セルフを育てて、エゴを消す|森政弘さん 読み込まれました
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セルフを育てて、エゴを消す|森政弘さん

セルフを育てて、エゴを消す|森政弘さん

――制御工学がご専門の森先生ですが、仏教とのご縁はいつからあったのですか。

もともと、仏縁のある家庭に生まれました。先祖に浄土真宗の篤信者がいたり僧侶とおぼしき戒名の者がいたりします。小学生の時は、自宅にお経を誦(よ)みに来るお坊さんの後ろに座り、『正信念仏偈』や『阿弥陀経』も耳にしていたんです。「きっとお経は深い意味をもっているだろうな」と感じていましたので、チャンスがあれば勉強したいと思っていました。いよいよ本格的に仏教を学ぼうと考えて、「自在研究所」という会社組織を立ち上げることにしました。

――名称から想像して、自在にテーマを研究する場所だったのですか?

「自在」という言葉は仏教語ですが、そのことは後になって知りました。「自由研究所」の名で始めたのですが、当時は学園紛争が盛んで、「自由」という言葉が汚れて聞こえました 。そこで仲間だった工業デザイナーの榮久庵憲司さんが、「自由自在という言葉があるから、自在にしよう」ということで「自在」になったんです。

――仏教語の自在から命名されたのではなかったのですね。

そうなんです。忘年会の季節になって、ただお酒飲んで騒いでいるだけではつまらないからということで、現在、静岡県三島にある龍澤寺専門道場師家(しけ)の後藤榮山老大師のご自坊に参上して、 「坐禅」をしました。坐禅が終わると老師から、「お前たちは自在、自在といっているけれども、あれは大事な仏教語だ」と教えて頂き、そのことが「自在」について本格的に考える契機となったわけです。

――実際に自在研究所ではどんなことを学ばれたんですか?

経典の講読を中心にした仏教研究です。内容はかなり専門的で、最初は仏教学者・平川彰先が訳注された『大乗起信論』(大蔵出版刊)を読みました。ですが、メンバーは科学技術者ばかりですから 、理解に悩む人が出てきました。それまでは後藤榮山老大師を招いていましたが、もっと積極的に学んでみようと、毎月1回、老大師のお寺に出向くようになったんです。

最初は『華厳経』で、実叉難陀が訳した八十華厳の「十地品」。それから再び『大乗起信論』をやって、その後、『八宗綱要』『法華経』『唯識論』をやりました。仏教ではありませんが、江戸中期の思想家で陰陽論を唱えた三浦梅園の書籍についても勉強したりしましたね。

――幅広く勉強をされていますね。森先生のなかでその後、大事にしていくことになる教えなどはありましたか。

この時、僕が大事にした言葉は道元禅師の「佛道をならふといふは、自己をならふなり。自己をならふというは、自己をわするるなり」(『正法眼蔵』「現成公案」巻)でした。「自分が消えてしまえばいい」という道元禅師の言葉にピンときて、一生懸命仏教を学んできました。これは仏教の核心と言えますね。

――そこに森先生が気づきを得られたのは、それを理論的に正しいとお考えになったからでしょうか。

そういうロジックに収まるようなものではなく、“直観”でした。弱いけれど、智慧(=般若)が働いたということでしょう。ほかにも、道元禅師のお言葉 に“直観”が働いた例としては、「地に因りて倒るる者、……必ず地に因りて起つ」(『正法眼蔵』「恁麼」巻)があります。私の教え子の一人がこのお言葉に閃いて、本田技研工業株式会社(ホンダ)の「ASIMO」は二足歩行ロボットとして成功したんですよ!

――仏教の祖師方のお言葉が、現代の科学の発展に役立っている。大変興味深いです。

信仰としての仏教は、はじめに悩みがあって、仏道修行の指導を受けて信心を深めて、悩みを解決していくというものが多いでしょう。ですが、僕の場合は哲学的な観点から仏教に入り、「これは面白いぞ」と思って深めていったので、 本物じゃないのかもしれません(笑)

――人生にも科学にも通じる仏教の奥深さが垣間見え、どちらも本物だと思えます。自在研究所では哲学的な面白みを追及されたのですか?

そうですね。特に、『大乗起信論』は哲学的に整然と教えが整理されているんです。

――簡単にご説明いただけますでしょうか。

大変難解な論書ではあるのですが、実は5つの章で明確に構成されています。

その5つとは、一心(一つの心=衆生心=真如(しんにょ) のこと)、二門(衆生心には本質としての心真如門と、現象としての心生滅門がある)、三大(衆生心には大いなる本体・姿・はたらきがある)、四信(真如と仏・法・僧の四つを信じること)、五行(布施・持戒・忍辱・精進・止観=禅定の五つの行を修めること)です。

――それぞれの経典や論に説かれる仏教哲学を大事にして学んでこられたのですね。

そうです。ただし、宗教においては、テキストに明示されていないところに真の教えが隠れているというのが、重要な哲学的視点なのです。

たとえば、明治時代に活躍された浄土真宗本願寺派の僧侶・島地黙雷氏は 、『大乗起信論』の最後には「南無阿弥陀仏」を意味する「六字名号」が隠されていると考えました。

――なるほど。そのことを、どのように捉えたら良いでしょうか?

