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サカナクションを海底から覗く

怪獣」「新宝島」「アルクアラウンド」などのヒットによって、今やサカナクションは多くの人にとって“親しみのあるバンド”の一つになったと思う。

あるいは、ネットミームやYouTubeで“おもしろおじさん”としてのサカナクション・山口一郎を知った人も多いだろう。
自分も長く彼らの音楽に親しみを覚え、心を打たれてきた一人だ。

ただ、自分の視点は、いわゆる“ファン”のそれとは少し異なるのかもしれないと感じる瞬間がある。
彼らは時代のうねりを真正面から受け止め、それでも強く生き抜いてきた稀有なバンドだ。
ここで、自分が見てきたサカナクションを少し整理しておきたい。

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※筆者はサカナクションの固定ファン、いわゆる「魚民」ではないことをあらかじめお伝えしておく。


アドベンチャー

出会いは高校生の頃、2009年。
軽音部の後輩に「知らないんですか?」と言われ、アルバム『シンシロ』を借りたのが最初だったと思う。

この頃にはすでにニコニコ動画や YouTube が当たり前になり、Perfume が茶の間で流れ、Daft PunkSUMMER SONIC 2006 の映像が友人たちの間で共有されていた。まさに新しい波が直撃していた時代だ。

振り返れば、2000年代後半にはエレクトロが日常に浸透し、同時期の邦楽ロックも4つ打ちを自然に受け入れていた。「踊れるロック」という概念が定着し、サカナクションはまさにその延長線上にあった存在だったと記憶している。

その中で当時のサカナクションには“少しおしゃれな人が聴く音楽”という印象があり、どこか背伸びした存在でもあった。

間もなくしてリリースされた『kikUUiki』によって、彼らは地位を確立していく。

テレビではアイドルが席巻し、当時のiPhone が最先端の象徴と同じように、サカナクションはまさに“オルタナティブなロックバンド”として”最先端”の象徴としての存在感を放っていた。


アルクアラウンド

2010年を過ぎ、とある作品をきっかけに空気が一変する。大根仁監督の『モテキ』だ。
雑に言えば「イケてるやつはフェスに行け」というムードが広がり、フェスへ行くこと自体が“リアルで充実した人”の記号になっていった。

SNSはフェスにおいて一番大事なものを「ステージに立っているアーティスト」ではなく「そのアーティストを見ている自分、もしくは見ていないけどその場を楽しんでいる自分」に変えた。

出典:『夏フェス革命―音楽が変わる、社会が変わる』

ファッション的なサブカルの春だ。

ここから長い時間をかけて音楽の消費の仕方も変わっていく。00年代のBUMP OF CHICKEN 世代に象徴される情緒への没入から、誰かと熱狂を共有する装置としての機能へと比重が移っていくのだ。

そうした変化中で、サカナクションは最適な位置にいた。
レイブ感のあるクラブミュージックを土台にしながらも「邦楽ロック」として扱われ、フェスの現場で勝ち抜いていく。“踊れるバンド”の最先端として時代に見事にはまった。

小出祐介(Base Ball Bear)と山口一郎
かつては同じフィールドの親しい間柄だった二人だが、
それぞれの道を歩むことになった。

サカナクションの“4つ打ちロック”は邦楽ロックにあったトレンドの模倣ではなかった。
トランス的な音色を使いレイブ、ビッグビート、はたまたデジロック(死語)、のような佇まいを持ちつつ、山口一郎のルーツとなるフォーク的で文学的で情緒的なサウンドと融合させた独自のものだった。これは日本に限らず各地のロック文脈でも見られた現象であり、クラブミュージックの間口の広さがフェスで後押ししたのだと思う。

かつての深くエモーショナルな感情と、熱狂を求めるライブ世代の双方のオーディエンスの欲求を拾い上げることができたのである。

ちなみにこの手法は、当時世界的にも共通する潮流の一部だった。
彼らはいち早く取り入れて日本の邦楽ロックというフィールドで鳴らしていた。

サカナクションに大きく影響を与えているであろう
Friendly Fires

マイスペースから世界的に有名になったDJ、カルヴィン・ハリスも、この頃はバンド形式でライブを行っていた時代である。
(今では信じがたいが、彼を取り巻く状況は、この頃の山口一郎とどこか似たものがあったのかもしれない。)

余談だが、世界ではこのムーブメントがEDMに波及していくが、日本には高速ディスコビートとして枝分かれしていったのだと自分は考えている。

なお、この時期に山口一郎は特発性難聴を患っていたり、歌詞が書けないと悩んでいたりで、すでにこの段階で心身の疲弊がうかがえた。


流線

kikUUiki』をリリースしてサウンドをさらにブラッシュアップさせた彼らは、その勢いのまま『DocumentaLy』を発表した。
深く入り込んだシンセサウンドとロックの情緒を融合させ、自らのポジションを確立した作品である。

