「衣」の領域でライフスタイル全体の健康を支える第一歩。明治社員がパートナー企業と共創して生み出す「みるくみ」プロジェクト
100年以上にわたって「食」を中心に人々の健康を支えてきた株式会社 明治(以下、明治)が、今度は「衣」の領域へと踏み出そうとしています。その第一弾として動き出しているのが、供給過多で過剰在庫となっている脱脂粉乳を繊維に配合したインナーウェアの事業化を目指す「みるくみ」プロジェクトです。
一次産業の支援に取り組むスタートアップ企業である、株式会社Blueprint oneと共同で本格的な事業化を目指しているプロジェクトの中心にいるのは、異なる部署から集まった明治の社員3名です。とはいえ、アパレルのノウハウを持たない食品メーカーが、どうやって前例のない領域にチャレンジしているのでしょうか?
現在はテスト販売を通じて手応えを確かめ、社内での本格的な事業化承認という最終関門の突破を目指している段階です。プロジェクトを支える協力会社3社とともに、これまでの歩みを振り返っていきます。
(写真左)植木 真祐
株式会社 明治 業務部 業務課 兼 経営企画本部 イノベーション事業戦略部 事業開発G
(写真中央)本村 祐樹
株式会社明治 調達本部 酪農部 生産グループ 兼 経営企画本部 イノベーション事業戦略部 事業開発G
(写真右)布川 岳人
株式会社明治 研究本部 発酵乳開発研究ユニット 発酵乳開発2G 兼 経営企画本部 イノベーション事業戦略部 事業開発G
「食」を中心に手がける明治が「衣」へ踏み出した理由
——社内創発プログラム「mBD」から生まれた「みるくみ」は、どのような新規事業なんですか?
本村:“脱脂粉乳”を有効活用した「ミルク繊維」を用いたインナーウェアで、お客さまのライフスタイル全体の健康を支えていくことを目指すプロジェクトです。
私たち明治では、長年にわたって研究してきた“ミルクの価値”をもっと広げられるのではないか、という思いがありました。これまでは「食べる・飲む」ことで体の内側からお届けしてきたミルクの価値を、これからは「着る」ことで体の外側からも届けることが「みるくみ」のミッションとなります。
——“脱脂粉乳”を有効活用するアイデアは、どこから生まれたんですか?
本村:社内で、「脱脂粉乳の過剰在庫問題を解決しなきゃいけない」という認識があったことから始まりました。
牛乳事業を営む明治でも、生乳を保存性の高い「脱脂粉乳」や「バター」などに加工していますが、バターは需要が高い一方で、脱脂粉乳は使い道が限られているので、在庫が積み上がりやすい状況が続いていたんです。その結果、生乳の生産を抑えざるを得ず、酪農経営にも影響が及びます。とくにコロナ禍では牛乳の需要が一気に減り、この問題がさらに加速したのですが、僕が所属する酪農部でも有効な解決策があるわけではなくて……。
そこで、使う人に満足してもらえる“ワクワク感”のある活用方法で、脱脂粉乳を取り巻く社会課題を解決できるアイデアを考えることにしたんです。ちょうど子どもが生まれたタイミングだったのもあって、肌にやさしい衣料品を調べていくと「ミルク繊維」という素材の存在を知りました。そこから明治が衣料品を手がける「みるくみ」のアイデアを思いつき、「mBD」に応募したという流れです。
「mBD」(meiji Business Development)とは
社内公募メンバーにより課題解決型の事業創出を目指すプログラム。デザインシンキングと事業開発メソッドを活用し、多様な人財がイノベーションや新規事業に関するアイデアを創発・事業構想化して、実際に事業を立ち上げることを目標として、2021年から実施されている。
植木:ほかにもいろいろな構想があったんですけど、何よりも本村さんの思いが強かったことが、この3人のチームで「みるくみ」を進める決め手になりましたね。
本村:これまでのように酪農家さんだけじゃなくて、生活者のお客さまにも直接価値を届け、喜んでもらえる仕事に挑戦したかったんです。それを明治がこれまで手がけてこなかった領域で実現できれば、自分自身の成長にもつながるんだろうなという思いでやっています。
ただ、「ミルク繊維」の存在を知ったものの、どう活用して事業化すればいいかわからなくて。そのとき、社内のメンバーに「脱脂粉乳をアパレル繊維に活用している企業がある」と紹介してもらったのが株式会社Blueprint one代表の鈴木 大樹さんです。そこから製造・販売などでアドバイスをいただきながら、共同で本格的な事業化を目指しています。
前例がない領域で、明治だからこそできる事業を組み立てていく
——「みるくみ」の事業化に向けて、これまでどんな壁がありましたか?
