はなむけの贈り物
篤寛同棲シリーズ5話目
平日の夜、二人が晩酌をしながら引っ越し祝いを開封するお話です。
未読の方は1話目から読んで頂くのがおすすめです
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novel/series/15837950
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引越し祝い、言葉の通り引っ越した人へお祝いの気持ちを込めてものを贈ること。
このマンションの三階に住む彼らも引っ越して一週間と少しを過ぎたところ。木曜日の夜10時、日下部と日車はもらった引越し祝いをリビングのテーブルに並べて缶ビールを飲みながら鑑賞会をしていた。
「へぇ……なんか色々貰ったんだな、日車も」
「君も人のことを言えないだろ、……というか貰い過ぎじゃないか?」
「まあジムの職場だとスタッフと利用者、あとは剣道教えてる道場の生徒とか、部活の学生たちからも貰ったりしてな……なんか多くなっちまった」
照れくさそうに笑う恋人を、明るく人望のある彼らしい、と隣で日車は見ていた。
ここに座って晩酌を始める2時間ほど前、お互いの実家からも引っ越し祝いが届いた。日車の実家からは様々な店舗で使える商品券がぎっしりと分厚く入っており重みを感じた。
初めて挨拶に行った時は日車に性格がそっくりな父親と、明るく鈴のような音で表情豊かに笑う母親。初めは緊張したが彼の母が用意した食事を頂きながら緊張がほぐれ、その日を乗り越えることができた。
帰宅後からは度々彼の母親は連絡を取るようになり、寛見は食べ物本当に適当だから、お願いするわね!と何度も頼まれているのを思い出しながらこっそり日車の栄養管理を行うのが日課になった。
日下部の実家からは新鮮な野菜や果物の詰め合わせ、そしてレトルト食品やご当地グルメの箱入りの製品など段ボールにぎっしり、そして手紙が入っていた。日下部には雑に頑張れ!とだけ書いてあり、日車へは長文で迷惑かけるけどよろしくね、たくさん食べて楽しく過ごしてね、と彼と血が繋がっている両親の温かさが伝わった。
両家のから受け取った荷物を仕分けして一緒に風呂に入ってから、先日購入した色違いでお揃いの寝巻きを着て、今に至る。
日車が自分の職場で貰った引っ越し祝いは大きく分けて二つ、まずは助手の清水からは受け取り手が好きなものを選べるギフトカタログだった。彼女が昔引っ越した頃にも自分は似たようなものを渡していたがその時のお返し、と称して彼女なりに奮発したらしい。
日頃お世話になってるし、あと彼氏さんと好きなのを選んでください、とにやりとした笑みで事務所に二人きりの時に言われた時は嬉しさと恥ずかしさで顔から火が出そうになった。
彼女には日下部と付き合って半年の頃にバレている。私用のスマートフォンの待受が彼と二人で行った熱海旅行の写真に設定しており、通知で画面が明るくなったときに事務所のデスクに置きっぱなしだったことでバレてしまい、さらにはたまに恋人が作る弁当で熱々な関係と察された。
「日車さん、いつもコンビニ飯か食べないのにタッパーにいっぱいお肉も野菜入ってる美味しそうなお弁当持ってきた時は彼女か!?と思いました。だけどまさか、しかもあんなガタイのよくてしっかりしてる人が彼氏さんだとは……」
給湯室でそう言われた時はガフッと食後の眠気覚し用の缶コーヒーをむせて台無しにしてしまったのが懐かしい。
他には事務所で働く職員たちからはタオルセット、晩酌のつまみの詰め合わせ、木箱に入った日本酒、そして今二人が飲んでいる缶ビールは地方のクラフトビールの詰め合わせの中から拝借したものだ。
「すげえな……ビールもうまいし、なんかみんなラインナップが大人って感じだな」
「そういう君はどうなんだ。見せてくれ」
日下部がもらった引越し祝いは複数あったがまずはパッと見ただけで明らかに高そうな紙袋が二つあった。それに目線が注がれていればこれは……と彼が話し始めた。
「ジムに通ってる……まぁ個人情報だから詳しくは言えないんだが、ご指名でトレーナーとしてついてる二人組から貰ったんだよ。なんか二人でどっちがいいもの送れるかって競った結果これだとよ」
彼の勤めるジムは一階は普通のジムで一般の会員が利用するスペースとなっていた。2階、3階には社長や芸能人が通うVIP待遇のラウンジのジムも兼ね備えておりお忍びで通いやすいと通な有名人が通っている。そこに通う俳優兼モデルの二人に日下部は気に入られているよう、で今回のお祝いはそれぞれどちらが彼のパートナーである日車に気に入ってもらえるか勝負しているとのこと。しかも普通のギフトはもう他の人からもらうだろうと予想して別のものを用意したとのことだ。
