『クロエとテオの時間旅行』Part.11
第十一話:反撃の鼓動
黄金の光が弾け、二人が放り出されたのは、
凄まじい轟音が鳴り響く「空の上」だった。
「うわっ、すごい風!」
クロエが目を細めると、
そこはロンドンの象徴——
ビッグ・ベンの巨大な時計盤の「裏側」、
つまり時計塔の最上階だった。
しかし、その内部は無惨に改造され、
巨大な歯車や振り子の間に、
禍々しい紫色の光を放つ
「特異点ジェネレーター」が鎮座している。
そして壁が吹き飛んだ塔の外には、
古代のピラミッドや
未来の高層ビルがモザイク状に混ざり合い、
崩壊していく世界の光景が広がっていた。
「……間に合ったようだな」
テオが腹部の傷を押さえながら、荒い息を吐く。
さっきの強引な跳躍の負荷で、彼の顔色は限界に近い。
ジェネレーターの制御盤の前には、
あの片目に傷のあるリーダーが立っていた。
彼の手には、
クロエから奪った『銀貨』が握られている。
それをコアの溝に差し込めば、
歴史の上書きが完了してしまう。
「おい、そこまでだ!」
テオが叫ぶと、
リーダーは忌々しそうに振り返った。
「貴様ら……まだ生きていたのか!
ええい、構わん!
こいつらを歯車に巻き込んで、ひき肉にしてしまえ!」
リーダーの号令で、
ジェネレーターを護衛していた二十人近い武装兵たちが、
狭い足場(キャットウォーク)を駆けて、こちらへ殺到してくる。
テオは剣を構えようとしたが、出血で足がふらついた。
「テオ、無理しないで!
ここは私が道を作る!」
クロエはテオの前に進み出た。
狭い時計塔の内部。
圧倒的な多勢に無勢。
しかし、アンティーク時計の構造を知り尽くしたクロエの目には、
この塔の中は「巨大なピタゴラスイッチの舞台」に見えていた。
(……ふふっ。
時計塔のメンテナンスって、本当に重労働なのよね!)
クロエの視線が捉えたのは、
兵士たちが走ってくる足場の頭上に吊るされた
「巨大な真鍮製の振り子(重り)」と、
壁際に無造作に置かれた歯車潤滑用の大量のオイル樽だった。
「ごめんあそばせ!」
クロエは近くに落ちていた鉄パイプを拾い上げ、
足元のオイル樽の栓を思い切り叩き割った。
さらに、樽を横に倒して、全力で蹴り転がす。
ドボドボドボォッ!
大量の黒いオイルが、
敵が走ってくるキャットウォークの上に
滝のようにぶちまけられた。
「な、なんだこの液体は!?」
「うわあっ、滑る!
止まれな——ぎゃあっ!」
猛スピードで突っ込んできた先頭の兵士たちが、
オイルで足を滑らせて次々と転倒していく。
「まだよ!」
クロエはさらに、
巨大な振り子を固定していたメンテナンス用の
鎖の留め具に鉄パイプを突っ込み、
テコの原理でバキィン!と破壊した。
ゴォォォォンッ!!
何トンもある巨大な真鍮の振り子が、
時計の針の動きから解放され、
重力に従って猛烈な勢いでスイングを始めた。
それはまるで巨大なボーリングの球のように、
オイルで転んでパニックになっている兵士たちの
ど真ん中へ突っ込んでいく。
「ひぃっ、何かが来るぞ!」
「かわせ——!!」
ドゴォォォォン!!!
振り子の強烈な一撃が、
足場に密集していた兵士たちを
見事なストライクでなぎ払った。
「うわあああっ!」という悲鳴とともに、
彼らは時計塔のすき間から、
はるか下方のロンドンの街へ向かって
ドタバタと落ちていった。
「ストライク!
さあテオ、親玉のところへ行くわよ!」
「……君のその悪運と機転には、本当に頭が下がる」
テオは苦笑しながら、
クロエに肩を貸されて歩き出した。
二人は崩れかけた足場を抜け、
リーダーが立つジェネレーターのコアへと肉薄する。
「小賢しい真似を……!
ならば、貴様らごとこの塔を吹き飛ばしてやる!」
激昂したリーダーが、
コアの制御盤に備え付けられていた
自爆装置のようなレバーを強引に引き下ろした。
その瞬間、
時計塔の内部で
凄まじい爆発が起こった。
ドガァァァァン!!
「きゃあっ!?」
クロエの立っていた足場の鉄骨がひしゃげ、
床が完全に抜け落ちた。
「クロエ!!」
クロエの身体が宙に浮く。
眼下には、無数の巨大な歯車がかみ合う、
底なしの暗闇が口を開けていた。
(……落ちる!)
クロエが死を覚悟して強く目を閉じた、その時。
「——絶対に、離すなと言っただろう!!」
頭上から、血を吐くような怒声が響いた。
重傷を負って、立っているのもやっとだったはずのテオが、
崩れ落ちる足場から、宙へ身を躍らせて飛び出してきたのだ。
落下していくクロエの細い手首を、
テオの大きく力強い手が、
空中で完璧なタイミングでガシッとつかみ取った。
「テ、オ……っ!?」
テオは片手でクロエの手首を死に物狂いで握りしめ、
もう片方の腕で、
辛うじて残っていた太い鉄骨の梁(はり)にぶら下がっていた。
彼の腹部の傷から血がしたたり落ち、
クロエのほおを濡らす。
テオの顔は苦痛でゆがみ、
腕の筋肉が悲鳴を上げているのがわかった。
「駄目、テオ!
私から手を離して!
あなたの怪我じゃ、
二人とも落ちちゃう!」
クロエが涙声で叫ぶ。
「馬鹿なことを言うな……!」
テオは歯を食いしばり、
クロエをにらみ下ろした。
「俺はお前の命綱だ……!
お前がどれだけ無茶をして落ちそうになっても……
絶対に、この手だけは離さないと決めたんだ!」
その声には、局のエリートとしてのプライドでも、
世界を救う使命感でもない、
ただ一人の女性を愛し、守り抜きたいという
強烈な情念が宿っていた。
「……っ、この大馬鹿!」
クロエの目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「いいか、クロエ。
あのリーダーは、まだ銀貨をセットしていない。
俺が反動をつけて君を上へ放り投げる。
君のその手で作った『急造の時計』を、
ジェネレーターのコアに叩き込め!」
「でも、銀貨を取り返さないと
出力が足りないわ!」
「いや、足りる。
……俺たちの『脈』を
最大まで同調させればな」
テオが、ニヤリと不敵に笑った。
それは、いつも不機嫌だった彼が初めて見せた、
悪戯っ子のような、最高に魅力的な笑顔だった。
「…わかったわ!」
クロエもまた、涙を拭って力強く頷いた。
テオが残された全身の力を振り絞り、
ぶら下がっていた鉄骨を蹴って、
反動をつけて
クロエの身体を上空へと放り投げる。
「行けぇぇっ、クロエ!!」
クロエの身体が、
時計塔の吹き抜けを舞い上がった。
彼女の視線の先には、
驚愕の表情を浮かべるリーダーと、
紫に光るジェネレーターのコアがある。
クロエは手にした「急造品の時計」を握りしめ、
時空の終焉を止めるための、
最後の一撃を振りかぶった。


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