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強情な指先/Novel by かぼちゃ

強情な指先

5,706 character(s)11 mins

「素直な指先」(novel/27873866)のその後。今回は日車さん視点です。前回のもだもだアオハル感とは違う、色んな意味でヒリついた篤寛をお楽しみ下さい。
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「日車さん、今日はもうこの辺で終わりにして下さい」
 キーボードを叩いていた指を止め、パソコン画面の右下に表示されている時刻表示に視線を滑らせて軽く首を傾げる。その俺の仕草を見て、伊地知が言葉の意図を説明してくれた。
「ええ、いつもより早いですよね。ですがこの数日、日車さんにお手伝い頂いたお陰で溜まりに溜まっていた事務書類はこの通り、この書類ケースの中に残っているだけになりました。あとは本来の事務職員だけで大丈夫ですので、日車さんは退勤して下さい」
 ニコニコと人好きのする柔和な顔でそう言う伊地知に合わせるように、事務所内にいる他の事務職員や補助監督も頷きながら俺を見てくる。
 時刻は16:10。二時間も早く上がったところで特にすることがあるわけではない。パソコン脇に置いてあったメモ帳を引き寄せ、そこにその旨を書いていると、覗き込んできた伊地知がメモの空いている箇所に何かを書き込み始めた。
 下手を打って声が出なくなった俺とは違い、伊地知は話せるのだから筆談の必要はないだろうに、と目で訴えたのだが、伊地知は文字を書きながら人差し指を口元に翳し、今まで紙の上で滑らせていたボールペンを小さくトントン、と鳴らした。誘導されてそこに視線を落とし、目を見張る。
『日下部さんが緊急任務で17時にここを発ちます』
 顔を上げ、どういうことだと目で問う。
 日下部は昨日の朝関西の方に任務で出て、今日の昼過ぎに戻ってきたばかりだ。次の任務は明後日の午後からで、それまでは高専で溜まった学長代理の仕事をすると言っていた。
 それなのに帰ってきて早々また任務とは…。
 昼過ぎに帰ってきた日下部には疲労の色が見え、せめて仮眠を取れと俺が仮眠室に押し込んだのは確か14時過ぎだった。それからまだ二時間しか経っていない。
 ペンを取り、先程よりも粗い字で『どういうことだ』と書き殴れば、伊地知は困ったように「上からの指示です」とだけ答えた。その答えに言葉通りではない含みのようなものを感じ取り、これ以上伊地知を問い詰めるのはやめた。
(本人に聞けばいい)
 その為に、伊地知が便宜を図ってくれたのだろう。俺の為―――というより、日下部の為に。
 データを保存し、パソコンの電源を落として椅子から立ち上がる。隣の椅子の背にかけていたスーツの上着を腕にかけ、伊地知と他の職員に軽く頭を下げて事務室を出た。
 向かう先は仮眠室ではなく、学長室だ。


