陰毛がお守りだった時代
1 陰毛を買い取る男
百貨店や店の床に落ちている女の陰毛を買い集める男がいた。当時は女性が現代のように下着を常用していなかったため、人が集まる場所には自然と女性の陰毛が落ちていた。そこには、床に落ちた陰毛を買う男までいた。理由は単なる物好きではなく、陰毛にまつわる強固な“縁起かつぎ”の迷信が背景にあった。
2 戦時中の“弾よけ”としての陰毛
かつて女の陰毛は、運を開くとされる「親起こし」の呪物として扱われ、一本いくらで買い求める者がいた。
とりわけ戦時中には、陰毛を欲しがる男が多かった。
陰毛を護符として持っていれば弾が当たらないと信じられていたからだ。
当時のカフェには、出征兵士向けに“除毛の提供サービス”をしていた店すらあった。もちろん、そうした店では性的な接客も混ざっていたらしい。
作家・田辺横一は、知人の妹が出征兵士の家族からしばしば陰毛提供を頼まれ、断れずに応じていたと記している。
命がかかっている話だったので無碍に断ることもできなかったようだ。
3 戦後も残った“勝負師の護符”
戦後もしばらく、勝負師やスポーツ選手の間では陰毛の護符を持つ迷信が残っていた。
プロ野球・南海ホークス(現ダイエー)の名監督・鶴岡一人にも、この迷信に頼ったという回想がある。
1948年のこと、エース投手の江が不調で悩むなか、鶴岡は勝負師が“水商売の女性の陰毛をお守りに入れている”という話を聞きつけ、茶屋の女性に頼んで三本入手したという。
その後、江投手は翌年に活躍、シーズン後には、鶴岡と江の二人で“お礼参り”まで行った。
鶴岡は「笑い話ではなく、本気でやっていた」と回想している。
4 “処女の陰毛しか効かない”という迷信
また、処女の陰毛のみ霊験がある、と信じた男もいた。
作家・木山捷平は『お守り札』で満州で出会った男の話を紹介している。
その男は出征時、処女三人から一本ずつ陰毛をもらい、お守りにしたという。
5 陰毛で座布団を作る
斎藤昌三は、好色文献を扱う中で興味深い記述を残している。
合や製媛屋(=色街系の店)の神棚の招き猫の座布団には、百貨店から集めた陰毛が入っていた
というのだ。これは“福を招く”という迷信に基づく。
招き猫は今では一般の商店にも置かれているが、元来は色街の呪具だった。男根模型と並べて置かれることも多く、生殖器信仰と強く結びついていた。猫の人形が男根模型を覆い隠す“ケース”になっていた例もある。
小座布団が実際に何で作られていたかは断定できないが、「毛を入れたもの」が少数存在した可能性は否定できない。
6 “百貨店に陰毛が落ちている時代”の終わり
パンツが普及すると、陰毛を拾える範囲は劇的に狭くなった。
1962年『裸の美グラフ』に、百貨店の女子便所で陰毛を集めていた“陰毛マニア”の男の記事がある。女装して婦人便所に潜入し、便器に付着した陰毛を集めていたらしい。
パンツを履く習慣が広まった結果、床ではもう陰毛が拾えない。
唯一、パンツを下ろす女子便所だけが最後の“採集場”になった。
かつては、床の全域で見つかったものが、女子便所でしか発見できなくなる。そんな歴史的推移を、あざやかに象徴する逸話だと思うが、どうだろう。
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