愛の巣の輪郭をなぞる
篤寛同棲シリーズ3話目
入居初日を乗り越え2日目、起きてから新居の部屋を2人で見て回ったり、買い物に行こうと身支度をする話。
今回新居の間取りが出てくるのですが図でXにこっそり投稿してます。アカウントの画像を辿れば見つかると思いますので気になる方は覗いていただけるとよりイメージがつきやすいかなと思います。
未読の方は1話目から読んで頂くのがおすすめです
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novel/series/15837950
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初めての寝心地の中、差し込む光が目覚まし代わりとなり、日車の顔を照らし、ぱちと目が覚ませば見慣れない天井だった。引っ越し作業のため普段は使わない筋肉の痛みを感じる体で新居の寝室で寝ていたことを思い出した。寝返りを打ち枕元のスマホの液晶をたんっと触れば時刻は6:45と表示されている。
……そうか、引っ越したのか。
新居での初めての朝。昨日は平日の金曜日、引っ越しと市役所の手続きを昨日中に終わらせておいてよかった、と自分の計画性とこのスケジュールについてきてくれた恋人に感謝をする。
小さないびきが聞こえたので隣に目をやると口を少しだけ開け、自分の二の腕と脚に日下部も絡ませ深く眠っていた。彼は寝相がとても悪く大体は枕とかけ布団が投げ出されているか、お利口にくっついて寝るかの2択だが大体は前者だ。だがしかし昨夜はようやく同棲できたことに本能が喜んでいるのか無意識にそうなっていたらしい。
引っ越しの時にお互いが持っている家具は1人用のものが多かったためほぼ処分した。処分の方法は不用品の売買や譲渡がアプリで完結するらしく、普段から利用してる日下部がやってくれた。それでも引取り手がいない場合はリユースショップへの買取や処分でどうにかした。
新居に持ってきた主な家具は日車所有のリビングで使えそうなキャメルカラーの木製の硝子扉のキャビネット、日下部が唯一家具でこだわっていたステンレス製のキッチン用の3段のラック。家電は冷蔵庫、洗濯機、炊飯器、電子レンジなど一旦は新居に持ち運び、暮らしてみて課題に気づいたら2人で話し合って買い換えることにした。
…このまま彼と寝ていてもいいが、起きるか。
むくり、と筋肉痛の体を起こす。隣でむにゃむにゃと寝ぼける彼の頭をくしゃっと撫で、立ち上がる。先述した通り家具はほぼ持ってきていない、では彼らが寝ているこれは何か?日下部が持っていたキャンプ時にテント内で使用するエアマットレス2個を隣り合わせにくっつけたもの、布団と枕はお互いが持ち寄ったサイズも色も違うちぐはぐなものを使っている。二人が身につけている寝巻きも同様、日車は淡いブルーのパジャマが上下に、日下部は上はグレーのスウェットに下は黒に白いラインが入ったスポーツ用のジャージだ。
寝室に隣接するリビングにひたひたと裸足で向かえばダンボールが積み重なり、がらんとしている。座る場所もテーブルもないから一旦これで、と昨夜日下部はアウトドア用のキャンプチェアとテーブルを組み立てて用意してくれた。まさか彼の趣味がこんなところで役立つとは。昨晩は2人でキャンプチェアに腰掛け、近くのチェーン店の弁当屋で購入した海苔弁当と唐揚げ弁当をテーブルに広げて食べた。新居に対して簡易的な家具、アンバランスな絵だが2人にとっては思い出となる入居初日となった。
