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今生だけでいいのか?/Novel by おハナ

今生だけでいいのか?

4,305 character(s)8 mins

『いつだってラブラブな槍弓の話』
ホロウ時空?槍弓
プライベッターの再録+おまけ

ハッピーバレンタイン!

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今生だけでいいのか?

「チョコレート、何がいいと思う?」
 夕飯を済まし台所で食器を洗うアーチャーは声をかけられた。声の主であるランサーはイスに腰掛け視線はバラエティのバレンタイン特集とやらに釘つけられたまま。なるほど、バレンタインの話か。先程の質問が何を指していたのか理解できたアーチャーは言葉を返す。
「君はバレンタインがどんなイベントかわかっているのかね?」
「おうさ。このリポーターの姉ちゃんが恋人達の日だとさっき説明してくれたところだ」
 液晶には近頃人気の若手女優が愛らしいパッケージに笑みを浮かべていた。アーチャーはその解釈は間違っていないが昨今では恋人だけではなく、親しい友人同士でもチョコレートを贈り合うのだが、と口に出さずに心の中で補足する。
「……君に恋人がいたとは初耳だ」
「いんや、まだ恋人じゃねーよ」
 呆れたように振り返るランサーにアーチャーはびくりと肩を跳ねさせた。それを誤魔化すように肩を竦め鼻で笑ってみせる。
「おやおや、光の御子ともあろうお方がバレンタインに託けて告白かね。いつもの手の早さはどうしたのやら」
 アーチャーの言葉にランサーは眉を寄せるもいつものようには噛み付いてこない。肩透かしを食らった気になったアーチャーは唇を軽く曲げた。
「そいつが……普段から好意は告げてるっつーのに、まっっっったく気づかないんだよ」
「それはまた難儀だな。君みたいな色男に言い寄られて振り向かないとは……余程鈍いのか、よもや未亡人とは言うまい」
 何やら少しばかり落ち込んでいる様子の相手にアーチャーは険の鳴りをひそめ口を開くと、ランサーは苦虫を何十と噛み潰したような顔でアーチャーを見ていた。流石に未亡人はなかったか、と返すがこの話はやめだ、とランサーは視線をテレビに戻してしまう。どうやら彼は本気で悩んでいるらしい。ならばとアーチャーは言の葉を紡ぐ。
「この国には奥ゆかしい女性が多い。軟派な君が好きだの愛してるだの告げたとて信じられんのだろう。助言、とまではいかないが参考程度に一つ教えてやろうか?」
 洗い物を終えてリビングへと移動するアーチャーの目前に最速の名に違わぬ速さでランサーが詰め寄ってきた。ガシリと手を掴み顔をめいいっぱい近づけられてアーチャーはたじろぐ。
「頼む、教えてくれ。教えてください。オネガイシマス!」
「わかった、わかったから! 離れろ!」
 すまん、と一言謝り期待の目を向けてくるランサー。アーチャーは思わず彼の背後にブンブンと振られている尻尾を幻視する。コホン。咳払いをすると槍兵の目から星が散り始めた。
「簡単だ。薔薇の花束をもって意中の人の前にかしづき、君を攫いたい、と告げればいい」
「は……?」
 顔に大量の疑問符を浮かべるランサーにアーチャーも驚く。
「まさか君、知らないのか!?」
 アーチャーの言う告白は現在放送されているドラマで主人公が結婚する際に告げられた言葉だ。
 格式高い家に生まれた主人公は将来を全て親に決められた窮屈な人生を送っている。そろそろ結婚相手を選んでやろう、と言われた彼女は失意の果てに自殺を決意してしまう。
 そんな時に主人公が財布を拾ったことから出会ったのがヒーローだ。明るい彼の人柄に心を解され主人公は思いとどまり、逢瀬を重ね二人は恋に落ちる。しかし交際が両親にバレ、彼女は結婚させられることに。けれどお見合いの場に現れたのはなんと彼だった。そして彼は先の告白をしてくれる、という所までが放映された内容だ。最高視聴率32%をたたき出した人気ドラマ『りんごの恋模様』を見ていない女性などこの世にはいないだろう、と豪語するアーチャー自身ももちろん毎週視聴している。
 さらにこの告白をオススメするにはもう一つ理由がある。次の回で主人公の返答がわかるのだが、なんと放送日は奇しくもバレンタイン。いかに鈍いご婦人でも流石に気づくだろう。
「その女性はドラマを視聴していない、なんてことがない限り成功間違いなしだ」
「え、あ、いや、ドラマ、は見てっけどよ」
 目を白黒させていたランサーがしゃがみ込んで頭を抱える。
「…………そんなんでいいなら、いつだって言うっつの」
「たわけ! そうホイホイと口にするから信用して貰えんのだ。明日にでもチョコレートを買ってきたまえ。そうだな、チョコレート・レディ社なら幅広く取り扱っているぞ」
 力なくそうするわ、とこぼしたランサーは寝室に向かう。彼の姿が見えなくなるとアーチャーはエプロンの胸の部分にシワが寄るくらい握りしめ表情を強ばらせた。数秒だけ瞳を閉じるとエプロンをたたみテーブルに置く。それからゆっくり寝室へ歩き出した。ああ痛覚など消えてしまえばいいのに。