 ドンドンドン、と乱暴にドアを叩き、入室の許可より前に学長室、というプレートの掲げられたドアを開けた。そこにはやはり、すっかり任務に向かう準備が整った日下部の姿があった。
「なに。どうしたよ、ンな怖えー顔して……って、ちょっ、なになになに?!何で脱がしてんの?!」
 いつものように飄々とした風を装いながらも、ドアを開けた俺を見た日下部がほんの一瞬、マズい、という顔をしたのを見逃さなかった。ドアを乱暴に閉め、なになにととぼける日下部のトレンチコートに手をかけ、ガバッと一気にひん剥く。日下部の意識がコートに向いた隙をついて本当の目的である刀に手を伸ばし、掴んだ――と思った瞬間、刀が消え、手は空を掴んだ。
「っぶね、流石にこれは渡せねえよ」
 日下部の手の中にある刀を苦々しく見ながら舌を打ち、デスクの上にあった適当なメモ帳に苛立ちを書き殴った。
『なぜ君が』
 メモ帳を日下部の眼前に突き出せば、日下部は特に驚きもせず、ただ「あーあ」と溜息を吐いた。
「こっそり行こうと思ってたのに何でバレるかね?つーか伊地知か?いらんことしてくれちゃっ―――って、おい!ガベル投げんな!バカ!任務行く前に怪我さすんじゃねえ!」
 怪我程度で済ますつもりは無い。任務に向かうには不適格、というくらいボコボコにするつもりでいる。ガベルを巨大化させた俺を見て日下部もそれを悟り、一瞬で空気を変えた。
「日車、やめろ。それを振り下ろしたら流石に俺もこれを抜くぞ」
 刀に手をかけ、抜刀の構えを取る日下部にますます苛立ちが募る。そこまでして、任務に行こうとすることに。
 否、正しくは本来俺に下りるはずだった任務に行こうとしている日下部に。
 上層部には罪を暴き罰を与える術式を持った俺のことを脅威に感じている者も少なくないようで、あわよくば任務中に死んでくれれば、と無茶な任務を押し付けられることは珍しくない。
 ただ、その見え見えの意図は学長代理の日下部にも伝わっており、何かと理由をつけて複数人での任務に変更したり、緊急性を要さない場合は先送りにしたりと手を回してくれていたのは知っている。
 十中八九今回もその類のはずだ。上層部は今の俺の状況を知っている。その上で俺に行かせろと命令を下したということはそういうことだ。当然、日下部は俺に行けとは言わない。
 一級術師の代わりになれる人間は限られている。確か今は伏黒以外任務で出払っているはずだ。では伏黒に、と言いたいところだが、そうもいかない理由がある。高専内に一級相当の術師がいない状況は防衛面から避けなければいけない。呪詛師による襲撃等の可能性はゼロではないからだ。加えて伏黒は宿儺戦の経緯から単独での任務は許されていない。つまり、俺が行くか、日下部が行くかしかなかったわけだ。
 そして日下部は自分が行くことを選んだ。
 腹が立ってどうしようもない。上層部にでも日下部にでもなく、日下部にそんな選択をさせる状況を作った俺自身に。
 一級術師に任務命令が下るということは相応に強い呪霊か呪詛師が相手ということだ。ただでさえ気が抜けない任務だというのに、日下部はろくな休息も取れていない。それは即ち受傷や死のリスクが高まるということ。
 日下部の力量を侮っているわけではないが、胸騒ぎがして仕方がない。絶対に日下部を一人で行かすわけにはいかない。
 振り下ろすな、と言われたガベルを持つ手に力を込める。それを察した日下部が舌打ちをして体勢を低くしたと同時にガベルの形状を鞭に変化させ、日下部に巻き付けて動きを封じた。ガベルをこういった風に使ったことは無かったから流石の日下部も対応できなかったようだ。
 日下部の拘束は解かないまま、憮然とした顔で座り込んでいる日下部から刀を取り上げ、その正面に同じように腰を下ろした。
「ガベル、あんな使い方もできんなら事前に教えとけよな」
 下唇を突き出して文句を言う日下部に首を振り、メモの新しいページに『初めてやってみた』と書いて見せた。
「初めて?あの状況でぶっつけ本番でやってみたってことか?」
 驚きを隠さずそう聞いてきた日下部に頷いて答える。
「マジかよ…お前を前にすると積み上げた経験とは…って虚無顔になるわ」
 そんな事を口にした日下部に目を見開き、ブンブンと首を横に振る。
『経験を積み、培われた技術に勝るものなどない』
『君なら今の俺のような状況を招いたりしない』
 走り書いたそれを日下部に見せれば、ハア…と溜息を吐いて「ガベル、外せ」と言われた。
 それにも首を横に振る。
『君を一人で行かせたくない』
「行かせたくないっつっても俺しか行ける奴いねえんだからしょうがねえんだって。ンな心配すんな。いつも通り命最優先で帰ってくっから」
『君が強いのは分かっている。だが、今回はいやな感じがする』
『元々、俺に当てられた任務だろう?必要な情報が隠されている可能性がある』
 日下部の表情が険しくなる。余計なことに気付かれたようだが仕方がない。
「隠された情報…?まさか今までのお前の任務でそんなことがあったのか?現場行ったら聞いてた内容と違ってたとか?」
 曖昧に頷けば唾が飛ぶ勢いで「馬鹿野郎!!」と怒鳴られた。
「何で今まで言わなかった!報告書にもそんなこと一切上げてなかっただろうが!一回だけじゃねえよな?今まで何回あったか言え!」
 何回かと言われてもいちいち数えていない。正直に『覚えていない』と書いて見せれば「覚えてないくらいあったってことだよな?!」とまた怒鳴られた。
『だから、一人で行くなと言っている』
「つってもいねえんだって。そりゃ単独より複数の方がいいのは分かってる。けど現実問題いねえもんはしゃーねえだろ。行ってみたら特級案件でした、ってオチじゃねえのを期待するしか―――あ?何?」