寝起きの頭でうとうととしながらカウンターキッチンでケトルに水を入れ、お湯を沸かす。キッチンにもいくつか積まれた段ボールの中の〔食器 割れ物注意!〕と赤く書かれた段ボールからマグカップを2つ取り出しカフェラテを作る。一つは自分が今すぐ飲む用、もう一つは日下部が飲む用に、彼は冷めても飲むため今のうちに入れておく。沸騰したお湯をマグカップ内に用意したスティック状の封を切り、先に入れた粉にお湯を注げば湯気に絡みついてふんわりとした香りが広がる。
2人分のマグカップをもち、一つは昨日夕食を食べたテーブルに置き、チェアに腰掛け自分の分をふーっと覚まして飲み込む。
今日はどうするか、やりたいことは山ほどある。本来は目の前の荷解きと格闘しなければいけない、だが日車は己の欲と戦っていた、それは新居の家具選びについて。
彼は衣食住の優先度の中で住が群を抜いて一位に君臨している。そのため以前から同棲するなら自分がこだわった家具で揃えたいと考えていた。……もとより同棲が決まる前から新居にこういうのを置きたい、揃えたいと1人で妄想して、気になる家具やブランドはスマホの画像フォルダめいいっぱいに保存していたのは日下部には秘密だ。昨日は3階のこの部屋まで荷物を運び、その後は外に繰り出し手続きに追われていたため新居の部屋をゆっくりと確認できていない。改めて一度見てみるか、と立ち上がり、1人で見て回ることにした。メジャーで部屋の軽めの採寸と撮影もついでに行う。まずは玄関からだ。
玄関は白いドアに天井までの扉がある備え付けのシューズラックがある。全体として狭くはないが鍵や小物を置ける場所がないのでそのうち賃貸でも壁につけれる棚はすぐにではないがあったほうが便利だろう。スマホのメモアプリを開けば液晶画面をたぷたぷと人差し指の腹で滑らせ、そのうち買いたいものリストに打ち込む。
廊下は真っ直ぐ続いており、自分の部屋、隣には日下部の部屋、脱衣所、リビングへと続く扉がそれぞれある。廊下にはまだ靴を入れた段ボールがあるがそっと避けて自室に入る。
自室は事前にサイズを測って注文していた大きな棚がある。ここには法律実務書やポケットサイズの六法、判例集など仕事で使う資料を中心に置くことにした。他にも過去に対応した資料や弁護士会からの書類も丁寧にファイリングしているものもあるため並び順をゆくゆくは決めなくては。ここは自室、というよりも書斎と表現した方が適切だろう。デスクとチェアもすでに注文済み、届くのが楽しみだ。
資料と私服、仕事関連のものを詰めた段ボールが数個積み重なっているが一つの段ボールだけ奥に追いやる。これは、日下部にばれてはいけない。静かにしてるんだぞ、と話しかけるようにそうっとクローゼットに置いた段ボールから手を離すと、
「……おはよぉ、ひぐるま……ふぁ…」
「ッ!?お、おはよう、日下部」
なにしてんの?と腹をバリバリと掻きながら廊下で眠そうにあくびをしながら話しかけきた。
「昨日ゆっくり見れなかったから、一から部屋を見て回ろうと思ってな。昨日は忙しかったし、日下部はまだ寝ていてよかったのに」
「ん、そりゃ忙しかったのは日車もだろ、あとカフェラテありがとうな、入れてくれて」
リビングを通った際に用意していたのに気づいたらしい。寝起きの彼に頭を撫でられカフェラテを用意したお礼に軽くちゅ、と口付けられればあの飲み物の味がしたが、キスのせいか味がいつもより甘く感じた。
同棲をして2回目の口付け、一瞬ぼーっとしてしまったが先ほど隠した段ボールの存在には気づかれていないようでホッと胸を撫で下ろす。一緒に部屋を見て回るか?と聞くと寝癖がついた頭でコクっと頷きついてきた。
次は隣の日下部の部屋。ここにはもうすでにパンパンの段ボールと筋トレグッズ、キャンプや釣り用品などアウトドア用品が溢れている。先日の荷造りで全部持っていくとなってしまったため、既にこの部屋は悲鳴をあげている。
「……まぁここは棚を作る予定だしな」
「そうだな、落ち着いたらホームセンター行こう、ここから少し離れてるけどあるだろ、大型の」
