視点・解説

YMOで消えた「芸能界」 日本版グラミーに映る音楽の産業的側面

河村能宏

 「日本版グラミー賞」を目指して昨年新設された国際音楽賞「MUSIC AWARDS JAPAN」(MAJ、朝日新聞社など協賛)は、6月13日に2回目の授賞式が開かれる。本場米国のグラミー賞は近年、視聴者数で低迷。韓国では音楽賞を減らす動きも起きている。そうした中でも、日本の音楽業界が手を取り合い、日本で新しく音楽賞を創設した理由は、政府がコンテンツ産業の輸出強化を目指していることが背景にある。

世界席巻するK-POPの一方で出遅れた業界の危機感

 内閣府によると、アニメやゲームなど日本のコンテンツ産業が海外で稼ぐ金額は、2023年時点で5・8兆円で、日本が誇る半導体の輸出額をも超える。政府はその市場規模を33年までに20兆円にする考えだ。

 ところが、稼ぎ頭はアニメやゲームが中心だ。経産省の調査によると、音楽の海外売上高は24年時点で約1239億円にとどまっている。YOASOBIや藤井風、新しい学校のリーダーズのように海外で活躍するアーティストは出ているが、あくまで個人の力による単発的なもの。業界全体としての世界的な存在感はまだまだ薄い。

 音楽ジャーナリストの柴那典(とものり)氏は、日本が世界第2位の音楽市場という環境に甘んじ、単価の高いCDを売って稼ぐビジネスモデルから長年脱却できなかった点を指摘する。「その間、隣国・韓国は国を挙げてデジタル配信への移行と海外進出を推し進め、『K―POP』として世界を席巻した。日本の音楽業界は出遅れたことに強い危機感を抱くようになった」と分析する。

 その危機感が業界の「オールジャパン」体制を生み出したと音楽ビジネスに詳しい江戸川大学の関根直樹教授は言う。「それまで国内市場で個々に動いていた音楽業界の各5団体は、コロナ禍で官民の連携を深めたことを契機に、手を取り合って一つの『束』となった。『政府の支援を受けて世界に乗りだそう』という渦を生んだ」。MAJはそうした動きを象徴するイベントだという。

世界では、音楽賞には陰りが見えるが……

 世界に目を向けると、音楽賞には陰りも見える。本場米国のグラミー賞はテレビ視聴者数が2年連続で減少。韓国では営利目的の音楽賞が乱立した結果、音楽界内部から「賞の権威が落ち、K―POPの発展の邪魔になっている」と批判の声が上がり、韓国音楽コンテンツ協会は24年、由緒ある「サークルチャート」の授賞式開催を「無期限延期」すると発表した。

 それでも柴氏は、日本がアワードを設けるメリットは大きいと考える。ファンの熱量や組織票に左右されず、音楽を作る側・伝える側のプロたちが純粋に楽曲の質を評価することで、「これが今のJ―POPのメインストリームの中の優れた作品だ」という明確な基準を示す。それが国内外の人々に日本の音楽の「いま」を知る重要な「手がかり」になると同時に、今後世界へ打って出るアーティストへの公式なお墨付きとなり、強力な武器になるからだという。

 日本で音楽賞といえば「日本レコード大賞」が有名だろう。ただ関根教授は、「こうした従来の賞は、『芸能界の政治的なパワーバランスが動いていた可能性があるのではないか』などと、たびたび公平性や透明性に疑義が呈せられ、時代とともに賞の権威が薄れていった面がある」と指摘する。

 これに対しMAJは、国内外の音楽関係者5千人による投票というシステムを取り入れた。関根教授は、これにより「徹底した公平性と透明性を打ち出した」と評価する。

「芸能界」色は薄れたが、強まるビジネス色

 MAJは日本を代表するアワードとして今後定着していくのだろうか。

 東京芸術大学の毛利嘉孝教授は、MAJの特徴は、新しい日本の音楽を打ち出すために、昭和の「芸能界的なるもの」を意図的に排した点だと指摘する。

 昨年の第1回授賞式で話題になったパフォーマンスに、オープニングショー「RYDEEN REBOOT」がある。YMOの名曲「ライディーン」を、Perfumeや細川たかし、新しい学校のリーダーズら17組がリレー形式でそれぞれの持ち歌とマッシュアップさせた斬新なパフォーマンスだ。

