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安楽
@reincarnationus
寺住み/バタイユ『無神学大全』の研究/(純粋)質料,場所概念,悪と自由に関心があります/フィールグッドなバイブスで👌
京都
Born May 14, 1999
Joined October 2023
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    好きなものを食べること、好きな本を読むこと、好きな服を着ること、気に入った土地に住むこと、好む人を欲し、好まざる人を遠ざけること、何とも競わず、ただ無意味に躍動し、生きることを華やかに撒き散らし、全ての偶然を必然として喜ぶこと。あらゆる条件、制約に関わらず、内的に自由であること。
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    小学4年生の頃、中東から転校生が来た。「ムハンマド」という名前だったから、「ムハ」と呼んでいた。けれど、当然と言うには惨いけれど、いじめられていた。「死ね」という言葉が飛び交った。最初は伝わっていなかったが、ある時からムハも「死ね」と言い返すようになった。意味を理解していた。
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    美談にするべく良い方向へ結末を捻じ曲げるつもりもなく、13歳の僕が直面した自分の弱さを、僕が僕の中の良心を無視した事実を、今味わっている。今後も。どれだけ普段から善良そうに振る舞っていようが、弱さは残り続ける。せめて僕はそれを自覚して、向き合わなければならない。
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    僕ともう一人、「ひろと」という僕の友達だけが、ムハの人種を気にしておらず、よく一緒に帰っていた。ムハは日本語が分からなかったが、時間が経てば簡単なコミュニケーションができるようになって、3人でふざけたり遊んで帰っていた。僕が国籍を超えて人とやりとりした最初の体験だった。
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    僕とムハは同じクラスになることがなかったけれど、たまたま帰り道で見かけると、お互い肩を叩いて一緒に帰るようになった。特に何を喋るでもないけれど、お互い信頼しあっていて、「友達」だという感覚があった。
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    忘れないのが、ある雨の日、部活がなくなって、僕は傘を忘れていて、帰り道一人で雨に濡れながら歩いていた時、ムハが後ろから肩を叩いて、僕を自分の傘に入れてくれたこと。同じ傘の中で、ムハの家や柔軟剤の匂いだろうけど、あまり日本人からしない香りがしたことを覚えてる。
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    ムハンマドは僕が中1の夏に転校する前にどこかに転校して、それっきり。雨の日の帰り道、僕を傘に入れてくれたムハンマドがきっと彼の本性で、「死ね」を連呼する彼は、きっとそうしないと自分を守れなかったからだと当時も分かっていたのに、薄っすら壁を張って避けるようになった僕は、
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    僕はこの時、なぜか、いつもみたいに笑えなくて、ありがとうと言ったっきり、顔が見れなかった。ムハが中学でもいじめられてることを知っていて、僕は自分のことを保身してしまったんだと思う。僕は彼のことを心で受け止められなくなっていた。ムハもそれを察してか、それっきり顔を合わせなくなった。
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    中学校に上がって、ムハも僕も同じ公立学校に進学した。ひろとは中学受験で別の学校に進学した。部活が始まったから僕が帰るのは18時ごろ、ムハは部活に入っていなかったから、学校が終わったらすぐ帰るようになり、一緒に帰ることがめっきり減った。顔を合わせることも少なくなった。
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    この時はもうムハも日本語をある程度理解できるようになっていたけれど、相変わらず彼の口から出るのは「死ね」が多くて、僕はそれを廊下でよく聞いていた。ムハをからかう声、そしてムハの「死ね」。あの時の僕は知らないふりをして素通りしてしまっていた。
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    中学社会のヒエラルキーに負けてしまっていたんだろう。そして僕はムハンマドをダシにして懺悔をするという、本当にずるいことをしているんだろう。当時の自分を「仕方なかった」と言っても、「ムハンマドと向き合うべきだった」と言っても、もう遅い。
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    僕は本のない家で育ったし、岩波文庫や新書という形態も大学に来てから知った。古本市場で安売りされていた村上春樹をお小遣いで買って読んでいたのが唯一の文化資本だった。だから僕は「それくらい知ってて当たり前だろ笑」とは絶対言いたくない。そんな傲慢な"大学内の当たり前"は唾棄すべきだ。
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    どうしたらよかっただろう。今更こんな場所で懺悔しても、自分が許されるための保身でしかないのに、もう二度と会えないのに。僕は彼を心の中で差別していた。これは揺るぎない事実で、おそらく当時もそれをうっすら分かっていながら、僕は何もしなかった。
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    ヘルマン・ヘッセ『人は成熟するにつれて若くなる』草思社 読了 「全てのものを受け入れなくてはならない。それを肯定しなくてはならない。」 偶然見つけて直感で持って帰った本だったけど、直感は当たっていた。とても良い読書だった。
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    僕は19歳の頃、Ⅰ型双極性障害によって「頭が開通した」ことがあり、人生で最初で最後の本気の悲鳴をあげた。「死んだ」と思ったし「戻れない」と思った。そしてその時に見えた世界が、この世のものとは思えないほどに綺麗だった。この体験が後に哲学を志し、僕がバタイユと巡り合うきっかけになった。
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    ニーチェガチ勢友人、怒涛のLINE返信(褒めてる)。これでも短い方なのがおもろい(褒めてる)。彼の一次文献の読み込み量ほんま尊敬する。
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    スピノザならこの後輩、ニーチェならあいつ、ハイデガーなら、デリダなら、ベルクソンならetcと、哲学に限らずスペシャリストが周りに多いので非常に助かる。
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    僕は常々、「大人というのは多かれ少なかれストレスに晒されているのが当たり前であり、我慢するのが大人であり、疲れているのは頑張っている証拠」という「日本ローカルの」空気を訝しく思っている。
    「人生は苦しいのが当たり前」とか「大人になればみんな我慢している」といった一般化って、実際にはその人自身の世界の解像度や限界を投影しているだけなんですよね。
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    バイトで値付け中。『ヨーロッパ思想入門』入荷したんですけど、これめっちゃいい本なので、「哲学に興味あるけど何から読んだらいいか分からない!」って人にすごくおすすめです。新旧の聖書〜プラトン〜レヴィナスまで、平易にまとめられています。
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    僕は今もバタイユに恋をしていて、彼の見ている世界を見てみたいという憧れが、哲学科ですらなく、元々はホストやフリーターだった僕を哲学へと突き動かしてきた。結果として今は博士まで行く計画で動いてるし、寺に住み込んで哲学を学ぶようになった。一冊の本との出会いに人生を変えられてしまった。
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    ただの精神病持ちの引きこもりだったのが、学ぶことに若さを捧げると決めて、働いたお金で参考書を買って受験勉強を始めて、京都に行き着き、哲学に出会い、友人や先輩後輩に恵まれ、寺に住み込むようになり、今は学ぶことが面白くて仕方ない。学べることの喜びを噛み締める。もっと深くまで行きたい。