まず一つ目の紙袋を開ければふんわりと森林を思わせる香りが鼻を掠める。有名スキンケアブランドのハンドソープとハンドクリーム、ボディークレンザーだった。このブランドは植物由来の成分を使用し、ダークブラウンの落ち着いたパッケージとウッディな香りが何よりの特徴。
「ほぉ……これは確かに……しかもすごいな、至れり尽くせり、というか……」
「な?すげぇだろ。お返しどうしよう、日車……」
送り主は二人が多忙かつ、時に自分を蔑ろにしてしまうだろうと予想していたらしい。悩みに悩んだ末、二人で使えるものをと、特にハンドクリームは互いに手を取って塗り込めばいい、と冗談半分で言われてはいはいと照れ隠しに短く返事をした。
自分では買わないから、嬉しいんだけどさぁ、と喜び半分、お返しの金額に頭を悩ませる日下部にまぁまぁ、と宥める。
このラインナップをチョイスした彼は長い黒髪にハーフアップ、切長の目と穏やかな笑みとのこと。彼から聞いた途端にこの俳優か。と芸能人に疎い日車でさえ察しがついた。確かに美意識の高そうな彼であればこの選び方は納得。
もう一つの袋を開けてみればこちらもまた別の香りが広がる。日本初の高級フレグランスブランドのスティックタイプのお香が5種類、ペーパーフレグランスが3種類、無垢の真鍮素材でできたお香立てとなっていた。こちらも香り系かと思えば日下部があー、んと、となにか言いたげにもじもじとしていた。
「……どうした、何かあったのか」
「これ、送ってくれたヤツから言われたんだけど……」
鈍感な日下部に教えてあげるよ、とトレーナーを呼び捨てにする白髪でサングラスの似合う碧眼の彼の言葉を思い出しながら伝える。
「えっと……まず袋に入ってるもの、それぞれが割り切れない数なんだとよ、お香と、紙の匂いのやつ、お香たて。……あとは、全部で九つだから永久の久と同じで二人がずっと一緒にいれるように、だとさ」
自分の言葉ではないのに、頭をかきながら恥ずかしそうに告げる彼の言葉を聞けば顔が火照り、鼓動が早くなるのを感じた。
「そ、そうか……そうなのか……」
「……で、どうですか。勝敗は」
贈り物に優劣はつけられないだろ、後日一緒にお返しを選んでくれ、と彼に告げた。
残りの贈り物は大きく二つに分かれていた。彼の職場のジムのスタッフ達からは料理好きな彼に高級な調味料、調理器具、お揃いの食器のセットなどが占めていた。
そしてもう一つはコーチとして通う道場や高校の剣道部内外の学生達からのものとなっていた。様々あったが気になる物が一つあった。駅ビルに入っている食器店の袋の中には桐の薄い箱が一つ、そしてノートが一冊入っていた。
先に薄い箱を開ければ、世間で言う夫婦箸がそこにはあった。だがどちらも同じ大きさ、色違いのもの。
「これは、どちらも男性用のサイズか?」
「あいつら、こんな洒落たやつ、どこで見つけてきたんだよ……」
コーチのためにみんなで探して割り勘したんで絶対大事に使ってくれよ!とピンク髪の男子学生から言われて渡されたことを思い出した。生徒達の健気な行動にじんわりと沁みていれば日車は紙袋に入っていたもう一つのものを取り出した。
「日下部、これは……ん?」
「あ、ちょっ!?」
表紙には虎のマークが油性ペンで描かれておりノートを開けば生徒の授業用のノートだった。彼は授業を真面目に聞いているのか、聞いていないのかたまに落書きがあったり、授業中にクラスの仲間とノートを回してやり取りをしているページもあった。誤って紛れ込んだのか?とパラパラとめくれば最後のページの手前の見開きのページにびっちりと寄せ書きがあった。
「日下部コーチ、同棲おめでとう……ッ!??」
「だぁぁぁ……ッ、見られた。これ、学生が書いたんだとよ……ったく、ほんとにどこから嗅ぎつけたんだあいつら……」
まじで、恥ずかった。でもすこし嬉しかった、とノートを一緒に眺める。この寄せ書きを考案したのはこのノートの持ち主らしく、どこからか日下部が同棲すると嗅ぎつけた女子生徒の話を聞いて3日前の朝から校内を走り回ったらしい。しかもプレゼントの箸を探すのに必死すぎて色紙を買うのに至らず、ノートで代用したとのことだ。
日下部はその高校の剣道部のコーチもしているがなぜか部外の生徒からも懐かれている。それは彼の人柄が、面倒見がいいからか。男子生徒達から筋トレの方法を聞かれ、女子生徒からはダイエットの方法を問い詰められているらしいと聞いていたが、まさかこんなに人気とは。
確かに、自分が学生時代で彼のようなコーチがいれば恋をしてしまうかもな、とふと考えるがそんな妄想は遠くに置いておこう。寄せ書きを見れば彼がどれだけ人気なのかがわかった。
[コーチが来てから部活に行くのがマジで楽しくなりました。新しい家から遠くなっても、遅刻しないで稽古来てくださいね!]
