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素直な指先/Novel by かぼちゃ

素直な指先

3,681 character(s)7 mins

日車さんが呪術師になってる世界線。任務で下手打って声が出せなくなった日車さんのお話。日下部さんが叱ったり宥めたり。アラフォーのアオハルです。
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「はあ?日車の声が出なくなった?なんで?」
 任務を終え高専に帰ってきて早々、焦ったように後ろから声を掛けてきた伊地知からそんなことを報告され、思わず咥えていた飴を嚙み砕いてしまった。
「日車さんは今日の任務で回収した呪具の影響を受けてしまったようです。どうも対呪言師に特化した呪具だったようで…」
「ああ、それで声か。んで、解呪方法は?」
「今回の呪具には対になるものが存在していて、それを使用すれば解呪は可能のようです。ですが……」
 伊地知の歯切れの悪い答えに片眉を跳ね上げ、その後の答えを急かす。
「その対の呪具の所在が不明なんです。高専の記録では加茂家に収蔵されれているということだったのですが、確認したところどうやらいずれかのタイミングで持ち出されていたらしく…。呪言師に特化した呪具ということですので、狗巻君にお願いして何か手掛かりとなる資料などないか確認して頂いてはいるのですが、今のところ有力な情報はまだ見つかっていないとのことです」
 申し訳なさそうに俺を見てくる伊地知にひらひらと手を振り、「謝らなくていい」と意思表示をする。実際、伊地知が謝罪する必要などないことだ。
「なるほどなァ…。他に解呪条件は?あんのか?」
「残念ながら…。しかし見つからないということは無いと思います。手はいくらでもありますから。可能な限り早期に発見しますのでそこはお任せください。それよりも、日下部さんに折り入ってお願いしたいことがありまして…」
 言い難そうに俺の顔を窺ってくる伊地知の様子になんとなくの事情は察した。はあ~~と深い溜息を吐きながらガシガシと頭を掻き、「分かったよ」と返す。
「大方任務から外そうとしても俺が行く、の一点張りなんだろ?」
 ほぼ確信の推測に伊地知は大きく頷いて「そうなんです」と困り果てた声を出した。
「声が出ない日車さんを任務に就かせるわけにはいきません。日車さんの術式は言葉というのが非常に重要な要素ですから。ガベルでの直接的な戦闘は可能とはいえ、勝率の降下は避けられません。それは即ち負傷や最悪命を落とす結果に繋がりかねないのは日車さんも十分理解していらっしゃると思うのですが…」
「あ~いいいい。アイツの方は俺がなんとかすっから、伊地知は呪具の方頼むわ。……最悪冥冥に金積みゃなんとかなんだろ。できればその前に見つかってほしいが…」
 最終手段としてその手も使えと暗に指示し、ひらりと手を振って伊地知に背を向ける。
「承知しました。あっ、日下部さん!日車さんですが―――」
 さっさと歩きだした俺に日車の居場所を伝えようとしたのだろう。俺を呼び止めようとした伊地知に首だけで振り返り、「知ってる」と人差し指で天井を指さした。
「しばらく屋上立入禁止な」
 お手柔らかにお願いしますね、という伊地知にニッと片頬だけで笑ってやり、手のかかる恋人の元へと大股で足を踏み出した。


