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【解説】"空を流れる川" atmospheric riverによる豪雨

【解説】"空を流れる川" atmospheric riverによる豪雨

 

2018.8.17

筑波大学 生命環境系 釜江陽一

 
ここでは、読売新聞2018年8月17日夕刊で紹介された「大気の川」について解説します。
 

 

 私達の住む日本では、頻繁に豪雨による災害が発生しています。平成30年7月豪雨では、西日本を中心に各地で洪水・土砂災害が発生し、200人を超える方が亡くなりました。このとき、非常に広い範囲で記録的な大雨を降らせた要因の一つに、大量の水蒸気が日本に流れ込んだことが挙げられます*1。日本の北側、南側に存在していた高気圧に挟まれ、強められた梅雨前線に向かって、太平洋や南シナ海から大量の水蒸気が西日本に流れ込んでいました(図1)。

 

 

 

図1:平成30年7月豪雨発生時の気圧配置(気象庁資料*1をもとに作成)。透明な青色は水蒸気量が多い地域を示す。

 

 

 このときの上空の水蒸気量を、水の量に換算(可降水量)して示したのが図2です。夏の時期の日本周辺の可降水量は、平均で40 mm程度ですが、平成30年7月豪雨発生時には、東シナ海や太平洋から西日本、東日本の東海上にかけて、60~90 mmという大量の水蒸気の帯が、3,000 kmほどに渡って東西に伸びていたことがわかります。このように、前線に向かって大量の水蒸気が流れ込む現象を、atmospheric river大気の川*2と呼びます。この呼び名は1990年代に初めて使われたものですが、欧州やアメリカでは日々の天気予報でも使われるほど浸透している言葉です。アメリカ西海岸では、ハワイから大量の水蒸気が押し寄せることから、「パイナップルエクスプレス」と呼ばれることもあります。日本付近では、太平洋高気圧の北側で発達した前線に向かって、熱帯の湿った空気が大量に流れ込んだときに発生するのが特徴です。夏以外の季節でも、温帯低気圧に伴う寒冷前線が発達したときに、atmospheric riverが発生することがあります。

 


図2:平成30年7月6日9時の時点の地上から上空までの大気中の総水蒸気量を水に換算したもの(可降水量;mm)。ウィスコンシン大学提供可降水量データ*3を使用。

 

 

 図3は、大気中の水蒸気の流れをアニメーションにしたものです。7月4日午前中(日本時間)までは日本海上を北上する台風7号の影響が顕著ですが、午後に温帯低気圧に変わってからは、前線性の帯状の水蒸気の流れがはっきりと確認できます。5日未明から8日未明にかけて、実に4日間に渡り、西日本のほぼ同じ位置に大量の水蒸気が流入していたことがわかります。このとき、流れ込み続けた水蒸気は、鉛直積算フラックスで言えば600から1000 kg m-1 s-1ほどです。この水蒸気が、幅およそ800 kmに渡って流れ込んでいたとすると、毎秒48万 m3の水の流れに相当し、これは世界最大の河川であるアマゾン川の平均流量の2倍以上に相当します。"大気の川"は、河川に比べて密度は低い(空気1 kgに含まれる水蒸気は数十 gほど)ものの、スピードが速く、高さ(深さ)があり、幅が広いことから、世界の大河川と同じオーダーの流量を持ちます。高度に注目すると、水蒸気の流れは、図4に示すように、1,500 mの高さにピークを持ち、数千 mの厚みをもった流れであることがわかります。

 


*画像をクリックするとアニメーションが表示されます。* 図3平成30年7月3日~8日にかけてのatmospheric riverのアニメーション。陰影は地上から対流圏上層まで積分した水蒸気の水平方向の流れ(フラックス)の絶対値、矢印は大気下層(900~1000 hPa)の風の分布。JRA-55再解析データを使用*4

 


図4九州南部における2018年7月5日21時の上空の水蒸気の流れの強さ(水蒸気フラックスの絶対値)。JRA-55再解析データを使用*4

 


