パーフェクトニューライフ
決戦で命を落とした記憶無し日車×決戦後もそこそこ長生きした記憶有り日下部のゆるふわ転生パロ。
軽率に寛篤になるので気軽につまんでください。ちょっと五条の存在感強め。仲良しかつハッピーです。
- 150
- 180
- 3,490
もし来世というものが存在するなら、次は絶対に呪術師以外の職に就きたい。
呪術師として生きている間あんなに固く願っていたはずなのに、なぜか俺は今世も同じ仕事をしている。ろくな仕事じゃないことを知識と経験であらかじめ知っていたにも関わらず、だ。
俺は前世の記憶持ちである。あれが正しく〝前世〟なのかは分からないが、とにかくそうとしか言えないのでそういうものだと思うことにしている。
自分でも『俺は学習しない馬鹿なんじゃないか?』と思うことはある。だけどなってしまったものはしょうがない。再びやめるタイミングを逃したまま三十年があっさり過ぎた。人間は結構簡単におっさんになる。二周目で知った。時の流れは無常だ。
逆にうっかり前の記憶を持ち越してしまったせいで他の生き方が選択肢から消えてしまったという説もある。普通の高校に行って大学に進学し非術師相手の高校教師になる自分や、どこかのオフィスビルでサラリーマンをやったり工場で働いたりする自分を想像してみた時期もあったものの、最終的に全部没になってしまった。記憶の存在感がデカすぎたのだ。
見方を変えれば、以前死ぬ気で獲得した術師のノウハウが再利用できるとも言えるわけで、体を仕上げて感覚を掴めばもう一度一級術師に成り上がるのはそこまで難しい話じゃなかった。
そもそもどうせ新しい生を受けるなら呪霊や呪力がない世界がよかったのだ。ご丁寧に前回同様、術式を持たないくせに呪いは視える体というハンデ付き。強くてニューゲームというには些か中途半端だ。残念ながら特に後から美味しい隠しステータスが出てくることもなく、平凡なヒラ術師のままである。
とはいえ、何も考えずなあなあに呪術師になったわけではない。俺が他の職業を蹴ってわざわざこのクソみたいな仕事を選んだのには深い事情がある。朗報中の朗報と言っていい規模のやつだ。
この世界には宿儺と羂索がいない。平安から呪術界を取り巻く強大で確固たるあの因果がここには存在しない。前と同じ呪いの世界に生まれ落ちたのかと思って最初は絶望したけれど、裏で暗躍する羂索や他の呪霊を刺激する宿儺がいない分、この世界は記憶にあるものより幾分楽だった。
「ちゅーわけで、俺は今世ものらりくらりと呪術師をやっている」
「おい、勝手に人の脳内にモノローグつけんな」
「『何で俺は死にたくねぇのにまた呪術師なんかやってんだろうなあ』ってかっこつけて考えてそうな顔してたからつい」
「余計なお世話だわ」
急に耳元で声が聞こえたので手でそちらを払う。それを無駄に長い脚を見せつけながら躱した男が俺の前に回り込んできた。整った顔とサラサラの髪、すらりと高い身長、キラキラの蒼い瞳を持つ、高カロリーな外見をした男、五条悟だ。
「日下部さんこれから任務?」
「そうだけど、何、代わってくれるのかよ特級様」
「ごめーん、僕も今から任務。今日二件目のね」
「お前も特級でこき使われるの分かっててよくまた術師なんかやるねえ」
「これだけ持って生まれたら、ねえ? 呪術師やらない方が難しいっていうか」
嫌味かよ。五条は顔よし身体よし術式よし六眼よしの、性格以外の全てを持ったUR男。一方の俺は才能に恵まれなかったくせに術師をやる物好き。前世に引き続き格差が凄まじくて彼相手では嘆く気にもならない。
絡まれると長いし疲労が倍増するので早々に会話を打ち切ってやろうと思ったら、無駄に長い脚を再び見せつけるように五条が俺の行く手を阻んだ。こいつどうせまた伊地知を放って油売ってるんだろ。伊地知め、早く来て回収してくれ。
「これでも日下部さんが記憶持ったまま術師をやってくれてるの、僕は物っ凄く感謝してるんだよ」