フェス市場が拡大するなか、サカナクションは各地のフェスでヘッドライナーを務めるようになり、盛り上がりと情緒の共存を体現するバンドとして、一気に知名度を高めた。
ただ同時に、キャッチーな部分だけを切り取って消費する風潮は、当時はまだ今ほど強くなかったように思う。

この頃からアート的コンセプトと“二面性”がいっそう明確になっていった。
アルバムに収録される「流線」という曲は、Radiohead の「How to Disappear Completely」を想起させる意図を感じさせるディープさがあった。

夜道で Radiohead を聴きながら俯いて歩く自分と、あの頃のサカナクションが重なって見えたことを、今もはっきり覚えている。


朝の歌

2013年、彼らの次のアルバム『sakanaction』は、前作に感じた表と裏を明確にテーマ化した作品だった。

これをリリースした時に一番印象的だったのは、山口一郎は様々なメディアを活用して意識的に必死にオーディエンスを育てようとしていたのを鮮明に覚えてる。

当時のインタビューを読むと、その時期の山口一郎の思索が垣間見える。
彼の姿勢からは、日本の偏屈な音楽文化に対する苦悩が感じられた。
自由に踊れる文化」を別の軸からフックアップしようとするその試みは、きっと心身ともに大きな負担だったに違いない。

自分が知ってる方法や聴き方を伝えたいし、いろんな音楽があって、僕はこういう聴き方をするし、これがわかるとこれが聴けるんじゃないかなって提案。(音楽を聴く)ルートを示すというかね。僕らの音楽を聴いたことで、次どんな音楽を聴くようになるのか。その先にクラブミュージックがあったらいいなって思うんです。日本のJ-POPのバンドを聴いて、次にクラブミュージックに手を伸ばせそうなバンドって今いない気がするから。だからそういうバンドになりたいですね。

出典:ナタリー 2013年インタビュー

これはライブでの山口一郎から放たれる「みんな踊れる?」の言葉の重さなのだ。
常に大きな風穴を開けようとした狂気的な執念を感じた。

実はこのアルバムの中核であり後の代表曲となる「ミュージック」という曲の骨格にはThe Chemical Brothersの明確なオマージュがある。

日本においてChemical Brothersはロックミュージックからクラブミュージックへのハブのような存在だった。
サカナクションは逆説的にクラブミュージックからロックミュージックへ浮上することへのメタファーとして扱っているように感じた。
これ以外にもサカナクションには、気づける人だけが気づける仕掛けが多く仕込まれている。

国内のフェスのヘッドライナーになるようになり、強い勢いそのままに彼らは紅白歌合戦へ。断絶する二面性を抱えたまま、オーバーグラウンドでも勝ち抜いていく。

先にも述べたように、この頃の山口一郎はTwitter(現X)で、影響を受けた海外アーティストについても積極的に発信しており、
自分自身もその姿勢から強く影響を受けていた。

当時の僕にとって、サカナクションは好きな「音楽」であると同時に、気持ちマイナー調に生きる人たちへ希望を与えてくれるメディアでもあった。

この試みは本当に素晴らしいものだと感じた。
今もなお、音楽を何かと紐づけながら記憶し続けるという楽しみ方を常にしたり、こうして今、文章を書いていることもまた、その影響下にあるのだと思う。


グッドバイ

この頃のサカナクションは多分キャリア史上で一番尖った存在になっていた。
間違いなくバンドで一番尖っていた時期だろう。

この年SONIC MANIA2014で観たサカナクションは、前年の成功を踏まえたうえで、インスト中心に構成された、まさに“尖りに尖った”ステージだった。ボーカル曲よりもインストばかり、まるで“人力トランス”のような構成で、強烈な印象を受けたのを今でも覚えている。

01 Ame(B) remix
02 ミュージック
03 サンプル (2014 Live ver)
04 『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』2013 Remix
05 三日月サンセット(Improvisation)
06 SAKANATRIBE
07 アイデンティティ
08 ルーキー

SONIC MANIA 2014 セットリスト

このセットが自分が1番好きで心を打たれたサカナクションであり、今後見ることが叶わないサカナクションの姿だろう。

セットリストのほとんどがインストで構成されていた。
TAICOCLUBの前表通りのライブで素晴らしいライブだった。
当時、勢いが凄まじかったZEDDとタイムテーブルが被ってることもあり途中離脱は目立ったが前年までのサカナクションを知っている自分としてはこの上ない強烈な体験となった。

しかし翌日のRISING SUN ROCK FESTIVALでは、その裏側に振り切ったセットで挑み、ブーイングが起きたという。

このとき、世間の人気とのあいだに明確なズレが生まれていたのだと思う。
邦楽フェスブームの中で、サカナクションは間違いなく“”の舞台では常に勝ち続けていた存在だった。 
に届いたわけではなかったのだ。