[教えてもらったお弁当のPFCバランス実践したら、3キロ痩せました!本当に感謝です!私がリバウンドしないようにこれからも監視してください!]
[いつも『サボるな』って言いながらたまに一緒にサボってくれる日下部コーチが最高です!指導に熱が入るのもいいですが、まずは彼氏さん優先にしてください笑]
[いつもめんどくさそうにするくせに、結局最後まで話聞いてくれるコーチがみんな大好きです!新しいお家でも彼氏さんに優しいコーチでいてくださいね♡]
「……おい、日下部コーチ。先程から気になっていたが…俺のことは、もしかして生徒達にバレてるのか?」
「あっ、いや、えっと…………」
はい、バレました、待ち受けで、ハイとしおしおと声が小さくなった。
「はぁ…待ち受け……変えようかなぁ」
「いや、もうバレてるんだからいいだろう。それとも新しい待ち受けでも増やすか?」
ほら、と清水からもらったギフトカタログを日車は開いていたページを日下部に見せる。
もらったギフトカタログは体験型のラインナップとなっていた。開けば自宅での体験、ものづくり、外での体験など多岐にわたる。
「陶芸、染め物、テラリウムに味噌づくり……なんだこれフライパン作りって、作れんのかよ」
「こっちも悪くないぞ、プライベートサウナ、旬のフルーツ狩り、キャンプ、サイクリングツアーに養殖場での魚に餌やり……」
「え、キャンプあるのか!?……いや、でも初キャンプは二人きりがいいし……」
説明文を見ればアウトドア体験、ものづくりは確定でスタッフが必ず常駐するらしい。当たり前か、と思えば彼は肩を落とした。カタログを捲れば気になるものを日車は見つけた。
「これはどうだ、夜の天体観測ツアー。君の意見を聞きたい」
関東圏の山奥での星空を眺めるツアー、標高が高く山に囲まれた場所での天体観測。近くに旅館があるため一泊二日となるが人気のコースらしい。現実的な彼にしてはロマンチックと思い、ビールをぐびっと飲み、ほろ酔いで彼に問う。
「なぜこれを選んだのでしょうか、日車先生?」
「質問を質問で返すな……っ、シンプルに街の明かりがないところで、二人で星を眺めたいと思っただけだ、暗いから多少そばに居ても誰も邪魔しないだろ……」
あら〜まぁまぁと冗談で言えば、先ほどつまみで開封したジャイアントコーンをわしっと掴み、黙らせるかのように無理やり口に詰め込まれた。バリボリと歯が砕けるような硬さと塩っけのある味を噛み締めていればまるでリスみたいだなと鼻で笑われる。
「……んぐっ、照れるなよ日車。これいいんじゃねえか?最近旅行とか行けてなかったし。ここからも遠すぎないからこれにするか」
ん、と短く返事をしてビールを流し込む日車だが、もし猫だったら耳を前に向けて、しっぽをぴんっと立てているような上機嫌さを伺える。
カタログについていたQRコードを読み込みツアーを予約した。スマートフォンの日車と使っている共有カレンダーアプリを立ち上げれば1ヶ月後の予定に天体観測ツアー、と登録した。
画面を閉じてリビングの壁にある二人の同棲のルールの張り紙の隣に近づく。最近買ったカレンダーにも同じくメモを残す。カレンダーには今後の予定が書かれている。これからどんどん彼との予定が増えるのだろうとちらり、ビールを流し込みながらつまみを食べるご機嫌な恋人を見れば心が満たされた。
彼の喜ぶ姿、笑顔が見ることができるのであれば、なんでもしてやると思う日下部であったのだ。