【視点】岐路に立つ沖縄の平和教育
6月は沖縄にとって鎮魂の月であり、23日の「慰霊の日」に向け、沖縄戦の歴史を振り返る取り組みが県内のさまざまな場所で行われる。 今年はとりわけ学校での平和教育にスポットが当たっている。いうまでもなく米軍普天間飛行場の移設先、名護市辺野古沖で3月に発生した抗議船転覆事故が、平和教育のあり方について大きな議論を呼んだからだ。 研修旅行で抗議船に生徒を乗せた同志社国際高校の平和教育に対し、文部科学省は学校の政治的中立を定めた教育基本法に違反するとの判断を下した。 学校の具体的な教育プログラムに対し、国が違法判断を下すのは異例中の異例と言える。玉城デニー知事は「教育への不当介入」、県教職員組合などは「平和教育が委縮する」と反発している。 だが、文科省は米軍基地問題や辺野古移設を平和教育の教材とすることまでは否定していない。米軍基地や辺野古移設に対する賛否両論をバランス良く学ぶ機会を生徒に与えるよう求めているだけだ。事故で亡くなった女子高生の遺族も、SNSで同じ趣旨の訴えを発信している。 同志社国際高の事例のように、反対派の視点だけに偏った平和教育の結果が、生徒を抗議船に乗せるという非常識な学習プログラムの設計につながった。事故の再発防止策を考える時、誰が見ても納得できる学習プログラムが組み立てられるべきなのは当然だ。文科省が教育基本法違反の判断に踏み込んだことは妥当である。 文科省の指摘を受け、学校現場は委縮するのではなく、より生徒の目線に立った、理解しやすい教育プログラムの構築に努めてほしい。 今回の問題にかかわらず、沖縄の平和教育が年々困難さを増しているのは事実だろう。最大の理由は、沖縄戦を体験した「語り部」が目に見えて減少していることだ。 現在40代から50代くらいの世代までは、学校の平和教育で沖縄戦体験者の話を普通に聞くことができた。爆撃の下を逃げ惑う県民、悲痛な叫びをあげる日本兵、バラバラになった遺体。悲惨な戦場を実際に知る体験者の証言は迫真性に満ち、子どもたちの心に戦争の悲惨さを強く印象づけた。 だが戦後80年以上が経ち、高齢化した体験者が次々と世を去る中で、子どもたちが戦場の様子を証言から直接「追体験」できる機会が永久に失われつつある。 同志社国際高の平和教育にしても、当初は沖縄で語り部の証言を聞いていたが、途中からメディア関係者の講話などに変更されたことが分かっている。 沖縄戦の体験をどう次世代に継承し「平和を希求する沖縄の心」をアピールしていくのか。教育現場は重大な岐路を迎えている。 だが平和教育の方法がどう変わろうとも、その目的は常に一つしかない。戦争を二度と起こさせないこと。これに尽きる。 過度にあおることなく、歴史的な事実を淡々と積み重ねながら、平和な日常生活がいかに尊いかを子どもたちに伝えたい。