「へえへえ、感謝してるならそこ退いてもらっていいですかね」
「ヤダヤダ記憶ある者同士仲良くしましょうよぉ、日下部さんと真希が構ってくれないと悟くん寂しくって死んじゃうんだよ!」
お前を殺せるのは宿儺くらいのもんだろと言いながら、しがみついてこようとする五条を押し返す。俺と同じく前世の記憶を持って再び五条悟として爆誕した彼にとって宿儺と羂索のいない世界はイージーモード。張り合いがなくてつまらないとほざいて前に禪院にしばかれていた。
俺に向かって主に上層部への愚痴を垂れ流す五条に適当に相槌を打ってやる。彼は特級術師として任務をこなす傍ら、前世の知り合いたちを探し回っている。記憶はなくていいからまた一緒に楽しく過ごしたいのだとか。目下のところ、大親友の夏油傑と教え子の虎杖悠仁に会いたいらしい。教え子の一人、伏黒恵を発見するのに十年弱かかったと言っていた。気の遠くなる話だ。他の知り合いが同じ世界の同じ時代に生まれている保証はないし、二十年以上探して見つからないなら望みは薄いんじゃないかと俺は内心思っているが、そこは大人なので口にはしない。
特級が特級として君臨してくれているおかげで俺に一級より上の仕事が回ってくる数は少なめだ。その点に関しては素直に感謝している。話に付き合わされるのは面倒だけど、彼が探す知り合いたちに繋がる手掛かりがあれば伝えてやるつもりではある。
「あーっ! 五条さんこんなところに!」
廊下の向こうでこちらに気付いた伊地知が声を上げた。俺は五条にポケットから引っ張り出した飴を握らせ、その背中を伊地知の方へ押し出した。
「早くこいつ連れて行ってくれ。おっさんは話が長くて駄目だわ」
「ちょっと聞き捨てならないんだけど。そりゃ合算したら僕も五十歳越えのおっさんだけどね? そんなこと言ったら日下部さんなんかお爺ちゃんだよお爺ちゃん。分かってる?」
「そーだよ。だから年寄りを労われクソガキ。これから任務だって言ってんでしょうが」
「お、お二人ともまだ十分若いのでは……」
記憶について俺も五条も特に周りに説明せず、かといって近しい人間には隠してもいないので、会話を聞いた伊地知は困惑の表情を浮かべた。唇を尖らせた五条が飴を口に放り込んで「ぶどう味がよかったなー」などとのたまったから肩を引っ叩いておいた。無下限で阻まれたけど。
都内の商業ビルで呪霊を祓う任務。何てことはない、一級呪霊を一体屠るだけの仕事だ。大した時間も掛からず任務を終え、ついでに周辺の呪霊が湧きそうなスポットを巡回して呪いの芽を潰しておくという名目でぶらぶらとうろつく。
繁忙期を過ぎた九月の街中はまあまあ平和だ。今日はもう授業もないから早めに帰って一杯やろうかな、とのんびり歩いていた俺の視界に何かが映って反射的に足を止める。
真っ黒い靄のような呪霊に上半身を覆われた人が通りの向こうから歩いてくる。身長の高さと下半身のスラックスや革靴を見たところ男だろう。顔はすっぽり呪霊に隠されていて確認できない。
「アレ、結構育ってんな……」
足取りは重たくよろよろとしている。肩に鉛を背負っているような状態だ、むしろアレだけ大きな呪霊を乗っけてよく自力で歩けているものだ。四級にも満たない呪霊に憑かれている人間はたまに見かけるが、それらをいちいち祓っているとキリがないからスルーが基本だ。しかしあれは無視するには少々デカい。肥え太った呪霊は男の周囲の通行人にも邪気を浴びせているし、他の呪霊が呼び寄せられて大ごとになる可能性もある。
仕方ない。通りすがりに声を掛けて呪霊だけ体から剥ぎ取るか。適当に知り合いと間違えましたとか言えば話はそれで終わりだ。呪霊とは目を合わせず男が自分の横を通るのを待つ。
「あー、ちょっとすんません」
「……はい、何でしょう」