この年は「グッドバイ」「蓮の花」「さよならエモーション」「ユリイカ」など、内省の歌が続く。サカナクション史でも最も濃密な時期の一つだ。

その後、苦難を乗り越えたサカナクションは、「新宝島」で再び大衆の中心へと躍り出る。
若者をフェスへと送り込んだ『モテキ』に続き、大根仁監督の映画『バクマン。』の主題歌として、さらなる社会的ブレイクを果たす。

この曲は後にジワ売れし、ミーム化しロックリスナー以外の多くの人にとって彼らを初めて知るきっかけとなった楽曲でもある。
まさに、一発のクリエイティブでバンドの状況を突破してみせたのだ。

サカナクションのライブ演出の武器の一つである、レーザーで「新宝島」の文字を壁に投影するその演出は、単なる照明効果を超えて音楽の視覚化を実現したエポックメイキングな演出だと思う。

しかし僕の追っていた裏側サカナクションの牙を隠し、違った方向へ進んでいくことになる。


蓮の花

2016年、SUMMER SONIC2016Radiohead がヘッドライナーを務めた年。その直前のステージにサカナクションが立っていた。

蓮の花」を「Lotus Flower」と重ねるように響かせる姿に、深い深いリスペクトを感じた。

このライブはいつもの「みんな踊れる?」じゃなくて「みんな踊っていただけますか?」みたいな謎の煽りになっていたのも印象深い。

そして大量の和太鼓とゴアトランス...狂ってる...

そのトラックはChemical BrotherHorse Powerっぽい感じで爆笑だった。
あまりにもヤケクソすぎるけど、僕の周りの人はケミカルじゃん!みたいに言ってる人がチラホラいた。
この時、無難の中への違和感というか素直に見たことない異物感を見た気がする。
多分これは狙われていて感無量である。

当時、Radioheadの前に立つサカナクションは、当時の洋楽リスナーの間で賛否が分かれた。
そういうバンドという先入観があまりにも強かった、仕方ない。
その中で明確なリスペクトあるステージングをやったのは流石だなと思う。

この年には久しぶりにワンマンにも運んでいた。
ステージングは、Flying Lotus の「Layer-3」や「CUBE」の逆を思わせる演出が盛り込まれており、あまりに尖っていて思わず笑ってしまった。
おそらく、Rhizomatiks Researchの真鍋大度の仕事だったのだと思う。

実際、フライング・ロータスの来日公演のアフターパーティで真鍋大度がDJをしているのを恵比寿Liquidroomで見ている。
ここまで直接的にパロディのような形で巨大なスクリーン演出を取り入れるのは非常に興味深かった。

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フライング・ロータスの「Layer-3」を想起させるスクリーン演出

言わずもがなクリエイティブチーム全体の感度の高さもまた規模のデカくなったサカナクションの魅力の一つだったのだろう。
この辺りのサカナクションはぱっと見でわかるような牙を隠しつつ、どこかかなり攻めていたのだと思う。


834.194

僕はサカナクションに少し距離を感じ始めていた。
音楽そのものが届かなくなったわけではない。距離を感じたのは、彼らを取り巻く「環境」に対してだ。

ポップでキャッチーなイメージが前面に出るようになり、『陽炎』や『忘れられないの』を聴いたときには、の方向へ舵を切ったのだと感じた。

とりわけ『忘れられないの』はシティポップ的な手触りが強く、『陽炎』のサウンドもChromeoとToro y Moiの曲を思わせ、思わず笑ってしまった。

なんとも言えない感情の中に発売されたアルバム『834.194』は、札幌と東京の距離をテーマにした大作であった。

バンドの歴史と構造を“表と裏”の両面から俯瞰している。
A面は「東京=」、B面は「札幌=」。
前者は都会的で表向き、後者は内省的で原点回帰的の裏の計18曲のアルバムだ。

A面は商業的でキャッチーで機能的な音楽メイン、B面は挑戦というよりも、「本来のバンドとしてのサカナクション、前身バンドのダッチマンからの歩み」を見つめ直した作品として響いた。

sakanaction』をリリース時のクラブミュージック的な要素は薄れてしまったけど「流線」などの内省的な裏のサカナクションに惹かれてきた自分にとって、とても懐かしい再会だった。

個人的にお気に入りなのは「834.194」というインストソングだ。
サカナクションとしては珍しいアンビエント寄りの曲だ。
波の音とシンセサイザーのシーケンスはSuzanne Cianiの『Seven Waves』を思わせる夢想的な暖かさを帯びている。