少しだけ日下部の声のトーンが上がっている、早く例の収納棚を作りたいようだ。まるで犬だったら尻尾をぶんぶんと振っていそうな彼を宥め、トイレ、脱衣所、浴室を見て回る。
この3箇所は大きな特徴はないが白を基調としており清潔感がある。浴室は鏡が大きく、脱衣所の独立洗面所は通常と少し異なるデザイン性のある作りだ。ここには既に洗濯機を置いているがサイズが小さい。ゆくゆくは壊れたら買い替えがマスト。
脱衣所と寝室、リビングを繋ぐパントリーに足を踏み入れる。壁にあるボタンををぱちんっとつければ壁一面に収納棚が備え付けられている。パントリーとは日用品などを収納可能なスペースだ。ここを通れば寝室から浴室へ直行も可能、またリビングで日用品を取りに行きたい時はそこへ向かえばすぐに取り出せる。部屋の真ん中にこのスペース配置しており、とても便利だ。
真っ直ぐ進めば2人の寝室、ここはウォークインクローゼット付き、外にはベランダへ行ける大きな窓がある。寝室は先述した通りリビングと隣接している。スライド式の扉で仕切れるタイプで部屋を広く見せたかったり、来客がなければ開けっぱなし、部屋として仕切りたい時や夜寝る時は閉じることも可能だ。
寝室からベランダに2人で素足で出れば風がびゅうっと眠気を少し纏った体を起こすように撫でていく。手すりに寄りかかれば街が一望できるように感じる。THE 都会のタワマンの風景、というわけではないが高層ビルに切り取られない大きな空が見える、なんだか懐かしさを感じるような街並みだ。休みにも関わらず部活へ向かうジャージ姿の学生たち、飼い犬を散歩する年配の老夫婦、小さな子供を抱えて歩く母親。マンションや一軒家が建ち並び、昭和から営業しているような揚げ物屋や個人経営のスーパー。遠くから電車の音ががたん、がたん…と聞こえ人々の営みを感じ取れる。朝だからまだ寒いな、ほら、といつのまにか薄いブランケットを日下部が持ってきてくれたようだ。2人で肩にかけてぼーっと眺めているとぽつり、と呟いた。
「……ベランダでさ、野菜育てたくね?日車」
「…っふふ、どうした急に」
「なんか小学生の頃、あったじゃん?生活の授業とかでさ。学校で野菜育てたり、花育てたりとか。結構いいなーって思ってて…」
なんか俺らしくないな、忘れてくれ、と肩をすくめて恥ずかしそうにしていた。小さな夢を語る彼の背中を押してやりたくなった。
「ありだと思う。収穫したての野菜で美味い料理を振る舞ってくれるんだろ、日下部?」
そうであれば俺は観葉植物でも育てるか、と手すりに肘をついて彼の顔を見れば嬉しそうにほんのり口元が緩んでいた。今月のどこかはホームセンター行きが確定しそうだ。
肩にかけてもらい2人でくるまっていたブランケットを畳みながらリビングに戻る。先ほど入れたカフェラテは既に冷めてしまったが体に流し込む。このリビングは部屋の中で一番大きい。この賃貸はトイレ、浴室、脱衣所、収納関連のスペース以外ほぼ全てウォールナットの床材だ。暗いが温もりのある茶系の木材、壁はベージュ。カウンターキッチンがあり、キッチン部分のみ壁には白に黒線のタイル、IHコンロが二つついており、コンロからシンクはシルバーのステンレス製で覆われている。この部屋ももちろん、段ボールが積み重なっており、早く俺たちをここから出してくれ、と圧をかけられているように感じる。
目線を逸らせば日下部が持ってきたステンレス製のキッチン用の棚と、自分が持ってきたキャメルカラーのキャビネットが夫婦のように隣り合わせで並んでいる。ここも荷解きしながら物を並べなければ、と今後のやることを考えていたら眉間に皺を寄せながらしかめ面で考えてると恋人から声をかけられる。
