シンクレティズムとは、外来の神と土着の神が習合して宗教が融合することで、人間集団が触れ合うところでは、いつでも起こりうる。しかし、ヘレニズム期のシンクレティズムはひときわ規模が大きかっただけではなく、驚くほどの創造力をもっていたという。
20世紀の著名な宗教史家、ミルチャ・エリアーデは、ヘレニズム時代を未曽有のシンクレティズムの時代であり、農耕の開始、産業革命に匹敵する歴史の変動期であると指摘しているほどなのだ。
ディオニュソス、ミトラ神、イシス女神
この時代にはたとえば、ギリシアのディオニュソス神(バッカス神)が地中海世界の各地で信奉されていった。
ブドウの栽培が盛んな地中海の沿岸では、その蔦にからまれた酒神ディオニュソスはどこにでも姿をみせる。ギリシアのオリュンポス12神に数えられる神が、はなはだしく変容し多様な姿で現れるのである。もともとバルカン半島北部からギリシアに入ってきたこの神は、どんな環境にも適応し、土着の神々と結びつき溶けあってしまうのだった。
〈西アジアやエジプトの神々の祭儀や秘儀がギリシア風に味つけされながら推し進められ、それらの信奉者たちの結社ティアソスがつくりだされていた。これらの結社ティアソスと競合しながら、ディオニュソス崇拝者は増殖しつづけるのである。オリュンポスの神々のなかでも、変幻自在の酒神ディオニュソスこそが、神々の混乱と融合の時代にもっともふさわしいものであったのだろう。〉(『辺境の王朝と英雄』p.231)
東方からも密儀宗教が地中海沿岸地域に進出している。アーリア人の間では古くから崇められていたミトラ神である。大いなる救いの手をさしのべる神であり、仏教では弥勒菩薩として習合している宗教界の「大物」だ。
ミトラ神は、ヘレニズム世界ではまず小アジアに登場する。小アジア沿岸のキリキアに出没する海賊はミトラの「密儀をひそかに行っていた」(プルタルコス『英雄伝』)という。前1世紀、ローマの武将ポンペイウスがこの地を征服すると、ミトラ密儀はさらに西方に広がっていくのである。
ミトラに関する神話では、牡牛を屠(ほふ)り、その脂肪と髄からつくられた飲料は人間を不死にすると語られていた。この密儀宗教は地中海世界を席巻し、後のローマ帝政期には、スコットランドからイベリア半島まで広まり、その力強い独創性で人々を魅了したという。
また、エジプトの神話に登場するオシリス神の妻、イシス女神への信仰も、各地に広がった。ギリシアの豊穣の女神デメテルや、愛と美の女神アフロディテなどとも重ね合わされ、あらゆる女神への期待を一身に集約する神格として崇められるようになる。
そして本村氏によれば、これらのシンクレティズムによって姿を現した宗教には、「救済の約束」という共通項があるという。逃れがたい運命を克服し、来世での救済の約束にあずかろうとする人々の願いがみとめられるというのだ。
〈このようにして、さまざまな来世信仰をもつ救済の密儀が地中海世界の各地で迎えられていた。人々は都市や国家から孤立していくのを感じながら、個人としての認識にめざめつつあったのであろうか。共同体としての安泰よりも、個人としての救済を求める兆候がみえてくるようでもある。もとより問題はそれほど単純ではない。しかし、歴史の幹道から離れないようにして、信仰を中核に古代人の心性をながめるのであれば、まことに大きな変貌の時代として理解されるだろう。〉(同書p.244)
人類最初のグローバリズムといわれる新たな時代に、「個人としての救済」を求め始めた人々――。この後、地中海世界の片隅に生まれた一神教=キリスト教はローマ帝国の国教となり、またしても「神と人間の関係」が文明を大きく転換させることになる。
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