音楽学者の皆川達夫さんという有名な方は、キリスト教音楽では休止と音符の数が3対1の比率で構成されていることが非常に大事なことだと言っておられます。

隠されている教えが何であるかを考えることももちろん重要ではありますが、それよりも、なぜ隠されているのかを考えてみることが大切です。

――経典も譜面も、あえて簡単に核心を明かさないのですね。そう言われてみますと、仏典にもお釈迦さまが弟子に自力で考えさせる問答をされることがありますね。

生活に困窮している貧しい友の助けになればと、いざという時のために高価な宝石を衣服の裏に縫い付けておいた 「衣裏繫珠の喩え」(『法華経』「五百弟子受記品」)でもそうですが、いじわるだと思いませんか? わざわざ服の裏なんかに縫い付けるから、しばらく見つけられずに貧乏してしまうのです。

ですが、この事について道元禅師は「表に縫い付けることはふざけたことだ」とおっしゃっています(「おもてにかけんと道取することなかれ」『正法眼蔵』「一顆明珠」巻)。自ら見出す力を養うために隠されていることが大事なのであり、「宗教」と「隠されていること」は裏表の関係だということですね。このように仏典を読み解いていくことが哲学的な学びと言えるかもしれません。

――哲学的視点と聞くと難解に思えましたが、捉えどころがわかると面白い学びがあるのだなと感じます。

世の中には宗教に限らずともいろいろな本がありますが、とくに仏典を読むのが面白いですね。難しいというより、面白いし、味があるし、コクがある。楽しいですよ。自分が面白みを見出していけるところに、哲学的な学びが深まっていく入り口があると言えるでしょうか。

――自在研究所でさまざまな仏典を紐解いてこられたわけですが、ご自身の研究にも活かしてこられたのでしょうか。

無理に応用しようとは思っていなかったです。むしろ、“ひとりでに活かされていった”ということでしょうね。いま思い返してみても、自在研を通して仏教を学んだことで、物事がよく見えるようになったかなと思います。

――森先生のご著書でもよく説明されているように、知識ではない“智慧”の見方で観るようになっていったのでしょうか?

正確に言えば、知識も使って、そのうえ智慧(=般若)で物事を観られるようになっていったということでしょう。

――識と智を使い分けられるまさに「自在」さがあるのですね。

僕にとって、「自在」は重要なキーワードなんですね。個人的な話ですが、今年のはじめに後藤榮山老大師に生前戒名をつけてもらいました。僕の戒名は「自在院工学玄政居士」です。「玄」は奥深いという意味です。

――まさかお戒名まで教えていただけるとは思わず、恐縮です。最後に、これから仏教を学ぼうと思われている方にアドバイスをお願いします。

「自己をなくすこと」がカギです。わかりやすく言えば、「セルフを育てて、エゴを消す」。この一言が、仏教をすべて網羅していると言って良いでしょう。

学ぶということは、完璧なものからだけ学ぶのではないのです。道元禅師の『学道用心集』にも説かれていることですが、足りないところがある人間からも学ぶことができるわけです。それだけに、謙虚に学ぶ 姿勢というものが必要になります。その姿勢が、自分のもっているもの(自我、エゴ)を出さないで、横に置いておくということです。

これはホンダの創業者でいらっしゃる本田宗一郎さんがよく言っておられました。「『これは俺の専門だから』と言ってはいかん、それは横に置きなさい。すると、向こうから、サーッと流れるように自分の中へ学びが入ってくる」と。

とにかく、仏教を学んでいると気持ちがいいと思えたら本物だと思います。後藤榮山老大師は「信心というものは命を預けることだ」とおっしゃいました。そして、「南無といえば、命を預けることなんだから、難しいというのは禁句だ」と。だから僕にとって仏教は難しいということではなくて、楽しくて面白いものです。わからない字は字引を引けばいい。そんなふうに思っています。

――仏教を 、気持ちよく、楽しく、面白く感じるものにする 。貴重なお話、ありがとうございました。

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森 政弘(もり まさひろ) 
1927年(昭和2年)、三重県に生まれる。名古屋大学工学部電気学科卒業。工学博士。東京大学教授、東京工業大学教授を経て現在、東京工業大学名誉教授、日本ロボット学会名誉会長、中央学術研究所講師等を務める。ロボットコンテスト(ロボコン)の創始者であるとともに、「不気味の谷」現象の発見者であり、約50年にわたって仏教および禅の勉強を続け、仏教関連の著作も多い。紫綬褒章および勲三等旭日中綬章を受章、NHK放送文化賞、ロボット活用社会貢献賞ほかを受賞する。
おもな著作に、『機械部品の幕の内弁当――ロボット博士の創造への扉』『作る! 動かす! 楽しむ! おもしろ工作実験』(ともにオーム社)、『今を生きていく力「六波羅蜜」』(教育評論社)、『親子のための仏教入門――我慢が楽しくなる技術』(幻冬舎新書)、『退歩を学べ――ロボット博士の仏教的省察』『仏教新論』『般若――仏教の智慧の核心』(ともに佼成出版社)等があり、共著書に『ロボット工学と仏教――AI時代の科学の限界と可能性』(佼成出版社)等がある。

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