 YMOと言えば、1980年代初頭のテクノブームを作り、世界的な成功を収めたグループではあるが、当時の日本の音楽シーンにあっては、メインストリームはあくまでも「歌謡曲」であり、YMOはその「周縁」から生まれた存在だった。

 しかし、MAJは、そのYMOをあえて授賞式のオープニングの核に据え、現在一線で活躍するミュージシャンと共演させることで、歴史的な「連続性」や「一体感」を強調した。

 「歌謡曲的なるものや、日本の芸能界的なるもの、つまりドメスティックな要素を排除し、『日本には昔から世界に通じるアメリカナイズされた音楽の歴史が息づいていた』『日本の音楽は世界で通用するカルチャーだ』ということを前面に押し出した。つまり、海外受けしやすい形へと日本のポップス史を『歴史的に再編成』したといえます」

 後景化する芸能界的なるもの――。それに代わって前面にせり出してきたのが、音楽を「産業政策」として捉える動きだ。政府の支援も受けて音楽をグローバルな輸出産業として育てようとする中で、「国策」や「産業振興」といったビジネスベースの価値観が前面に出ているという。

 「大衆を相手にするポピュラー音楽の醍醐味は、ヒットの俎上に上がらないとみなされていたエッジの効いた音楽が、何かのきっかけで、ある日突然グローバルに支持を集めるといったいい意味での『裏切り』にあるわけです。過度に産業政策やビジネスの臭いを前面に押し、工業製品のように音楽をみなせば、音楽ファンはしらけてしまうかもしれません」

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    松谷創一郎
    ジャーナリスト
    視点

    昨年のMAJはとても見応えのあるイベントでしたが、対象曲のレギュレーションに不備があり、古い曲が受賞するなどの問題も見られました。今年はそれが修正されており、実質的には今回が本当のスタートだと捉えています。 私も投票者のひとりですが、以下で主要部門を予想しています。今年は新人だったHANAが主要部門にも複数ノミネートされていて、注目されています。 https://matsutani-s.theletter.jp/posts/bd6c945d-1648-4839-b79f-3e40163285bd さて、この記事にもあるとおり、日本の音楽業界はCDビジネスに依存した結果、配信への移行と海外展開に乗り遅れました。この指摘は、記事中の柴那典さんや私がコロナ禍前からしてきたことです。それにやっと業界全体が腰を上げた背景には、芸能界の民主化もあります。 なかでもジャニーズ事務所の崩壊は小さくなかったと考えています。同社はかつてレコード大賞をボイコットするなど、音楽アワードにとって大きなネックでした。その存在が消え、さらに創業者世代の高齢化も進み、業界の力学が大きく変わりました。 ただ、MAJの「みんなで一緒に」というのはやはり日本的です。コロナ前の10年だけでも、きゃりーぱみゅぱみゅやピコ太郎、BABYMETALなどは個別に海外展開をしていました。この業界の団結を否定するわけではありませんが、ネット時代に合った法的整備などの政府との交渉などが期待されます。 毛利嘉孝さんは音楽の産業政策化への違和感を示していますが、私の考えは少し異なります。日本のエンタテインメントに不足していたのは、まさにビジネスの側面です。ビジネスの論理が入れば、人権などに対してもシビアになります。「芸能」の枠に収まっていたからこそ、曖昧にされてきたことが多かったのです。 海外展開で重要なのは市場戦略です。日本人は「海外=アメリカ」と考えがちですが、K-POPはまず東南アジア、次に日本、南米と段階を踏んでからアメリカに挑みました。いまや台湾や韓国のひとりあたりの名目GDPは日本を上回ります。アジアを軽視せず、そこで確実にヒットを生む土台こそが重要でしょう。また、海外に出る際に変に「日本」を背負う必要もありません。 ようやくスタート地点に立った日本の音楽産業の今後に期待したいと思います。

    2026年6月13日 11:00

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