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これはスキャンダルだ‼︎ 「女性天皇・女系継承容認」のパイオニア・所功教授の論拠(3)──平成17年8月6日「皇室典範有識者会議」の配布資料を深読みする(令和8年6月7日)

(画像は皇室典範有識者会議で配布された所氏の資料)

◇1 空虚な選択肢の提示


「女系天皇」がまともなものだと考える人が、驚くほど多い。一般人だけではない。研究者やマスコミ人にも、そう考える人が少なくない。けれども、皇位の女系継承は長い日本の歴史において、ただの1例もない。「女系天皇」は近年の造語であり、フィクションに過ぎない。

千数百年の時を超えて、皇位は男系継承で続いてきた。この厳然たる歴史的原則を変更するのなら、確たる大義名分が求められる。ところが、男系継承主義の歴史的理由さえ、解明できていない。これでは、何がどう歴史的に変更されるのか、説明すらできないことになる。

皇位の継承は、歴史的には、男系継承のほかに選択肢はない。目的達成の手段・方法がひとつしかないのに、複数あるかのように見せかけ、提案するのは、目的自体の変更であり、提案事項の認否へのすり替えになる。

女系派は、男系継承主義の堅持は無理だと決め付け、歴史にない女系継承への変更を提案する。しかし、これは提案ではなく、誘導である。マインド・コントロールである。「女系天皇」など、そもそも天皇とはいえないのであり、皇位の「継承」ではなく皇統の「断絶」をもたらす。それは皇位継承のための提案ではない。

120代を超えて、皇位が男系で継承されてきたのには、大きな意味と意義があるはずだ。それなのに、皇室研究に半生を捧げる研究者が、学問的に深く探究しようともせず、もしかすると知っているのに口をつぐみ、女系容認派官僚たちの口車に乗って、過去20年以上も、安易に、女帝・女系継承容認=「女性宮家」創設論をまき散らしてきた。文明に対する叛逆行為ではないか、とさえ私には思えてくる。

◇2 事件の首謀者を演じている


前々回は、所功・京都産業大学名誉教授の雑誌論攷「皇位の男系継承史と女帝容認論の検証」(「歴史読本」平成17年5月号)を、前回は「『皇室典範』の新論点」(「別冊歴史読本」同14年10月)をテキストに考えた。

知りたいのは、女帝論のパイオニアである所氏の論拠である。私など足許にもおよばないほど、皇室の歴史に詳しいはずの所氏が、皇位継承の目的に反する女系継承を容認、提唱する根拠は、どこにあるのか? なぜ所氏は、女系派になったのか? そこが私は知りたい。

これまで判明したのは、こうである。

所氏は、「皇位は父系で継承されることが早くから慣例となっていた」と男系継承の歴史の事実を認めている。しかし、「わが国で、何ゆえに長らく『男系継承』が行われてきたのか」を説明しようと、はじめは意気込んで見せながら、結局、何の説明もしていない。説明されているのは「何ゆえ」ではなく「如何に」でしかない。

それでいて、「もし皇族男子に恵まれなければ、皇位の世襲が不可能になりかねない」「皇族女子にも、皇位継承の資格を認める必要がある」と理由づけて、典範改正を提案しているのは、論理の飛躍である。うむをいわせぬ強制的な誘導である。

所氏は、伝統主義的な「祭り主」天皇論にはまったく言及しない。順徳天皇の『禁秘抄』に「およそ禁中の作法は神事を先にし、他事をのちにす」と明記されていることなど、百も承知のはずなのにである。所氏の女帝論では、天皇の役割は祭祀ではない。女系が容認されなかった歴史的事実を認めながら、その理由には言及していない。古代律令が「女系継承を認めていた」かのような解説も納得のいくものとはいえない。

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禁秘抄@京都大学

しかしながら、所氏の女帝論とは、ほんとうにその程度のものなのか、もしや、ほんとうはもっと深い内容を含んでいるのではないのか?

というわけで、今回は、平成17年6月8日の皇室典範有識者会議に招かれた所氏が、意見を述べた際に配付した資料「皇位継承の在り方に関する管見」を取り上げ、検証を続けることにする。

で、結論だが、やはりまことに残念至極ながら、同じなのである。所氏は、皇位が男系主義で継承されてきた理由を何も説明していない。何度も言うように、howの説明はあるが、whyがない。そして女系継承容認へと論理を飛躍させている。まったくあり得ない。

これは紛れもなくスキャンダルである。人の良い所氏は、自身がスキャンダルに巻き込まれ、挙げ句に、事件の主謀者を演じている、あるいは演じさせられていることに、お気づきではないのだろうか? それとも、みずから確信的に女帝論を振り撒いているのか?

