1.下位者から上位者へのパワハラ
令和2年厚生労働省告示第5号『事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』は、職場におけるパワーハラスメント(パワハラ)を、
① 優越的な関係を背景とした言動であって、
② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
③ 労働者の就業環境が害されるもの
と定義しています。
このうち「① 優越的な関係を背景とした言動」は、上位者から下位者への言動に限られません。
「同僚又は部下による言動で、当該言動を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの」
も含まれるとされています。
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000584512.pdf
つまり、役職上、下位の者であっても、上位の者に対してパワーハラスメントを行うことは可能です。
大抵の企業において、パワーハラスメントは懲戒事由として定められています。下位者であったとしても、パワーハラスメントをすれば、懲戒処分の対象になります。
それでは、下位の者から上位の者に対するハラスメントであることは、処分量定を考えるうえで、どのような意味を持ってくるのでしょうか? 典型的なパターンである上位者から下位者へのハラスメントと変わらないと理解して良いのでしょうか?
この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令7.12.2労働判例ジャーナル170-42 学校法人四条畷学園事件です。
2.学校法人四条畷学園事件
本件で被告になったのは、四条畷学園大学等の酷になtったのは、私立学校を設置する学校法人です。
原告になったのは、四条畷学園大学のa学部准教授の地位にあった方です。E教授に対するパワーハラスメントを理由に出勤停止14日の懲戒処分(本件懲戒処分)とされたことを受け、その無効を主張し、出勤停止期間に相当する賃金の支払等を求める訴えを提起したのが本件です。
裁判所は、原告の行為の一部をパワーハラスメントに該当するとしつつも、次のとおり述べて、本件懲戒処分の効力を否定しました。
(裁判所の判断)
「職場におけるパワハラの主体は、必ずしも上司に限られず、同僚又は部下が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるものも含まれるものと解される。そして、原告は、E教授の前任のi学領域の領域長として、
〔1〕新型コロナの影響下における、i学実習の実習先の確保の実情、
〔2〕オープンキャンパスの状況、
〔3〕シラバスの作成その他全学的な調整が必要な事象への対応、
〔4〕i学領域内の教員間における意見調整
などについて、相応の経験を有しているものと優に推認できる。他方、E教授は、前任のm大学では准教授の地位にとどまっていたことから、被告大学で教授として初めて領域の取りまとめを行う立場に置かれたものと推認することができ、円滑な領域運営を行うためには、原告の協力が不可欠であったということができる。そうすると、原告は、E教授に対する関係でパワハラの主体となり得るものといえる。」
(中略)
「上記・・・で説示したとおり、原告に対する懲戒処分の基礎となるべき懲戒事由は、
〔1〕6月20日の領域会議において、i学実習〈1〉の業務の分担に応じず、非協力的な態度を示したこと・・・、
〔2〕原告がE教授との面談に応じないまま、自己評価をC学部長に提出したこと・・・、
〔3〕原告が、オープンキャンパスのテーマを聞きにきたE教授に対して『パクるな』と発言をしたこと・・・、
〔4〕領域会議において「私はもう責任者ではないから知らない」などと発言したこと・・・、
〔5〕ザイオンにおいて、シラバスの記載に関する求意見に対して協力せず、E教授に対して皮肉を述べたと受け取られてもやむを得ない文章を送付したこと・・・、
〔6〕他の教授らをCCとして加えた上で、E教授に対し、i学実習〈1〉の実習助手をお願いした件につき報告がない旨指摘するなどの文章を送付したこと・・・
の限度で認められる。これらの懲戒事由は、単発的な行為ではなく反復継続されていることにも照らすと、その問題性は看過することができない。」
「他方で、原告は准教授にとどまり、ハラスメント行為の期間も半年以上の比較的長期間にわたっているから、懲戒処分の種別や程度を検討するに当たっては、原告の上司等からの指導の有無や指導を受けての改善状況についても考慮すべきであるところ、被告の懲罰委員会の議事録・・・ではこの点を一切検討した形跡がない。しかるに、D学科長及びG教授が、原告に対し、ザイオンでのやり取りを控えるよう指導した事実は認められるものの、それ以外のパワハラについては必要な指導・注意がなされていない。すなわち、C学部長は、原告が領域長の面談を経ずに自己評価を提出した件について、事後的にも面談を行うように指示しておらず、この点について原告に注意や指導をした形跡はうかがえない。また、G教授等が、令和4年6月7日以降の領域会議にオブザーバーとして参加し、領域会議の進行をサポートしたことは窺えるが、領域会議その他の場における原告の言動(ザイオンのやり取りを除く。)について、原告に対し必要な注意や指導をしたことを裏付けるに足りる客観的な証拠は見受けられない(かえって、E教授は、C学部長やD学科長が原告に対して必要な指導をしなかったと訴えていた。)。そして、ザイオンでのやり取りを控えるよう指導を受けた後、原告が、E教授に対し、ザイオンでパワハラに当たり得るような文章を送付したことはうかがえず、原告はザイオンに関する指導を受けて、一定の改善をしたものと評価できる。」
「そうすると、
〔1〕懲罰委員会がその量定の前提とした懲戒事由の一部は、上記認定・説示のとおり懲戒事由としては認められないこと、
〔2〕原告に対する注意指導状況は懲罰委員会において量定の判断において十分に検討すべきであるのにこれを検討したとはいえないところ、原告の上司等が原告に対し、ザイオンの点を除き、必要な注意や指導をしていたとは認められないこと、
〔3〕原告はザイオンに関する指導を受け、一定の改善をしたこと、
〔4〕原告に懲戒歴は見受けられないこと(当事者間に争いがない。)
に照らすと、原告によるパワハラの被害者であるE教授が退職を検討する・・・ほどに精神的に追い込まれていた点を十分に考慮しても、出勤停止14日は重きに失し、譴責にとどめるべきであったというほかない。」
「したがって、本件懲戒処分は、その裁量権の行使として社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を逸脱したものとして無効である。」
3.上司等からの指導の有無や指導を受けての改善状況が考慮される
中間管理職が部下に対してハラスメントをした場合は別として、部署や部門の責任者から下位者に対してハラスメントが行われた場合、注意、指導がなされたのかどうかは、あまり重視されているようには思われません。注意、指導する人がいない場所では、注意、指導がされることを期待できないからではないかと考えられます。
他方、上司は部下に対して指揮命令権を持ちますし、改善状況をモニタリングすることもできます。問題行動が改善されていなければ、自身の判断のもと、改善に向けて必要な指示をすることも可能です。部下からのハラスメントに対し、上司は、先ず、指導、注意によって改善を図るべきであるといえます。
本件においても、下位者⇒上位者型のハラスメントであったからか、裁判所は、
「懲戒処分の種別や程度を検討するに当たっては、原告の上司等からの指導の有無や指導を受けての改善状況についても考慮すべきである」
と事前の注意、指導を重視する判断を示しました。
裁判所の判断は、部下・下位者⇒上司・上位者型のハラスメントを理由とする懲戒処分の効力を争うにあたり、実務上参考になります。