『いるだろ』
「伏黒のことか?アイツが抜けたら高専の防衛がゼロになるから……分かってる?じゃあ他に誰がいんだよ?」
『ここにいる』
 自分を指差して教えてやれば、聞いて損した、と言わんばかりの顔で「却下」と言われた。
『なぜ』
 唇の動きでそう訴えれば、「分かってるだろ?」と睨まれた。
「この間それは話し合ってお前も理解したはずだろ。声が出ないお前は呪術師として半人前だ。お前の話でこの任務が特級案件になるかもしれねえ可能性があるなら尚更行かせるわけにはいかねえよ。もう話は終わりだ。これ外して刀返せ。17時にはここ出なきゃなんねえんだよ」
 聞き分けろ、という日下部にカッとなり、メモ帳に『それはきみのほうだ!』と書いて投げつけた。
 日下部がそれに目を向けたのを確認してすぐにそれを奪い返し、また書き殴ってもう一度投げつけてやった。
『おれは一人で行くなと言っている!おれが一人で行くとも言っていない!おれをつれていけ!半人前でも、いないよりマシなはずだ!』
 声という形で感情を発露できない分、代わりに涙という形で溢れてしまうのを止められない。声が出ないというのは本当に厄介だ。子供の癇癪のようでみっともない、と唇を噛んで床を睨みつけていると、もうすっかり聞き馴染んでしまった日下部の溜息と共に「日車」と名前を呼ばれた。顔は上げない。
「オイ、無視すんなって」
 反応を返さずにいると座ったままの体勢から足を蹴られた。足癖の悪さを視線で咎めれば、ガベルに拘束された格好のままヒョイと肩を竦めて見せてきた。
「話はちゃんと目を合せてが基本だろ。とりあえず、いい加減これ外せ。お前の言い分は分かったから」
『具体的に』
 メモを見せればいつもの《面倒臭え顔》で俺を見返した後、溜息交じりに「連れてくよ」と言った。
「連れてくよ、お前を。お前の隠し事がマジなら確かに、特級案件って可能性も否定できねえ。1で行くより1.5で臨んだ方が勝率も生存率も上がるのはその通りだし理に適ってる。俺個人としては俺一人でもなんとかしてえっつーのが本音だし、やろうと思えばできるだろとも思ってるが……どうせお前は許さねえんだろ?」
 問いというより確認に近いそれにはっきりと頷けば、日下部は諦めたように「だよな」と片頬だけを引き攣らせて笑った。
「そういうことだ。ほら、解放解放」
 解放を要求してまた蹴ってこようとする足を手のひらで叩き落とし、日下部を拘束していたガベルを消せば、自由になった日下部は身なりを整えるよりも先に刀を手に取り、腰に差した。
 仕方がなかったとはいえ、日下部の命を守る刀を雑に扱ったのを謝罪すべきかと考えていると、伸びてきた腕にグイ、と引き寄せられ日下部の腕の中に抱き込まれた。
「お前、声出なくなったらその分感情が強く出んのな。それはそれでいいとは思うが、泣かれんのはちっと堪えるわ」
 あの癇癪のことを言われたバツの悪さに顔を顰めつつ、そろそろと日下部の背中に腕を回し、その逞しい背中に指を滑らせた。
『きみが』
「き、み、が?」
『なかせた』
「な、か…せ……、君が泣かせた、ね。まあそうなんだけどよ…って、イテッ!抓んなよ!」
 素直に謝らない不誠実さを責めてやり、上がった悲鳴に溜飲を下げる。
 肩口に顔を埋めてハ、と息を吐き、背中に回した両腕に力を込めれば、俺を抱く日下部の腕の力も強くなる。
「感情表現多めなお前もいいけど、やっぱ俺は喋ってるお前が好きだわ。あ~~、お前の声、聞きてえなァ」
 俺を抱き締めたまま身体をゆらゆらと左右に揺らす日下部にされるがままになりながら、ふふ、と息だけで笑いをこぼす。背中をトントン、と指で叩き、書くぞ、の合図を送ってからまた指を滑らせる。
『おれも』
「お、れ、も」
『きみとはなしたい』
「き、みと、は…な、し…な?…い……俺も君とはなし…話したい、か―――そうだな。……なあ、声戻ったらさ、セックスしようぜ」
 セックス…そういえば俺の声が出なくなってからしていない。するり、と手のひらで背中を擦り、応える。
『にんむがおわったら』
 声が戻るのを待たなくても、この任務が終わったらすればいい。というか、したい。そう指で伝えれば、日下部は「う~~~ん…」と煮え切らない唸り声を上げた。
「いや、してえよ?めっちゃお前のこと抱きてえけど、声出ないままシたらなんつーか…無理矢理っぽいっちゅーか…ぜってえ可哀想になると思うんだよな」
 顔は見えないが、たぶん苦虫を噛み潰したような表情で言っているんだろうというのが伝わってくる。自分の欲よりも俺を優先するその優しさにキュウ、と甘く胸が鳴った。
「だからさ、まずは今日の任務、二人で生きて帰るぞ。ンで、冥冥に大金払って解呪の呪具速攻で回収させて、それからぶっ飛ぶくれー気持ちイイセックスしようぜ」
 他人がこの発言を聞いたら最低だというかもしれないが、俺にとっては最高の提案だ。
 抱き締め合ったまま互いの顔が見えるくらいの距離を取り、ゆっくりと口を動かす。
『きみを、まもる』
「君を守る、ね。俺の彼氏、男前で最高だわ~」
 そう言って不敵に笑う君こそ、最高にかっこいい。
「そんじゃ、誓いのキスでもかましときますか?」
 ああ、それもいい。
 了承を伝える為に瞬きをゆっくりひとつ。
 それから君がキスしやすいように少しだけ首を傾けて瞼を下ろせば、一秒も待たず、野蛮で情熱的な唇が食らいついてきた。



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