、核家族みたいなものが当然のように存在しているように書くと、それは僕が現代の常識で書いていることになっちゃうんですよね。もちろん、何か理屈があって、100年後も家族は今の形のままだろうと考えているのはいいんだけど、でも違うかもなって。だって家族ってできてまだ100年も経ってないし。でも小説とかは100年以上前からあるから、100年経ってもなくならないかなとか、そういうのは結構考えるし、タイムトラベルする際に結構僕が手掛かりにすることが多い情報ですね。
藤岡 「タイムトラベルする際に」(笑)。もう隠さなくなりました。
日記を英語で書いてみる
小川 藤岡さんの『時間旅行者の日記』のコンセプトに感銘を受けました。1月1日から12月31日まで、藤岡さんが色々な年齢で書いた日記が、ランダムな順でひたすら並んでいるんです。未来に飛んだり、過去に戻ったり、日時的にはかけ離れているはずなのに伏線回収が起きたり。この面白いコンセプトを、日記を書いているすべての人に実践してみてほしいなと思ったんですよね。それって、日記の読み方がすごく変わるじゃないですか。自分の日記でも、シャッフルされることによってすごい不思議で楽しい体験ができる。
藤岡 そうなんですよ。7歳の私の歯が抜けた翌日に、26歳の私の差し歯が取れたりとかしていて、時を超えてつながっているところがあるんです。同じ時期に同じようなことを言っていたりとか。全然意識してなかったんですが、振り返ってみると、テッド・チャンの「あなたの人生の物語」にちょっと影響されているのかなと思いました。あの小説は、宇宙人が話している言語を自分が習得することで、人生の時系列が存在しない状態を生きるようになるという話です。そのようなイメージで、一方通行に過去、現在、未来と川のように流れているのではなく、いろんな時間がバラバラに立ち現れているんじゃないかっていうのを実感できる本なんですよね。
小川 確かに、人間の記憶の保存の仕方って、1本の大きい川のように流れているのではなく、本当にバラバラな断片が乱雑に詰め込まれていて、それを適当に引っ張り出したら出てくるといったあり方のほうがしっくりくる感じがします。時系列順の日記だと1つの筋が通った人生みたいなものを読み取ろうとしてしまいますよね。でも時系列がバラバラだと、より自分の本質的な部分が見えてくる感じがしていいなと思いました。
藤岡 ありがとうございます。
小川 このシャッフルを前提で日記を書くとすると、自分の現在、いま書いている日記が、遠い未来と急につながったりするんだなとかって考えながら書きますよね。その自意識って日記に変化を与えたりするんですかね。
藤岡 そうなんです。将来の自分に変に思われないようにしようと思っちゃって、それがちょっとキモいんですよ。なので、今年はその自意識から逃れる方法として、日記を英語で書いてみています。語彙力がないことでほどよく自意識が抜けてくれて、起こったことだけを書けたりするんです。
小川 そういう工夫をいろいろしながら、本当にあったことをシンプルに書いて、未来の自分に覗かれる前提を取っ払おうと試みているんですね。確かに、よそ行きに書かれた日記って、日記としての面白さがないですよね。
藤岡 無防備だから可愛いんですよね。子供の頃の日記がまさに面白くて、今日〔注・イベント当日〕4月22日の8歳の日記があるんですけど、ちょっと読んでみると、「プンプン。私は怒っていた。だって母が家の鍵を閉めて出かけたんだもん。そのおかげで学校から帰ってきてから家に入れなかった。もうアカネさんと公園で実験するつもりだったのに、材料が取れないじゃないか。プンプンと思った。だから手ぶらで公園に遊びに行った」って書いてあって。純度が高い。
小川 最後もうちょっと広がりそうだと思ったらザクッと終わって、「もういいや」みたいな感じがいいですね(笑)。考えて書けるものではないですよね。
藤岡 そうそう。それで、自意識を排除するために英語で書いてみて、この頃の心に戻りたい、と。
小川 なるほど、なるほど。面白い。
2066年のコロッケ
小川 藤岡さんは記憶というフィルターを通じて現在と過去を結びつけてしまうような、過去の瞬間を立ち上げるタイプの時間旅行者な気がしますが、藤岡さんが文章を通じて未来にタイムトラベルするなら、どんな景色になるのか気になります。
藤岡 未来は本当に難しいです。この間コロッケを買ったんですよ。「極みコロッケ」っていう、40年待ちのコロッケ。知ってますか?