 バレンタイン当日。ランサーは朝早くから出かけ夕飯の時間になっても帰ってこなかった。テーブルの上には念のために用意された彼の夕飯。きっと明日には己の朝食と化しているのだろう。アーチャーが冷めた夕飯からテレビへと視線を移せば『りんごの恋模様』が流れている。ドラマの内容は時間を遡り彼が何故お見合い場に現れたのかが描写されているところだ。ラストは二人が結ばれるのだろう。
 そしてこの二人のように、彼は今日、結ばれたのだ。じわりとアーチャーの視界が滲み画面がぼやけて見えなくなる。とっさに目頭を抑えたおかげで雫がこぼれることはなかった。
 こんな感情はさっさと殺してしまわないと彼に迷惑がかかる。乱暴に目元を擦ると電話をするヒーローがはっきりと見れた。主人公のために何かを打ち合わせているらしい。
 カン、カン。アパートの古い鉄骨階段を登る音が聞こえてきた。ランサーだ。アーチャーはドラマに集中しているフリをする。赤くなった目元の言い訳もできるし、彼の顔を見なくてすむ。今は幸せそうな男の顔など見たくなかった。
 ただいま、という声へアーチャーはおざなりに言葉を返し視線をテレビから外さない。ほぼ真後ろに感じる気配に顔を歪ませるが、ふと香ってきた花の匂いを不審に思い振り返る。

 そこにはアーチャーにかしづくランサーが薔薇の花束を抱えていた。
「え、」
 アーチャーはガタリとイスを揺らし数センチ後方へ下がる。驚いて固まっている彼から目をそらさずランサーは口を開けた。
「──君を攫いたい」
『私を、攫ってください』
 たっぷりと間を開けてアーチャーより先に主人公が答える。息すらも止まりそうな二人の静寂の間をゆったりとエンディングテーマが流れ曲の終わりと共にランサーが尋ねた。
「お前は、答えてくれないのか」
 そう、言われても、困るのだ。フラれてヤケになったのか、冗談なのか、それとも酔っているのか? 声を出そうとアーチャーは口を動かすが何一つ言葉にならない。ランサーが、真剣なことは痛いほどに伝わってきた。一瞬たりとも外されない瞳が雄弁に物語っている。
 時間にして五分、もしかしたらもう少しかけてアーチャーがどうにか口にしたのは何故、の一言だけだ。思わずといったようにランサーは破顔すると立ち上がった。
「コレだと成功するって言ったのはお前だろ? ったく……このニブチン。好きだっていやぁ、そうかまた作ろう、だのと見当違いな返答ばっかしやがって。よーく思い出してみろよ、オレはほぼ毎日お前に告白してたぜ」
 ランサーの言う通り思い出してみれば、ことある事に言われていた気がする。じわじわと赤く染まる弓兵を見つめ満足げに頷くランサー。アーチャーは愛してるや毎日みそ汁を作ってくれ、月が綺麗ですねなど、どこから仕入れたのかと言うほどたくさんの言葉で好意を告げられていたのだ。全てスルーしたアーチャーもどうかと思うが、心が折れなかったランサーも大概である。
「で、どうすんだ。今なら、ヒッジョーに不本意だが今生は諦めてやる。ただし次こそはものにするがな」
 穏やかに笑うランサーが片手を腰に当てる。……次、か。そうだな、次というのも愉快だろうが──

 アーチャーは真っ赤な薔薇に手を伸ばす。考えるまでもない、答えはとうに決まっているのだ。

Comments

  • そー
    October 15, 2017
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