「で、今日はどうしますか?日車先生。間取りも一通り見終わったし」
「そうだな、もう家具を買いに行こうかと考えていた。一部注文になるものもあると思うがその期間中は届くまで無理のない範囲で荷解きを進めようと思う、それでいいか?」
流石、ついて行きますよ先生、と柔らかい髪をくしゃ、と撫でられれば心地よさで目を閉じてしまう。彼が自分のことを先生とふざけて呼ぶ時は愛おしくて、気分が良くて、ちょっぴり恥ずかしくてふざけたくて、そんな時だ。
恥ずかしさを誤魔化すためにスマホに目をやれば時刻は7:58を示していた。目当ての店に行くため身支度を始める。
2人で独立洗面所で肩を並べて準備をする。恋人は隣でしゃこしゃこと歯を磨いている。彼は歯の磨き方は適当なのに謎に虫歯がない、なんなのだ、飴まで舐めているのに、こちらはフロスまでしているが、と日車は彼の健康さを時に妬ましく思う。その一方で俯瞰してみればタッパのでかい男2人、並んで身支度を整えるなんて。付き合った始めの頃の自分はまさかこんな風になるなんて夢にも思っていなかった。愛しい人と同じ屋根の下に暮らし、同じ息を吸い、吐く。前世でどんな徳を積んだのだろうか。心の中で幸せを噛み締めながら先に髪をセットし服を選びに先に脱衣所を出る。
自室に置いていた段ボールから私服を取り出す。上はネイビーのポロシャツ、下はグレーのスラックス、どちらも自分でお気に入りのセレクトショップで購入したもの。服は詳しい、というわけではないが私服で身につけるものは品質の良いものを、カジュアル過ぎず、フォーマル過ぎない程よいこのブランドを気に入っていた。
まだ姿見がないため、着替え後に浴室の鏡でチェックすることにした。先ほど歯を磨いていた脱衣所に彼はおらず、廊下を通った時に自分の部屋であれどこだ、ヤバい、見つからねえと1人コントをしている声が聞こえたが…そっとしておこう。
まぁ、これなら彼と買い物に行っても問題ないだろう、と納得していると騒がしく恋人がやってきた。ブラウンのインナーのTシャツにスモーキーなブラックのカジュアルシャツ、下はブラックの少し緩めのパンツ。ぱっと見シンプルな格好だが実は全て自分が気に入ってるセレクトショップで彼に見繕ったものだ。初めはこんな高いのはちょっと、と躊躇していた彼だが彼の好きなアウトドアブランドとコラボをしており、それを知った途端にやっぱり、ホシイデス。と態度をころっと変えたのは今でも思い出すたびに口元が緩んでしまう。
「まぁ、今日はこれでいいか」
「そうだな。荷物を準備したら出発しよう」
「……って行き先って決まってんの?」
ん、ここと、ここだな。とスマホのマップアプリを開きリボンマークをタップ、お気に入りの項目を押せばお目当てのインテリアショップがブックマークされていた。画面を覗き込むように日下部も日車に寄りかかる。
「ここは……渋谷だな、この店でどうしても家具を見たい、あとはここも、これもだな」
「なるほどねぇ、あ、この店なら雑誌で見たことあるわ」
「奇遇だな、後でのぞいてみるか」
2人で目的地の擦り合わせを終えれば荷物を用意して玄関へ向かう。靴を履き終え、ドアノブに手をかけながら手を差し出される。
「んじゃ行くか、ほら」
「…朝からどうした、まだ早いぞ」
「ばっ……ちげぇよ、人目あるところまで、こっそり手ぇ繋いで行きませんかって誘ってんの」
言わせんなよ、恥ずかしいとぼそっと呟き、顔をこちらに見えないよう背けている彼の耳はほんのり赤みを帯びていた。
「……いいだろう。エスコートしてくれるか?日下部」
彼の手をとり、じんわりとした手汗と温もりを感じとる。
がちゃりと扉を開け、外に出れば2人の新生活を祝福するような、5月の穏やかな日差しを浴びながら澄んだ空気を肺へ送り込む。2人の1日は始まったばかりであった。