小川 あー! 聞いたことあります。
藤岡 ネットで買うと、冷凍で届けられるコロッケなんですけど。2023年に予約したら43年待ちで、2066年に届くんですよ。私の未来はすごく不確定だけど、40年後にコロッケが届くことだけは確定しているんです(笑)
小川 小説になりそう。極みコロッケが届いた日のことを書いてくださいよ。コロッケを受け取る自分がどういう気持ちなのか、全然覚えていないのか。その時の日本は果たしてどうなっているのかとか、気になります。
藤岡 コロッケSFってことですか?
小川 そうそう、コロッケSFです。いい。読みたいな。
藤岡 おー、書くしかない(笑)
小川 ぜひ。「コロッケが届いた日の日記」っていう体のSF小説で。面白いですね。それでぜひ未来旅行してほしいです。
藤岡 ちょっと書いてみようかな。未来に行けそうですね。
時間というテーマは社会的でもあるし、超個人的でもある
小川 そもそも、藤岡さんの中で時間やタイムトラベルとはどういうものなんですか?
藤岡 はい。私は時間をテーマにしたZINEを作ったり、いま言及いただいた『時間旅行者の日記』っていう本を出したり、板橋区にutoutoというタイムトラベル専門書店を去年の11月にオープンしたので、時間というテーマにこだわりがありそうな人間ですよね。時間というテーマはバリエーションが多く存在するので、とても難しいのですが、たとえると、とてもありがたいリバーシブルの服みたいな感じですかね。分かります?
小川 ……分からないです(笑)
藤岡 ですよね、考えすぎて何か変なところに行っちゃった(笑)。私のこだわりとしては、エンタメであることと、社会を良くするようなものであってほしいという2つがあります。その2つを両立させることは難しいのですが、時間というテーマだとそれが可能なんです。
小川 ああ。
藤岡 タイムトラベルというSFの一大ジャンルには、エンタメっていう部分もあれば、歴史をどう受け継いでいくかとか、未来のことをどう自分事として捉えるかという、社会について問いを投げかけるような部分も入れられるんです。
小川 なるほど。じゃあ、楽しんでもらいたいっていう藤岡さんの一つの人格と、いいことをしたいっていうもう一つの人格があって、その2つの重なるところがぴったり時間になっているんですね。
藤岡 そう。しかも、時間というテーマは社会的でもあるし、超個人的でもある。社会の中における「歴史」という時間がある一方で、自分の「人生」という充実させたい時間がそれぞれあるじゃないですか。こんなふうに、社会の時間をつなぐことと、自分の時間を内向きに充実させるっていう、その2つが両立できる、欲張りプランなんです。
小川 なるほど。言ってみれば、藤岡さんは時間という看板とともに生きていく覚悟があるわけじゃないですか。タイムトラベル書店も作ったし、『超個人的時間旅行』も作って、『時間旅行者の日記』も書いていて、毎日日記も書いているし。藤岡さんのSNSとかももう、時間の……。
藤岡 時間の人。
小川 そうそう、時間の人みたいな(笑)。時間に焦点を定めるきっかけは何かあったんですか?
藤岡 もともと自分が小説を好きになる初期に読んだものが、とても面白いタイムトラベル小説ばかりで。
小川 それはたまたまタイムトラベルものの名作と出会ってしまったということですか?
藤岡 そうなんです。広瀬正さんの『マイナス・ゼロ』とか、ケン・グリムウッドの『リプレイ』とか北村薫さんの『ターン』とか。
小川 『スキップ』とかね。
藤岡 そうそう、当たりがすごいいっぱいあって。もうこのジャンル間違いないって。
小川 ハズレもいっぱいあるんだけどね。たまたまハズレを引かなかったんですね。
藤岡 そう、連続で当たりを引いちゃって。映画だと『バック・トゥ・ザ・フューチャー』がやっぱり一番面白いっていうのは多くの人の共通理解だと思うんですけどそれが確信としてあったので、もうこれは面白いに違いないと思いました。
小川 なるほど。タイムトラベルものが好きになった後で、「ちょっとこの作品はどうなの?」と感じることはありますか?