 Atmospheric riverが日本に豪雨をもたらした事例は、他にも多数存在します。平成18年7月豪雨の際(図5)には、梅雨前線に流れ込んだ大量の水蒸気によって、西日本から中部地方にかけて広い範囲で豪雨に見舞われ、28人の命が奪われました*5。他にも、平成26年8月に75人の方が亡くなった広島豪雨でも、atmospheric riverに伴う広域の水蒸気輸送が、背景場として重要であったことが指摘されています*6

 


図5:(a) 平成18年7月豪雨の時の天気図、風速、(b) 水蒸気フラックスの絶対値の分布*7。赤線はatmospheric riverを示す。(c) 過去50年分の地上降水量データから求めた、atmospheric river通過時の平均降水量*8

 

 
 このような背景を踏まえ、私たちは、日本の気候モデル開発グループや、atmospheric river研究のメッカであるカリフォルニア大学サンディエゴ校スクリプス海洋研究所の研究者、ノースカロライナ大学の研究者と協力しながら、世界各地のatmospheric riverの振る舞いの研究を進めています。これまでに、特に東アジアの豪雨災害に着目して、東アジア付近のatmospheric riverの気候学的な振る舞い(空間分布、季節変化、年々変動)や、降水へのインパクト(豪雨の発生確率をどの程度上げるか)について、研究成果をまとめました*7, 8。例えば、冬にエルニーニョが東部太平洋で発達すると、半年後の東アジア付近を通過するatmospheric riverの頻度が増加し*7、それゆえに、自然災害のリスクの年々変動が、部分的には予測可能であることを見出しました*8。また、水蒸気の流れ(風向)は南西で安定しているため、atmospheric riverの通過によって豪雨が降る地域は、九州や四国、紀伊半島、中部地方の地形の西から南側斜面に集中し、逆に長野盆地のような風下側の地域ではほとんど豪雨が降らないことがわかりました(図4c)*8
 
 温暖化が進行すると、世界的に見て、atmospheric riverのサイズが巨大化し、頻度が増加する可能性が指摘されています*9今後は、冬から夏にかけてのエルニーニョ・ラニーニャの発達・衰退とatmospheric riverの関係、温暖化が進行した時の日本の豪雨リスクの変化、九州の山地の東側と西側など、空間詳細な豪雨との対応関係について、さらに調査を進める予定です。

 

 

参考資料

*1 「平成30年7月豪雨」及び7月中旬以降の記録的な高温の特徴と要因について平成30年8月10日, 気象庁.

*2 Atmospheric river. AMS Glossary.

*3 MIMIC-TPW2 productSpace Science & Engineering Center, University of Wisconsin-Madison.

*4 気象庁55年長期再解析(JRA-55). 気象庁.

*5 平成18年7月豪雨気象庁.

*6 Hirota, N., Y. N. Takayabu, M. Kato, and S. Arakane, 2016: Roles of an atmospheric river and a cutoff low in the extreme precipitation event in Hiroshima on 19 August 2014Mon. Wea. Rev.144, 1145-1160.

*9 Climate change may lead to bigger atmospheric rivers. AGU. 24 May 2018. 

 

研究成果

*7 Kamae, Y., W. Mei, S.-P. Xie, M. Naoi, and H. Ueda, 2017: Atmospheric rivers over the Northwestern Pacific: Climatology and interannual variabilityJ. Climate30, 5605-5619.

*8 Kamae, Y., W. Mei, and S.-P. Xie, 2017: Climatological relationship between warm season atmospheric rivers and heavy rainfall over East AsiaJ. Meteor. Soc. Japan95, 411-431.

 

※本記事に掲載されている画像の2次使用については、釜江(kamae.yoichi.fw(at)u.tsukuba.ac.jp)までご相談下さい。研究・教育目的の場合は自由にご利用頂いて構いませんが、出典を明記して下さい。