男の肩を軽く叩く仕草で素早く呪霊を掴んで引っ張る。ギエエエンと鳴きながら引き剥がされた呪霊を逃さないように手に力を込めつつ、呼ばれて振り返った男に対し用意していた台詞を口にしようとして。
「──は?」
異物が取れてあらわになった男の顔を見て俺はフリーズした。物凄く見覚えがあったのだ。
目の下に染みついた濃い隈。落ち窪んだような三白眼の目。角ばった大きな鷲鼻。柔らかそうなオールバックの髪。愛想のない硬い口元。真っ黒のスーツの襟元を鈍く彩る弁護士徽章。
今俺を怪訝そうに見上げている男はあの日車寛見だった。羂索のヘンテコ呪術テロに巻き込まれ突然術式を開花させた不運の元弁護士。あるいは共に呪いの王に挑み命を落とした果敢な天才術師。
こんなところで突然会うとは思っていなかった昔の知り合いに動揺する俺の手元で呪霊がギエエギエエと泣き喚いている。声を掛けるだけ掛けて黙った俺に、日車らしい男は当然不審そうな顔をしている。
「何か用ですか」
「あ、いや、その」
「ギエエエエエエエエエ」
「チッ」
空いている方の手でうるさい呪霊の顔面を殴った俺に、日車が更に不審そうに眉を寄せた。
「知り合いと間違えました、失礼!」
大声で泣く呪霊を数発ぶん殴って祓いながら慌ててその場を離れる。あぶねー、うっかり名前を呼ぶところだった。ギリギリ口に出さなかった自分を褒めてやりたい。
あの様子だと今の彼は呪霊を視認していない。本来の彼は羂索が余計なことをしなければ一生呪いとは関係がないはずの非術師だったのだ。視えないのが普通だ。
俺のことは分からなかったようだし術師だった前世の記憶は持っていないだろう。できればこのままそっとしておいてやりたい。今世こそ呪いとも殺しとも無縁に生きられるのならその方がいい。一応知り合いだけど五条に報告しておくか悩むところだ。
あいつ、相変わらず弁護士やってんだな。記憶の中の彼は陰気な雰囲気で何を考えているか読めない顔をしていたが、さっきの彼も相当酷い顔色だった。どこで引っ掛けてきたのか知らないが呪霊は祓ったからそのうち回復することを祈ろう。
それにしても上手くやれているんだろうか。まさか誰かに呪われて呪霊をくっつけていたわけじゃないよな?
気になってそっと日車の姿を遠目に確認した俺は、再び「は?」と声を上げた。
俺がいなくなって歩みを再開した日車の右手側にあるビルの三階ほどの高さに芋虫みたいな大きな呪霊が張りついているのだ。おいおい、どこから湧いたんだアレ。そいつがじいっと日車を目で追っている。そして彼が自分の真下を通る瞬間を見計らって窓ガラスを離れて落下した。あのままでは日車がぺっちゃんこになってしまう。
「クソ!」
俺は咄嗟にそこから走り出して間一髪、日車の体を抱えて前方に飛んだ。刀袋は携帯しているものの人の往来がある場所で不用意に刀は振るえないのだ、どうするか躊躇っている時間はなかった。
つい一秒前に日車がいた地点に派手な音を立てて芋虫の巨体が降ってくる。ブロック舗装の歩道が凹み、歪んだ欠片が周辺に散った。地面がぐわんと揺れて近くを歩いていた他の通行人たちが驚いて足を止めた。
すぐさま振り返ると、見た目からは想像できないほどの速さで芋虫がこちらに突っ込んでくる。日車ごと更に数歩飛んで逃げる。先程と同じように地面が抉れた。
頭の先端からぎょろりと飛び出た二つの目は一直線に日車へ向いている。どうやら彼にしか興味がないようだ。地震かと周囲がどよめく空気の中、突然俺に押し飛ばされた日車が「何をする」と困惑と苛立ちの顔をこちらに向けた。やはり呪霊は全く視えていないらしい。芋虫はまだまだ勢いよく飛び掛かってくる。今まさにお前が命狙われてるんだよ、と言っても理解してもらえるわけがない。時間も惜しい。
「説明は後!」
「っ、なん……」
狙いが日車なら他の人間に被害は出ない。彼を抱えて人気がない方を目指して逃げる。目を白黒させた日車が何事か発しようとした言葉はすぐ途切れた。舌でも噛んだのかもしれない。死ぬよりはマシだろうから我慢してもらおう。