◇3 有識者会議で配布されたレジュメ


所氏が皇室典範有識者会議に招かれ、女系容認の意見を述べたのは、平成17年8月6日である。このとき配布された資料(レジュメ)は、23ページある。1ページ目は「目次と要点」で、そのあと本論と補注が続き、最後に、前回取り上げた「別冊歴史読本」の論攷のコピーが添付されている。

レジュメによると、所氏の本来の構想は、以下の3部構成になっている。

Ⅰ 基本的な前提(現行憲法の象徴世襲天皇制度について、常識的な理解を確認する)
Ⅱ 歴史的な事情(皇位が125代にわたり男系で継承されてきた実態と要因を検討する)
Ⅲ 現実的な対策(前項および皇室の現状をふまえて、現行典範の規制緩和と運用の工夫を提示する)


で、「Ⅰは有識者に自明のことであるから省く」とされ、実際の発言は、以下のような目次の構成で語られている。

〈〈歴史的な実情の検討〉〉
1、男系継承を補った中継ぎ女帝
2、直系・長系と庶子・養子の役割
3、皇族による〝万世一系〟の継承
〈〈現実的な対策の提示〉〉
4、女系継承の容認と女性宮家の創立
5、天皇固有の任務と継承順位の工夫
補注/略系図


私は、割愛された「Ⅰ 基本的な前提」こそが重要かと思う。女帝論を成り立たせる憲法論的な前提に問題があるのであり、皇室の歴史と伝統を重んじる立場であるなら、その点を会議で問題提起すべきだと思うのだが、所氏は逆に、最初から、伝統主義的天皇論ぬきの、あくまで憲法論の枠組みで終始している。問題はそこにあるように私は思う。

所氏は、レジュメの「要点」も示しているので、以下、引用する。太字が引用で、()内は私の簡単な批判である。

1、現行の憲法にも、「世襲」と明示される「皇位」が千数百年以上にわたって男系の皇族により継承されてきた史実のもつ意味は大きい。(「史実の意味は大きい」といいつつ、所氏はその意味を深く探究しようとしていない)

2、ただ、その半数近くが側室所生の庶子継承であり、時には独身の女帝による中継ぎや遠縁男子への傍系継承なども、臨機応変に行われてきた。
(庶子の継承は正当に認められた。他方、女系継承は認めない。それは、父系の皇族性のみを厳格に要求するということであるが、なぜそうするのか、所氏は考えようとしていない)

3、しかし、戦後の皇室が側室・庶子を否定したのは切実な変革であり、それでも継承者を男系男子に限定しているのは、無理な規制である。
(困難な局面を何度も経ながら、それでも男系継承が固持された意味を、所氏は考えようとしていない)

4、さて、「皇位」の特質を端的に申せば、それを祖宗以来の皇統に属する皇族在籍の方々のみが継承され、一般国民が絶対覬覦(きゆ)しないことである。
(「覬覦(きゆ)」とは、分不相応な地位や利益を自分のものにしようとひそかに狙うことを意味するが、女系容認は逆に覬覦の野心を呼び込むことになるのではないか? 皇位が超然たるお立場であるためにこそ、女系は否認されなければならないのではないか?)

5、しかも、その皇位は、可能な限り直系・長系の皇族に継承されることが望ましく、それには該当する方々が確実に存在されなければならない。
(所氏は、男系継承が絶えないための方法を模索しようとはしない)

6、そこで、制度を改めるとすれば、皇位継承の資格を皇統に属する皇族の男子だけでなく女子にも広げ、女性天皇も女系継承も容認せざるを得ない。
(男系継承が唯一の選択肢なら、男系主義の変更はあり得ず、維持、強化をこそ検討すべきである。女系継承容認は論理の飛躍である)

7、また、現在極端に少ない皇族の総数を増やすためには、女子皇族も結婚により女性宮家を創立できるように改め、その子女も皇族とする必要があろう。
(「女性宮家」など歴史に存在しない。皇族数確保の目的は御公務の維持にあるが、御公務の見直しこそ優先課題であろう)