 ガチャリと屋上のドアを開けた途端、ビュウッと強く吹き付けてきた風に顔を顰める。思いの外風が強いと思いつつそのまま見晴らしのいいフェンスの方ではなく、貯水タンクが設置されている一角に向かって歩いていく。回り込んでその裏側をひょいと覗き込めば、そこには長い足を折りたたんで膝を抱えたスーツ姿の日車がいた。
「かくれんぼか?」
 応えはない。声が出せないから当然だが、例え声が出たとしても返事は返ってこなかっただろう。つまり、今コイツはご機嫌ナナメで盛大に拗ねているのだ。
 俺が今いるところからは完全な表情は窺えないが、膝を抱えた腕に乗せられている顔は確実にぶすくれているはずだ。
 このままここから声を掛け続けたところで無視されて終わる。正面に回り込み、思った通りぶすくれた顔で地面を睨みつけている日車の前にドカッと腰を下ろした。
「声、出ねえんだって?」
「………」
「声以外は無傷なんだろ?声が出せなくても他に返事のしようはあんだから横着すんな。三十六歳のおっさんが拗ねるとか端から見たらなかなかイタいぞ?分かってやってんのか?」
 わざと揶揄するように言ってやれば、それまでずっと地面を睨みつけていた三白眼の目だけが俺の方を向いた。キレている。
「お前、任務外されんのが嫌だってごねてんだって?どうせお前のことだから自分が抜ければ他に負担が、とか思ってんだろ?そうだよ。大損害だ。けど、その状況を招いたのはお前だろ?お前の油断がそうさせてんだ。それを俺や伊地知に当たんのは違ぇだろ」
 感情的にはならず淡々と事実だけを述べてやると、日車は何か言い返そうと口を開いたものの、それが音にならないことを思い出し、悔しそうに唇を嚙んだ。
「声が出ねえ、思ったことを伝えられねえってのはすげえストレスだよな。俺も経験が無いわけじゃねえからそれは分かる。そういう中で任務に就いたらどうなるかもな。良くて負傷、悪けりゃお陀仏だ。俺たちのやってることは万全の状態で挑んだとしても、ほんのちょっと判断を誤っただけで即、死に繋がるってのはお前ももう十二分に理解できてるよな?今の自分が戦力外ってのはお前自身よく分かってるはずだろ。それでなんでそんな頑なになってんの、お前は」
 そう淡々と聞きつつも、俺は日車がこうも頑なになっている理由を知っている。
 コイツは下手を打った自分自身に対して罰を与えようとしているのだ。一級呪術師である自分が任務から離脱すればそのしわ寄せが虎杖たち学生に行くことを回避したいというのは当然あるとして、その裏にこういう状況を招いた自分への罰として任務へ行こうとしている。それによって負傷することも恐らく死ぬことも致し方なし、と。つまるところ、自傷行為だ。それを無意識にではなく意識的にやろうとしているのがタチが悪い。
(いつになったら分かってくれんのかね……)
 お前の身体や心が傷ついたりする度に、俺も傷ついていることに。
 さっきまでの日車と同じように視線を地面に落として無言でいると、シャツの袖口をツイ、と引っ張られる感覚がした。顔を上げれば、そこにはぶすくれ顔ではなく、眉をハの字にさせて俺を窺ってくる日車がいた。
「何?」
 そう聞いた俺に日車はまたシャツの袖口を引っ張る。
「手?手出せって言ってんのか?」
 それに日車が頷くのを見て、引っ張られていた左手を日車に向かって差し出す。
「ほら、これでいいか?」
 手の甲を上にして差し出せば、ひやりとした手に掬い取られ、手のひらが上に向くように変えられた。そしてその手のひらに人差し指で何かを綴っていく。微妙なこそばゆさに耐えながら、手のひらの上を滑る指の動きに集中する。
「い…じ、ち…に、あ…や…ま…る、伊地知に謝る、か?」
 聞けばこくり、と頷いた。どうやら考えを改めてくれたらしい。正直もっと手こずると思っていたから意外だったが、翻意が早いに越したことは無いし、文句などあるわけもない。
「そうしてやれ。謝るってことは任務外れるのは受け入れるっつーことだよな?」
また頷く。
「分かった。ありがとな」
 安心して表情を緩めれば、日車は首を横に振り、また俺の手のひらに指を滑らせ始めた。
「わ、る…か…っ、た―――悪かった、ね。そう思ってくれるならもう無茶なことしようとすんなよ。俺の寿命が縮む」
 右腕を伸ばし、風で若干乱れた髪をわしゃわしゃと掻き混ぜてそう言ってやれば、YESともNOとも判別がつき難い物凄く微妙な感じで頷かれた。
「そこははっきりうんって頷いとけよ。―――ったく。ああそうだ。一応言っとくが、任務でこき使えねえ分事務方の仕事は手伝ってもらうからな。そのつもりでいろよ」
 今度はハッキリ頷いて返してきた。仕事を押し付けられて嬉しそうにするのがコイツらしい。
「んじゃ、明日からのお前の仕事は伊地知に謝りついでに確認しとけ。けど、その前に―――三日ぶりに任務から帰って来た彼氏に言うべきことがあるだろ?」
 メモ帳代わりに使ってくれた手のひらを改めて差し出しそう言ってやると、日車は俺の手のひらと俺の顔を何度か見比べた後、その骨ばった人差し指を手のひらに触れさせた。
(お疲れ様か、おかえりか…)
 予想を立ててその指先を注視していたのだが、その一文字目は「お」ではなかった。予想が外れ「あれ?」と思ったのも束の間。ゆっくりと大きく掌の上を辿る指が何を綴っているのかに気付き、目を見張る。

『す』

『き』

『だ』

 お疲れ様でも、おかえりでもなく、『好きだ』。

 指の余韻が残る手のひらから顔を上げれば、首が捻じれんじゃないかというくらい顔を逸らした日車の真っ赤な耳が目に飛び込んできた。それを見て、つられるように顔に血がのぼる。顔が熱い。
 襲い来るあらゆる感情が溢れ出ないよう両手で顔を覆い、天井のない空に向かって呻くように呟いた。

「お前、それは反則だろ…」

 しばらくここから離れることはできなさそうだ。




Comments

  • いくら
    Apr 22nd
  • 茶々尾
    Apr 22nd
  • ミッキー
    Apr 22nd
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