路地へ逃げ込んで周辺に人の目がないことを雑に確かめ、日車をその場に放り捨てる。刀袋から引っ張り出した刀を掴み、しつこく追いかけてきた芋虫を縦に斬り落とした。
ふう、と息を吐いて刀を収める。緊急事態だったから街中でもこのくらいの使用はお咎め無しのはず。むしろ報告にない呪霊を祓って未然に被害を防いだのだから褒められてしかるべきだろう。
「君は……」
後ろから声が聞こえて、地面に放り捨てた日車のことをハッと思い出す。
「……日本刀を外で振り回すのは感心しない」
「そこかよ」
明らかにズレた感想に素でツッコミを入れてしまった。呪霊が視えない彼には何が起きていたか理解できないだろう。彼は突然見知らぬ男に声を掛けられ、抱えて走り回られ、しかもそいつが虚空に向かって真剣を振るったという意味の分からない体験をしたのだ。危険な不審者認定で通報待ったなしだ。
地面に座り込んでいた彼が立ち上がってスーツの汚れを静かに払い、じっと俺の方を見つめた。表情が変わらないせいで感情が図れない。でも警戒されているのは間違いない。こういうときは面倒なことになる前に早々に退散するに限る。
「やっぱ人違いだったわ。気を付けて帰れよ」
「待て、説明がまだだ」
説明義務はないし、この状況で待つやつはいねーよ。無感情の圧がある声を無視してさっさと彼の前から走り去る。
全く、日車を呪いの世界から遠ざけておくべきだと思った直後にコレだ。俺だって自分から絡みに行く予定じゃなかったのだ。余計な仕事を増やしやがって。一気に疲れたから巡回を切り上げて帰るか、と刀袋を肩に掛け直した俺は、また足を止めた。
後方に呪霊の気配があった。なんだかすっごく嫌な予感がする。もう俺は今日の仕事を終えて帰ってビールが飲みたいから振り返りたくない。が、ここでそれを無視できるなら俺は呪術師を二周もやっていない。渋々顔を後ろへ向けた。
日車は俺をむやみに追いかけてくることはなく、仕方なくその場から歩き出したところのようだった。その日車の方へ、すぐそばの居酒屋の裏手にあるゴミ置き場から蠅のような呪霊が数匹ピョーンと飛び掛かったのが見えた。もちろん日車は気付かない。
「何でだよ!!」
今気を付けて帰れって言ったじゃん! 彼が気を付けてもどうにかなる問題じゃないのだが、さすがに声を上げずにはいられなかった。
来た道を引き返して呪霊を順番に叩き落とす。なぜかキレながら戻ってきた俺に日車が怪訝そうな顔をした。言っとくけどおかしいのは俺じゃなくてお前の方だからな。
「お前どうなってんの?」
「どうもなってない。もういいか、そろそろ帰りたいんだが」
「俺も帰りてえよ!」
そう叫んだもののその後も日車のもとには呪霊が次から次へと集まってきた。このまま無防備に一人で帰すわけにもいかず、俺は彼の帰路を最後までついていく羽目になった。道中、本当に警察を呼ばれかけたり、刀を出せずに素手で呪霊を殴って体液で全身ベタベタになったりと本当に散々だった。
こんな短時間に呪霊に何体も襲われるのは絶対におかしい。呪われているとしか思えない。今世は呪いと無縁の平和な弁護士なんじゃないのかよ。警戒心MAXで俺と距離を取ろうとする日車を何とか家の中に押し込んだあと、仕方なく五条に報告することにした。
「呪われてるわけではないけどそれに近い状態ってとこかな」
五条の六眼に判定してもらった結果、日車は呪霊を引き寄せやすい体をしているらしかった。
「あの人は記憶ないよね?」
「俺見てもお前見ても無反応だったからないだろうな」
「んー、おそらくね、『忘れている』のは日車さんにとって正常な状態じゃないんだと思う。在り方が不健全なんだよ。その無意識に抱えてる歪みに呪霊が寄ってきてる」
「普通覚えてる方が不健全だろ。前世の記憶はないのが正常だ」