8、ところで、日本の天皇として本質的に重要なことは、男性か女性かではなく、国家・国民統合の象徴として、公的な任務を存分に果たされることである。
(何を天皇の「公的任務」と考えるのか? 憲法の国事行為なら、性別は無関係である。伝統主義的立場から、天皇第一のお務めは祭祀であると考えるとすれば、男系継承主義とどう結びつくのか、考察すべきである)

9、されば、その重大な任務は、結婚にともなって出産などの大役が予想される女性皇族よりも、まず男性皇族が率先して担われるようにすべきであろう。
(歴史に存在しないのは、夫があり、妊娠中、子育て中の女性天皇である。その理由を所氏は追究しようとしていない)

10、従って、制度的には万全の措置として、女系継承の可能性まで認め、具体的には男子先行の順位を定め、その的確な運用に関係者で懸命の工夫努力をして頂きたい。
(なぜ女系継承が歴史的に認められなかったか、所氏はまったく追究していない)

◇4 「研究ノート」冒頭の違和感


忘れないうちに補足すると、ここで取り上げているテキストは、以前は、有識者会議のほかの資料とともに、官邸のサイトに掲載されていた。

けれどもいまは、報告書だけは国会図書館デジタルコレクションに移設・保管され、閲覧可能だが、議事次第も開催状況(速記録)も配付資料もネット上から消えている。

ただ、所氏の配付資料はその後、「研究ノート 皇位継承の在り方に関する管見」と題されて、京都産業大学法学会が発行する学術雑誌「産大法学」(2005年7月。全部で21ページ。うち本文が10ページ)に掲載され、ネットで公開されている。

その際、所氏は、「一部に補訂を加えた」と説明しているが、レジュメにはあった、3節からなる全体構想の説明は消えている。当然、「基本的な前提」も消え、「歴史的な実情の検討」「現実的な対策の提示」だけが残っている。

つまり、伝統的立場からの「前提」の解説どころか、憲法論的な皇位継承論の説明さえ、所氏の女帝論から消えているのである。

「研究ノート」は、その書き出しの文章にも違和感がある。

すなわち、所氏は冒頭、「国民のひとりとして、象徴天皇に敬愛の念を懐き」と書いている。つまり、「千数百年以上にわたり、継承されてきた」歴史的、伝統的な天皇に対する敬愛ではないということだろうか? まさかとは思うが、なぜ「象徴天皇」と断る必要があるのだろうか? なぜそれほど現行憲法にこだわる必要があるのか?

また、所氏は、「日本法制史の1研究者として、皇室制度史にも関心を寄せてきた」と述べている。必ずしも専門家でないとへりくだり、謙虚な姿勢を示しているのだが、もし額面通りなら、大胆不敵な皇位継承原則の変更要求とは矛盾すると思う。

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〈https://ksu.repo.nii.ac.jp/records/1792#〉


◇5 皇位継承論の起点は現行憲法


もうお分かりかと思う。所氏は、このシリーズで指摘してきたように、皇室研究者としての真正面からの歴史論ではなく、いわばお手すきのおりに、「日本法制史の一研究者として、皇室制度史にも関心を寄せ」る立場からの憲法論を、皇位継承論すなわち女帝論の起点として、展開しているのである。

別言すれば、所氏にとっての皇位継承とは、「125代」天皇の皇位継承ではなくて、「1.5」代象徴天皇のそれではないかと疑われるのである。

それにしても、「皇室制度史にも」の「も」は何だろう。「ついでに」という響きがして、引っかかる。ここだけではない。

「別冊歴史読本」に載る論攷「新論点」でも、所氏は「天皇は、現行憲法でも、特別な存在であり」と表現していた。このレジュメも、「現行の憲法にも、『世襲』と明示される『皇位』」とある。やはり「も」なのである。

所氏としては、現行憲法上のみならず、古来、天皇は特別な存在であり、世襲で皇位が継承されてきたといいたいのかも知れない。であるならば、天皇はどういう特別な存在であり、そのことと男系継承とはどう関係するのか、それが説明されるべきではないのだろうか?

ところが、所氏は、歴史的な男系継承の重みまでは指摘しながら、その理由を探ろうとはけっしてしないのである。

憲法上の象徴天皇のお務めといえば、「国事行為」であり、男性でも女性でも務まる。しかし歴史上、天皇のお務めとされたものはどうであろうか? 女性天皇は歴史に存在しても、夫があり、妊娠中、子育て中の女性天皇が歴史上、存在しないのは、そのお務めと関係があるからではないのだろうか?