藤岡 ありますね。実際つまらない映画や小説もあったんですけど、でもどこかしら新しいと、苦なく見られますね。
小川 ああ、もうタイムトラベル的な学びがあるということですね。
藤岡 そうそう、サメ映画がすごい好きな人みたいな。そういう面白がり方もあるので、全然大丈夫です。
小川 たしかに、タイムトラベルものって見ていくと、「この展開だと、辻褄どうなってるの?」みたいな筋力が発達しちゃうじゃないですか。そういうのもサメ映画的に、こういう開き直り方があるんだとか学びになるんですね。
藤岡 そうです、そうです。そういう風に愛でました。ありますよね、「パラレルワールドかい!」みたいに感じたり。
小川 「都合いいなー」みたいなね。なるほど、素晴らしいですね。じゃあ本当に小さい頃からタイムトラベルものの作品が好き、というわけでもなかったんですね。
藤岡 中学生、高校生ぐらいですかね。でもやっぱりタイムトラベルものって、SFの中でも現実味がすごいあるから、没頭しやすかったというのもありますかね。
小川 確かにそんなに科学的な知識とかもなくて、直感的に分かりやすいというかね。
藤岡 日常の延長線上にある感じが、ちょっとハマったのかもしれない。
感性がツルツルになってきた
藤岡 小川さんがこの『超個人的時間旅行』の中に書いてくださったエッセイ(「過去改変を繰り返した男の末路」)、これはめちゃくちゃ面白いエッセイ、かつ人生のお守りになるような一編だったので、これから読むよっていう方にはぜひ楽しみにしていただきたい作品です。嫌な出来事も「これがあったから成長できたじゃん」と捉え方を変えることを繰り返していたら、感性がツルツルになってきた、と書かれています。
小川 本当に僕ね、感性ツルツルなんですよ。
藤岡 でも、今日お会いしたら結構ニコニコされていたので、おお良かった! と思いました。
小川 感情がなくなったとかではないので!
藤岡 つらいことを乗り越えていくうちに、感情の起伏がちょっとなくなっていって、つらいことだけじゃなくて、嬉しいこともあまり喜べなくなったっておっしゃっていましたよね。そんな中でも「さすがにこれは嬉しかった」みたいなことってあります?
小川 それでいうと、僕がデビューするきっかけになったハヤカワSFコンテストの、最終候補に残ったことを知らされた電話ですね。その瞬間に、自分が書いた文章を読んでいる人がこの世にいるんだって実感が湧いたんです。作家人生で、その電話より嬉しかったことは今まで一度もないです。それがピークです。
藤岡 そこなんですね。
小川 そう。「最後まで読んでくれたんだ」と思って。
藤岡 残ったことに対してではなく、「受け取ったよ、読んだよ」っていう事実が嬉しかったんですね。
小川 そうそう。「受賞しました」っていう電話よりも、そっちの方が嬉しかったですね。もちろんその他にも嬉しかったことはいっぱいあるんですが、例えば『君のクイズ』が何万部売れましたっていうのも、0部が急に30万部とかになるわけじゃなくて、日々ちょっとずつ売れていくわけですよね。だから、「この瞬間に嬉しい」というのはあんまりない。文学賞とかはひょっとしたらそうなのかもしれないけど。
本は自分自身
藤岡 小川さんの『言語化するための小説思考』などを読むと、たくさんの人に届くことを目標にされていることが伝わってきて印象的でした。たくさんの人に届いてほしいけれど、重版することが正義じゃないという、この2つって永遠のテーマだと思っているんです。小川さんはそこを最大化することを課題としているというか、たくさんの人に届くけど、一人一人が自分だけの物語だって思える表現にするということにこだわっていらっしゃるじゃないですか。私はいつも悩んでしまうんですが、そこのバランスについてはもう迷いはないですか?
小川 逆に「こうすると売れるな」っていう実感とかありますか? 僕はそもそもわからないので、自分がやりたいことを欲している人にマックスで届けばいいなっていうのが僕の考え方です。例えば、この『超個人的時間旅行』を読むことで救われる人ってたぶん世の中にはいっぱいいると思うので、みんなにこの本がくまなく届けばいいなっていうのが一番の目標だと考えます。もっと言うと、自分が書きたかったことや書いたことが、読んだ人にマックスで伝わったらいいなというのが僕の考え方の基盤ですね。編集者さんが『超個人的時間旅行』を早川書房の文庫から出しますと言ったということは、これを必要としている人全員にこの本が届いたら、早川書房は儲かりますって思っているってことなんですよね。だから、それがちゃんと届くために自分ができることを探すのが僕の考え方です。
藤岡 なるほど。もし「ちょっと変えたらもっと届くよ」というアドバイスをもらったとして、自分が書いたものを変えられますか? 例えば私は昔、わかりやすくしたいので「物」とか「事」とか「気持ち」とかを全部カタカナ表記に変更しますって言われたことがあったんですよ。
小川 あぁ、絶対やらないです。
藤岡 「無理!」と思ったけど、でもそれを言った編集者さんが、「すべての本を10万部絶対売っています」みたいな人だったので、従ったほうが売れるのか? と悩んだんですよね。
小川 それはしなかった?