本村:「mBD」で経営層へ僕たちの構想を説明したとき、まず指摘されたのが「そもそも、“食品”を中心に価値を提供してきた明治が“衣料品販売”をしていいんだっけ?」ということです。そこで明治の事業範囲を改めて確認してみると、衣料品も問題なく扱えることが分かりました。
布川:とはいえ、経営層にとって新しい領域への挑戦は不安が大きいはずで、「明治の事業としてやる意味があるのか(独自性)」「本当に売れるのか(収益性)」を説明することは、今もなお大きなチャレンジです。独自性については少しずつ理解を得てきましたが、現在は実際の販売で収益性を証明していくフェーズです。
布川:独自性では、“社会にとってよい商品”という打ち出し方も考えたんですが、価格が少しでも上がると選ばれづらくなります。「お客さまが欲しくなる理由が必要だ」と考えて、明治が“食”の領域で長年培ってきた「安心・安全」といったブランドイメージを活かして、明治にしかできない衣料品として考えたのが「みるくみ」です。
本村:僕たちが目指しているのは“量産型の機能素材”じゃなくて、“明治の世界観でしか成立しないブランド”としてミルク繊維を広めることです。だから、まずはブランディングのためにも“乳”を扱う企業である明治が「みるくみ」という衣料品を手がけることに意味があると、経営層に粘り強く伝え続けてきましたし、今もテスト販売の結果を携えながら伝え続けているところです。
——収益性では、どんな大変さがありましたか?
植木:「事業としてしっかり利益が出る形にすること」だけじゃなく、「明治の商品としてお客さまに受け入れていただける価格」をどう設定するかに難しさがありましたね。というのも、“明治=比較的手に取りやすい価格の食品”というイメージが強く、その延長で数千円のインナーウェアを購入していただくのは簡単ではないと考えたからです。
今は明治のブランドが持つ“安心・安全”といった情緒的価値も含め、価格に見合う納得感のある商品として受け入れていただけるか、テスト販売を通じて手応えを確かめている段階です。
本村:3人とも新規事業の経験がなかったので、一から組み立てていくのは想像以上に難しくて。それでも進められているのは、パートナー企業さん含めた周りのバックアップのおかげです。
Blueprint oneさんはもちろん、事業化に向けた伴走支援は株式会社eiiconさんに、ものづくりの実務面は繊維専門商社の田村駒株式会社さんにと、それぞれの専門領域で支えていただきながら事業化に向けた検証と改良を重ねているところです。
本村:こうしたサポートを受けながら、ユーザーインタビューやSNS発信・ランディングページ制作などもすべて自分たちで担っているのが、このチームならではなのかなと。未経験なことも多い分、難しさはあるんですけど、お客さまの声を直接商品づくりに活かせますし、自分たちの思いを発信に反映しやすいのはよかったなと思っています。
伴走するパートナー企業が見た、明治チームの取り組み
アパレルの常識も、事業計画の立て方も、何もかもが初めてだった3人。その奮闘を外側から支え続けている協力会社の方たちにも、明治チームの取り組みについて伺いました。
——パートナー企業のみなさんは、明治チームと一緒に取り組む中でどんなことを感じましたか?
吉田:明治のみなさんは、お客さまのニーズを徹底的に掘り下げながら、“明治の強み”を活かした方法での事業化を目指されているなと。素材起点で「こういうものが作れそうだ」という発想になりがちなところを、社内外のユーザーさんに泥臭くヒアリングして、「どんな人が、どんな場面で、この素材を必要とするのか?」を調べていました。その上でお客さまのニーズを踏まえて、明治だからこそ伝えられる価値をどう表現・提供するかを模索している姿が印象的でしたね。
鈴木:本村さんたちと初めてお会いしたとき、「脱脂粉乳を取り巻く社会課題を解決したい」と同じゴールを目指していることを感じたんです。以前、僕は酪農のDXを推進するスタートアップで働いていて、脱脂粉乳の余剰在庫の影響で廃業に追い込まれる酪農家さんを間近で見てきたこともあり、この課題を解決する責任を勝手に背負っています。脱脂粉乳の新たな活用法を広げようとしている今、単独でやるよりも同じ思いを持つ明治さんと手を組んだほうが社会に広がると考えて、一緒に事業を進めることにしました。
——アパレルの専門知識がない明治チームとものづくりを進める中で、工夫したことや苦労したことはありましたか?