けれども所氏は、そんなことはまったく考慮せず、簡単に「現行憲法でも」と議論しようとする。挙げ句に、歴史に前例のない女系継承容認=「女性宮家」創設を主張している。論理の飛躍そのものなのである。

念のため、「開催状況」(速記録)を読んでみても、同じである。憲法論的皇位継承論を述べているに過ぎない。

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◇6 男系継承主義のwhyらしき説明


論点は尽きていると思うが、重要なポイントについて、以下、何点か、取り上げることにする。

1点目は、所氏がレジュメで、男系継承主義について、whyらしき説明を試みていることである。その思想的背景にあるのは、中国・漢民族に根強い父系主義が5世紀前後に伝来し、これを規範視する父系相続意識が主流になったからだろうと説明していることである。

けれども、この説明は、このシリーズ(1)でテキストとした、所氏の雑誌論攷「皇位の男系継承史と女帝容認論の検証」(「歴史読本」平成17年5月号)での説明とは異なっている。

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「歴史読本」平成17年5月号掲載の論攷

わずか数か月前の論攷では、所氏は、古代中国との比較を試み、わが国は中国王朝の影響を強く受けてきたが、わが国の皇位継承は中国とは似て非なるものである、と言い切っていたのだった。まさに、君子は豹変す、である。

所氏は、漢民族社会では、「姓(せい)」は父系にのみ継承され、「同姓不婚・異姓不養」の原則が守られ、「女系排除」の慣習が行われたのに対して、日本には王朝交替がない。天皇には氏(うじ)・姓(かばね)がない、と相違点を強調していたのである。むろん変説はかまわないが、説明が必要ではないか?

しかも、である。この論攷は、ほかならぬ有識者会議の配布資料に添付されていた。そんなことがあり得るものだろうか、私には所氏の真意がはかりかねる。うがった見方をすればだが、「歴史読本」の論攷は女系派官僚たちとの接触の結果、執筆されているのだった。暗黙の要請に応え、注文の品を届けたのなら、中身の細かい違いは不問という考えだろうか?

そもそも、中国の影響があるか否かは、男系主義の「思想的背景」とは関係がない。これも論点のすり替えである。所氏は、父系継承の意味について、何も追究していないということなのである。

所氏は「わが国には元来、母系血縁ないし〝母性〟を重んじる風習もあり、それが後代まで残っている」と指摘しているが、だとしてもなお、皇位の男系主義が固持されたのはなぜなのか、所氏はまったく説明していない。

◇7 「女帝」出現の可能性を保証と断言


「継嗣令」の原註「女帝子亦同」についても、あやしげである。

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『律令』(日本思想大系、岩波書店)から「継嗣令」

所氏はレジュメで、「女帝の子もまた同じ」と読み、「天皇たりうるのは、男性を通常の本則としながらも、非常の補則として『女帝』の存在を公認していたことが判る」「母系血縁・母性を尊重する日本古来の風土から生まれた33推古天皇以来の『女帝』を法的に正当化したものとして、重要な意味を持つ」と述べている。

さらに、「千二百年間近く、わが国は男系継承を平常の原則としながらも、非常措置の〝中継ぎ〟として『女帝』出現の可能性を保証していたことになろう」とまで述べている。

それなのに、「近現代の『皇室典範』が全面的に(女帝を)否定してしまったのは、厳しすぎる規制といわざるを得ない」というわけである。

レジュメの「註」では、小中村清矩・東京大学教授(国学、日本史)の「女帝考」(明治18年。『陽春盧雑考』所収)を引用し、「女帝の子」について、「女帝いまだ内親王たりしとき、4世以上の諸王に嫁して……生まれたまいし子あらば、即位ののちに親王となすことの義」と解説していると紹介している。

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『陽春盧雑考』巻之1の「女帝論」から@国会図書館

さらに所氏は、女帝が即位後に結婚し、御子が生まれ、その御子が即位するという〝女系継承〟まで、継嗣令が容認したものとは考えにくい。容認していたとしても、結婚相手は4世以上の皇族に限られるから、男系継承が可能となった。したがって、「女帝は男帝と何ら変わることないものとして日本律令に規定されていた」(成清弘和『日本古代の家族・親族』)とはいえないと指摘して、双系派の成清氏を批判している。

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しかも、速記録では、「注記であれ、『大宝・養老令』に『女帝』の存在が明記されていることの意味は大きい」と言い切っている。

しかし、これらの読みと解釈は妥当なのか、である。

所氏は、「歴史読本」平成17年5月号に掲載された雑誌論攷「皇位の男系継承史と女帝容認論の検証」でも、「継嗣令」第1条の本註「女帝子亦同」に言及し、同様の説明をしたうえで、「この本注によって、女帝が結婚(再婚)して子を儲けられることまで想定していたと解することも不可能とは言い切れない」と説明していた。

なぜ「女帝の子」と読み、解釈しなければならないのか?