彼らの昔の制作拠点と、現代の制作拠点の834.194kmという距離を癒すような静けさと、内側で滾る熱が、見事に共存しているように感じている。
インタールード的に扱われる曲を、ラスト2曲目、アルバムのコンセプト的に札幌に一番近い曲にこの曲を設置する。
素晴らしい表現だと感じた。

(サカナクションのインストアルバムとか聞いてみたいものである)

少し距離を感じてしまっていたけれど、変わらないものは変わらないのだなと思った。
ふと、どこか変わらないサカナクション音楽を聞いて、どこか安心感を覚えたのだった。

同年の SUMMER SONIC 2019の深夜、サカナクション主宰のキュレーション「NF Midnight」で観た The Cinematic Orchestra のライブも強く印象に残っている。

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NF Midnight(SUMMER SONIC 2019)

思えば 2013年、初めてサカナクションを観たとき、会場BGMで流れていた曲を Shazam で調べて出会ったのが彼らだった。音楽の入口を広げてくれたのは、やはりサカナクションだ。
自分の聴く世界を大きく耕してくれたのだと思う。

彼らの活動を通して新しい何かに繋がった人は多いとはずだ。


怪獣

コロナ禍を経て、世の中の空気は大きく変わった。

その時期、サカナクションは『ADAPT』をリリースする。コンセプトは適応(アダプト)と応用(アプライ)。対をなすテーマだが、当時どこかは張り詰めた空気が漂っていて、正直、好意的に聴く気持ちになれなかった。
自分が追っていたものが熱狂の母体として管理された市場へと変わっていった

この時点でサカナクションのファン層は2回くらい入れ替わっていると肌感で思うがこの時点でマーケティング的な強さを感じるようになる。
ファンダムビジネスとしては仕方ない気持ちもありつつなんかモヤモヤしていたし、同時に音楽好きをふるい落としていたようにも感じていた。

その後、山口一郎は鬱を公表し、療養に入った。Underworldのライブ出演をキャンセルしたとき、「これ厳しいな」と率直に思った。

そして、数年が経った。

それでも彼らは配信ライブを重ね、気づけば自分の知らない大きなファンダムが形成されていた。やがて山口YouTube でストリーマーいっくんとなる。最初は「なんじゃこりゃ!」と驚いたが、やがて 2010年代初頭の Twitter 文化を思い出した。悪ふざけの体裁で、ときより核心を突く言葉を放つ、その鋭さに少し感心した。

そして 2025年、「怪獣」をリリース。初めて聴いた瞬間、あの頃のサカナクションが戻ってきたように感じた。バンドのシグネイチャーとも言える原点的なのサウンドで大きな話題を呼んだのは、「アルクアラウンド」以来ではないか。

フルで聴いて2番に入った瞬間に、「これはサカナクションだ」とすこしだけ驚いた。
ここで気づいたのは、山口一郎で、サカナクションというバンドそのものがとして機能する構造だ。彼らは常に表と裏の二面性を生きている。

これは個人的な考察であるが、変わったようで核はなんにも変わっていないのかもしれないと僕は考えている。

彼らは、間違いなく「怪獣」である。
とてつもないバンドの底力を見せつけられたような気がした。

彼らはこれからどうなっていくんだろう?


夜の東側

サカナクションを振り返ってみて、熱い気持ちになっている。

インターネットで無数の音楽に触れられる今だからこそ、彼らの存在から「音楽の聴き方」や「楽しみ方」を教わった時間の重みを、あらためて感じる。
そして病と生き方については考えさせられることがある。

僕は少し特殊な例かもしれない。けどサカナクションというバンドは、一人ひとりにとって違う音楽へとつながる結節点になっているのだと考えている。

彼らをきっかけに別の音楽へと手を伸ばし、自分なりの聴き方を見つけた人も多いはずだ。

山口一郎は病気で今までのようには戻れないとはいうが、別レイヤーの話であり音楽がある限り、サカナクションはこれからも浅瀬深海を自由に行き来し続けるのだろうと思う。

こういう音楽のおかげで人は知を探求するきっかけになるだろうし、感謝でしかない。


追記
夜の踊り子がバイラルヒットした件について新たに記事を書きました。
よろしければこちらもどうぞ。


あとがき

山口一郎のOasisへの感想を語る動画で、東京ドーム公演を計画していることを知った。
詳細はまだ明かされていないが、その日が来たら、また必ず足を運びたいと思う。

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サカナクションがこれからどんなかたちで音楽を提示していくのか、静かに見届けたい。
そして、そう思わせてくれる存在を、これからも大切にしていきたい。

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有田眞一| 1991.12.9|神奈川 Ungrateful Dog lab. ex:Beerbear|DJ|LIFE FEELS LIKE HOUSE MUSIC|動物園巡り
サカナクションを海底から覗く|Shinichi Arita
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