川﨑:アパレルの専門用語に不慣れな明治さんにも完成イメージや品質をつかんでいただけるよう、サンプルや現物でわかりやすく伝えることを心がけましたね。
また、明治のみなさんは学ぶ意欲が高く「現場を見に行きたい」とおっしゃってくださったので、私たちとお付き合いのある縫製工場さんなどをアテンドさせていただき、ものづくりの現場を実際に見て理解していただけたのが非常に良い機会だったなと。
鈴木:本村さんたちは「自分たちがアパレルの知識がないこと」を自覚されていて、知ったかぶりをしないんです。しかも積極的に学び、咀嚼して理解することに努めてくださるので、苦労したことはなかったです。
ただ、ものづくりしていると「これ、すごい売れそうじゃん!」とランナーズハイのようになって、現実離れした事業計画になることはよくあって。そうならないように、現実の厳しさを不利益にならない程度でお伝えすることに努めています。
明治が「みるくみ」プロジェクトに取り組むことの価値
——明治が「みるくみ」プロジェクトに取り組むことに、どんな意味を感じていますか?
吉田:明治さんだからこそ取り組める事業だと感じています。大企業の新規事業は、“自社の資産を活用して新しい価値を生み出すこと”に意義があります。まさに明治さんは「脱脂粉乳」という資産を有効活用したミルク繊維で新しい価値をつくろうとしている。だからこそ、この取り組みはこれから広がっていく事業になるだろうと思っています。
田村:サステナビリティの課題は1社だけでは解決できないので、こうしてたくさんの企業で協力することに大きな意味があるなと。当社でもサステナビリティへの気運が高まっていたときに、このプロジェクトにお声がけいただき、方向性が一致してご一緒させていただいたんです。社会課題の解決に関わりながらビジネスとしても成立する形にすることに関われるのが、当社にとってのサステナビリティ推進と企業価値向上にもつながっています。
鈴木:そうですよね。新規事業に積極的で業界への影響力も大きい明治さんが、こうしてチャレンジングな取り組みをされている。そこに携われていることが嬉しいですし、共通の方向性で自然に協業できていることに感謝しかないですね。
これまでは外部の伴走者と一緒に作っていたこのプロジェクトが、今は明治チームのみなさんの事業になりつつあると感じています。それは本村さんたちが主体的に関わり、現場の難しさや不安を感じる中で、脱脂粉乳の課題を自分ごととして背負い、貢献しようとしているからだと思います。
生産者と消費者をつなぐ“架け橋”をつくり、一次産業の社会課題を解決したい
再び、明治チームの3人に、プロジェクトを通して感じたことや、今後について伺いました。
——「みるくみ」プロジェクトを経験して、明治チームのみなさんが感じたこと、気づいたことを教えてください。
植木:今回、商品開発に初めて携わり、1つの商品をテスト販売の段階まで形にするだけでも、多くの人が関わり、さまざまな工夫が積み重なっているのだと実感しました。同時に、それを自分たちが届けたいお客さまに、届けたい価格で提供する難しさも痛感しています。
だからこそ、テスト販売やモニター調査でご協力いただいた方々から「着心地がいいね」といったポジティブな声をいただけることが嬉しくて、本格的な事業化に向けた大きな励みになっていますね。
布川:モニターの方に「明治のミルクを有効活用したインナーです」とお伝えすると、“安心して使えそう“といった反応をいただくことが多く、明治がこれまでミルクブランドで培ってきたイメージは「食」以外の領域でも活かせると強く感じました。今は、「衣」という新しい領域に既存の強みを広げていく面白さを感じています。
また、チームで働く楽しさも改めて実感しました。普段は一人が一つのテーマを担当する分業制ですが、今回は同じ目標を持ち、みんなで取り組めることが面白いですね。
本村:それに、社内の人脈がすごく広がったのもあるなと。企画から販売までのすべての工程を経験する中で、「どうやって売上を立てるのか」とか「物流の仕組みをどう設計するのか」とわからないことばかりで、たくさんの人の助けが必要です。他部署とも関わる機会が増えたことが成長につながっていると実感しています。
——最後に、「みるくみ」プロジェクトが事業化された先で実現したいことを教えてください。
本村:まずは現在進めているテスト販売で確かな手応えを示し、社内の最終承認を得て本格的な事業化を実現すること。その先で、明治を"食"だけではなく、"ライフスタイル全体"に関わる会社へ広げるきっかけを「みるくみ」からつくりたいです。
そのためには、社内外で認められる事業に育てていくことが必要です。その上で、日常会話に「みるくみ」の名前が自然に出てきて、素材の選択肢の一つとして選ばれる存在にしていきたい。そうして明治が消費者と生産者をつなぐ架け橋となり、「みるくみ」を日常に浸透させることが、当初の目的である酪農家さんの支援につながると信じて取り組んでいます。