藤岡 しなかった。従いませんでしたし、10万部売れませんでした。
小川 それだったら僕は、「じゃあ10万部売ってくれるんですか?」って言って、変えるかもしれない。絶対売れないと思うけど。それが本が売れる仕組みだと思っているんだったら、その人とは気が合わないなと思っちゃうかもしれないですね。
藤岡 あぁそっか、そもそも。
小川 もっと言うと、僕にとっては本は生活の糧だけど、本が自分自身でもあって、いわば自分の自己紹介の場でもありますよね。ポートフォリオというか。だから、本に自分の考え方と違ったり、違う理解の仕方をされたら困ることが書いてあると、そもそも出すことがデメリットになっちゃうんですよね。その本を読んだ人が、僕という人間を間違って理解してしまうから。逆に言うと、本を通して僕という人間を押し付けられるんですよね。僕は若い頃、自己紹介がすごく嫌いだったんです。自分ってこういう人間なんですっていうのを、自分のことをまったく知らない人に説明するのってすごく気持ち悪かったんですよ。いまだにそうなんですけど。だからこそ、どうやって自分という人間を自分で語らなくて済むかが、僕の中で結構重要なテーマなんです。本を書くとそこがすごく楽になるんですよね。だから自分の小説に、自分の意図していない要素を混ぜたくないんです。
藤岡 それでいうと、私は小説家さんのプロフィールを見て、いつもずるいなって思っています。なんとか賞受賞、なんとか賞受賞、著作になんとか、なんとか、なんとかがある、だけしか書いてないのがずるいです(笑)。
小川 そうそう、ずるいでしょ(笑)。僕からすると、会社に勤めていたりとか何かの団体に所属していたりとか、何か趣味を持ったりとかするのって、その人が自分という人間を客観的に表現して、相手に自分をいかに楽に理解してもらえるかという肩書きをみんなで競っているのかなという気がしています。そういう点で、自己紹介のスキップの仕方をみんな持っているんだろうけど、小説は作品名で自己紹介が完結してしまうからずるいですよね。でも一番おすすめです。
藤岡 おすすめ(笑)。誰も真似できないです。
小川 話を戻すと、僕の中では、やりたくないことを曲げてまで売れるという発想があまりないんです。そもそも著作は自分の一部だから、自分が納得できないことは、売れる・売れない関係なく絶対にやりません。でも、「表記をカタカナにしましょう」は、「従ってみたけど10万部売れなかった」という事実も僕の一部にしていいかなっていう検討の仕方があります。
藤岡 それこそ過去改変というか、失敗を糧にしているんですね。
小川 そう、「意味なかったんだよな」みたいな話も、僕の一部にしても面白いかもと思える。逆にそれで本当に10万部売れたんだったら、それはそれで簡単だなぁって思えますよね(笑)。
▼本イベントのアーカイブ販売(7/23まで)はこちら
【プロフィール】
藤岡みなみ(ふじおか・みなみ)
1988年8月9日火曜日生まれ。淡路島出身。時間SFと縄文時代が好きで、読書や遺跡巡りは現実にある時間旅行ではと思い、2019年に移動店舗としてタイムトラベル専門書店utoutoを開始。2025年には東京都板橋区に築109年の蔵を改装した実店舗をオープンした。文筆家、ラジオパーソナリティとしての活動のほか、マーシャル諸島の記憶と日本兵の日記をめぐるドキュメンタリー映画『タリナイ』(2018)、『keememej』(2022)のプロデューサーを務める。主な著書に、異文化をテーマにしたエッセイ集『パンダのうんこはいい匂い』、持ち物ゼロから暮らしを再構築する『ふやすミニマリスト』、37年を366日に組み込んだ『時間旅行者の日記』などがある。〈SFマガジン〉でエッセイ「タイムトラベル専門書店、はじめました」連載中。
小川哲(おがわ・さとし)
1986年生まれ。千葉県出身。小説家。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。2015年、『ユートロニカのこちら側』で第3回ハヤカワSF コンテスト〈大賞〉を受賞しデビュー。『ゲームの王国』(以上ハヤカワ文庫刊)で第31回山本周五郎賞、第38回日本SF 大賞を、『地図と拳』で第13回山田風太郎賞、第168回直木三十五賞を受賞。2025年、『火星の女王』(早川書房刊)がNHKによりドラマ化された。他の著書に『言語化するための小説思考』など。