まあそうなんだけど、と五条が肩を竦めた。だって、ねえ、とその先を敢えてぼかした五条が言わんとすることは俺も分かっている。
一つ前の生で、普通に弁護士をしていたはずの日車は人を殺した。それも二人。そして術師を二十人殺し、最後は宿儺を相手に散っていった。あの世界で起きた死滅回游の記憶が彼にとってどれほどの意味を持つか、接した期間が僅かだった俺でも多少は理解できる。そのくらい実直で真面目ゆえに生きづらそうな男だったのだ。
生まれ変わったのだから嫌な記憶なんか置いてこればいいのに、忘れてはいけないと強く念じて次の人生にまで支障が出ているということだ。そこまで来ると病的というか、真面目すぎて怖い。
「深刻そうだしこのままだと呪霊に食べられて死んじゃうだろうね。というわけで守ってあげなよ、日下部さんが見つけたんだからさ」
「この流れだとそうなるよな……」
放っておけば今日か明日にでも死にかねない。誰かが守ってやらないと何に襲われたかも分からないまま彼は命を落とすだろう。彼を守る術師が必要だ。それは俺も分かる。だけど、俺がやるとなると話は別だ。
「忘れたかったから覚えてないんじゃねぇのか」
「日下部さんは覚えてたくて覚えてたの?」
五条の返しに思わず舌打ちをこぼす。今の自分とは別の記憶があると気付いたときは酷く混乱したし、自分が二人いるような気持ち悪い感覚に苛まれた時期もあった。今でこそ上手く付き合えるようになっているけれど最初は他と違う自分が嫌だった。この記憶は生まれ持った呪力や術式と同じで、本人が選べるような代物じゃない。
「これで本当に日車さんが死んじゃったら優しい日下部さんは良心が痛んで寝込んじゃうでしょ」
色々反論したかったが、そんなことはないと答えたら俺が悪者みたいになりそうだったので口を噤む。どうにかしてあげたくて僕に相談したんじゃないの、と他人事だと思って好き勝手言う五条に自分の唇が歪んだ。どうも人生二度目でも面倒ごとを全回避するのは難しいようだ。
そりゃあ前世がアレで今世もコレで呪いに振り回される日車を気の毒だとは思う。平和に暮らせよと思ったのも嘘じゃない。昔のよしみだ、ちょっとくらいならまあ、助けてやらないこともない。
付きっきりではなくあくまで授業や任務の合間を縫って様子を見に行ってやるという形で、しばらく俺は日車の護衛をすることが決まった。
「つまり先日貴方は俺を見えない敵から守ってくれていた、と」
「一応そういうことになる」
「そうか」
考え込むように口元に手を当てていた日車の顔を見て感謝の言葉を口にした。思っていたのと違う彼の反応に俺は正直戸惑っていた。
「意外とあっさり信じるんだな?」
呪霊と呪術師という突拍子もないはずの説明を伊地知から聞いた日車は予想外にすんなり呪いの話を受け入れ、俺による護衛を了承した。こういう自分の目で見えないものの存在を簡単に信じるような男ではないと思っていたので意外な印象を受ける。俺の言葉に、日車は哀愁を感じる表情を浮かべた。
「姿を見たことはないがナニカが居るというのはなんとなく認識している。外出中に怪我をすることが年々増えているし……」
実際あまりに怪我や不運が多すぎて、周りの勧めで何度かお祓いに行ったこともあるのだという。行った先の寺の住職に顔を見た瞬間匙を投げられたとか、お祓いのあと却って症状が悪化して数ヶ月悪夢を見たとか。物が突然浮いたり、急に体が動かなくなったり、常識で説明できない現象を数え切れないほど体験しているためむしろ呪霊の話を聞いて納得したようだった。
俺と会った日も、ビルの上から何かが降ってきたというのは分かったらしい。刀を抜いたのはそういうことだったんだな、と神妙な顔で言われて同情が深まってしまう。
「専門家がいるなら任せた方がいいだろう。頼りにしている」
「お、おう」
丁寧に頭を下げた日車に俺の方が気後れしたのも束の間、彼がどうして護衛の話を受けたのかその後嫌というほど知ることになった。