もともと律令は天皇を規定するものではない。継嗣令(皇兄弟子条)は、皇親の範囲を規定したもので、皇位継承を定めるものではない。所氏は、継嗣令の解釈に当たって、古来の註釈書『令義解』『令集解』を引用すらしていない。当時の公式用語に「女帝」はない。小中村の論拠は、国学者・河村秀根の「講令備考」だが、「考えるに、漢皇子がいわゆる女帝の子である」と1行書いてあるだけである。「ひめみこも帝の子なれば」と読む説もあるが、これに対する言及も批判もない。これらは何度も言及してきたことである。


◇8 誰にでも分かる論理破綻


所氏は、古来の男系男子による皇位継承を今後も維持しようとする男系派の提案を批判している。

ひとつは、八木秀次・麗澤大学教授(憲法学)が主張する「皇族の養子制度復活」「旧宮家男子の皇籍復帰」に対する批判である。

その際、所氏が強調しているのは、「天皇の子孫として『皇族』身分の範囲内にあり、皇位継承者としての自覚をもっておられるかどうか」である。「万世一系の天皇」は皇籍を有する方によって継承される。他姓の者に皇位が移されたことは絶対にない、と言い切り、だからこそ、道鏡が皇位に即くことはなかったと説明している。

しかし所氏の主張は、完全なブーメラン効果をもたらす。氏が容認する女系子孫は「皇族」性を有するといえるのかどうかである。女系継承は皇位が他姓に移ることにほかならない。だからこそ、女系継承は認められないのであり、したがって、女性天皇は存在しても、女系継承の前例はないのである。所氏の論理は矛盾し、破綻している。

次に、所氏は、小堀桂一郎・東京大学名誉教授(ドイツ文学)が「人臣から皇族へ、復帰の実例」として、「宇多天皇のケースを見習うよう説いている」ことを取り上げ、「賛成し得ない」と否定している。

所氏によると、宇多天皇即位の立役者・藤原基経は、要するに権勢家として恣意的に皇位を左右したのであって、「政治家の器量」とか「遵依すべき道理」などと評価することはできない、と冷たく切り捨てている。

さらに「註」では、「宇多天皇が臣籍にあったのはわずか3年余に過ぎない」「昭和22年10月に臣籍降下された11宮家(51人)の方々は、GHQの不当な圧力によるから、講和直後に復籍の措置をとっていれば問題ないが、50年以上、一般国民だった。もはや復籍は無理だろう」と見捨てている。

男系派の八木、小堀両氏に共通するのは、皇室固有のルールである皇位の男系継承主義を重んじて、これを守るための方策を精いっぱい追求していることである。一方、所氏には、この皇室の伝統への熱意がうかがえない。男系継承固持のために、ともに知恵を絞ろうという姿勢は見えない。

所氏は君臣の名分を強調し、旧宮家の皇籍復帰を否定している。だが、皇室の歴史にない女系継承容認=「女性宮家」創設を、「国民のひとり」(研究ノート)という立場から主張することは、仰せの君臣の名分に反しないのだろうか? 矛盾以外の何ものでもないと思わないのだろうか?

以上のようなことは、少し考えれば、誰にでも分かりそうなことである。だとすれば、人生のほとんどを皇室研究に捧げてきた、現代を代表する歴史家に理解されないはずはない。だから、ウラがあるのであり、スキャンダルだといわざるを得ないのである。

所氏はいつも柔和な態度を絶やさない。しかし、見かけの温和さに反して、皇室の原理原則を確たる論拠もなく、冷酷に否定し、千数百年をはるかに超える文明に大胆不敵にも挑戦し、古代中国まがいの易姓革命をもたらそうとしているかのように、私には見える。

ただ、所氏が意識し、確信的にそうしているのか、利用され、踊らされているだけなのか、は分からない。前者なら道鏡も真っ青だし、後者ならかなり恥ずかしい。


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