~前回までのまちあるき~
染井霊園から慈眼寺へお墓参りをつづける!
12:20ごろ
本妙寺へと向かう。
このお寺は、もともと本郷丸山町にあり、1911年にこの巣鴨の地へ移転した。
本妙寺と言えば明暦の大火(振袖火事)の出火元という説がある。
だいぶ前に本郷を歩きまくっているときに跡地の看板を見たが、移転したあとの本妙寺には初めて来た。
ここには歴代本因坊のお墓がある。先輩が『ヒカルの碁』の話をはじめ、佐為のことを色々話していたらお参りするのを忘れた。なんかこういう話、古文でありそう。
振袖火事の供養塔があった。多分、出火元だと噂された時には相当いろいろ言われたんじゃないかと想像する。
江戸末期の将棋指し・天野宗歩という人のお墓があった。囲碁&将棋に強い人があつまって眠っている。

将棋の駒の形だ。
京都の霊光寺にある、戦国時代から江戸時代にかけて活躍した将棋指し・初代宗桂のお墓も駒形らしい。(その隣には天野宗歩の駒形のお墓もあるのだとか。)
「遠山の金さん」でおなじみの遠山金四郎のお墓も見た。よく考えたら、「遠山の金さん」をまともに通しで一回も見たことがない。
今回は時間の都合で行けなかったが、染井霊園の北側にある勝林寺には田沼意次のお墓がある。大河ドラマ『べらぼう』で渡辺謙が演じていた田沼意次がまあまあ好きだったのでお参りしてみたい。
そして霊園の東側には泰宗寺には、天愚孔平のお墓がある。
『豊島区史跡散歩』によると、天愚孔平は奇人として知られた学者で、千社札をぺたぺた貼る「納札」の中興の祖らしく、継竿をつかって高いところに千社札を貼る技術を編み出したそう。いつも神社で「あんな高いところにどうやってシールを貼るんだろう」と不思議に思っていたが、江戸の変な人が開発したやり方だったとは・・・
彼は神社に賽銭を投げ入れたことはないらしく、杖の先に一文銭を糸でぶら下げて賽銭箱に入れ、ちゃりちゃりいわせてそのあと回収したのだとか。
こういう変な人の毒にも薬にもならない変なだけのエピソードが今に伝わっているということだけでうれしい。天愚孔平のお墓、いつか必ず参る。
13:00ごろ
お腹が空いたので、地蔵通商店街へと向かう。途中に青果市場があり、駐車場に小さなお社と銅像があった。
埼玉の豚肉テーマパークSAIBOKUに畜魂碑があったり、台湾の阿里山に樹魂碑があったり、生産の場にある宗教的なものは気になってしまう。
お社はお稲荷さんだった。

隣にある銅像は、東京豊島青果株式会社の取締役だった小泉小太郎だった。胸像よりは下作ってるなあ、腰くらいまであるなあ、両腕もあるなあと思った。
この青果市場はもともと駒込にあり、1937年に移転して東京中央卸売市場豊島分場として開業したらしい。
そういえば、滝野川あたりに種問屋のまちが形成されたとも聞いたことがあるし、このあたりは農作物まわりが盛り上がってたんやな、郊外やったんやなと思う。
染井霊園から慈眼寺へお墓参りをつづける!
12:20ごろ
本妙寺へと向かう。
このお寺は、もともと本郷丸山町にあり、1911年にこの巣鴨の地へ移転した。
本妙寺と言えば明暦の大火(振袖火事)の出火元という説がある。
だいぶ前に本郷を歩きまくっているときに跡地の看板を見たが、移転したあとの本妙寺には初めて来た。
ここには歴代本因坊のお墓がある。先輩が『ヒカルの碁』の話をはじめ、佐為のことを色々話していたらお参りするのを忘れた。なんかこういう話、古文でありそう。
振袖火事の供養塔があった。多分、出火元だと噂された時には相当いろいろ言われたんじゃないかと想像する。
江戸末期の将棋指し・天野宗歩という人のお墓があった。囲碁&将棋に強い人があつまって眠っている。
将棋の駒の形だ。
京都の霊光寺にある、戦国時代から江戸時代にかけて活躍した将棋指し・初代宗桂のお墓も駒形らしい。(その隣には天野宗歩の駒形のお墓もあるのだとか。)
「遠山の金さん」でおなじみの遠山金四郎のお墓も見た。よく考えたら、「遠山の金さん」をまともに通しで一回も見たことがない。
今回は時間の都合で行けなかったが、染井霊園の北側にある勝林寺には田沼意次のお墓がある。大河ドラマ『べらぼう』で渡辺謙が演じていた田沼意次がまあまあ好きだったのでお参りしてみたい。
そして霊園の東側には泰宗寺には、天愚孔平のお墓がある。
『豊島区史跡散歩』によると、天愚孔平は奇人として知られた学者で、千社札をぺたぺた貼る「納札」の中興の祖らしく、継竿をつかって高いところに千社札を貼る技術を編み出したそう。いつも神社で「あんな高いところにどうやってシールを貼るんだろう」と不思議に思っていたが、江戸の変な人が開発したやり方だったとは・・・
彼は神社に賽銭を投げ入れたことはないらしく、杖の先に一文銭を糸でぶら下げて賽銭箱に入れ、ちゃりちゃりいわせてそのあと回収したのだとか。
こういう変な人の毒にも薬にもならない変なだけのエピソードが今に伝わっているということだけでうれしい。天愚孔平のお墓、いつか必ず参る。
13:00ごろ
お腹が空いたので、地蔵通商店街へと向かう。途中に青果市場があり、駐車場に小さなお社と銅像があった。
埼玉の豚肉テーマパークSAIBOKUに畜魂碑があったり、台湾の阿里山に樹魂碑があったり、生産の場にある宗教的なものは気になってしまう。
お社はお稲荷さんだった。
隣にある銅像は、東京豊島青果株式会社の取締役だった小泉小太郎だった。胸像よりは下作ってるなあ、腰くらいまであるなあ、両腕もあるなあと思った。
この青果市場はもともと駒込にあり、1937年に移転して東京中央卸売市場豊島分場として開業したらしい。
そういえば、滝野川あたりに種問屋のまちが形成されたとも聞いたことがあるし、このあたりは農作物まわりが盛り上がってたんやな、郊外やったんやなと思う。
地蔵通商店街へ行く途中、妙な形の敷地に建つ建物を見かけ、地図をみてマンションだと判明した途端、先輩がすぐにスーモで間取りを調べ上げていた。面白い間取りだった。
商店街に近づき、人気店「ファイト餃子」にあまり人が並んでないのが目に入った。悩んだが、四谷くんの一存でときわ食堂に行くことになった。
西巣鴨側のときわ食堂に行き、それぞれ思い思いの定食を頼んだ。
私はエビフライ定食をたのんだ。タルタルソースもつけて奮発だ。
全員満腹になって店を出た。
次回、六義園へ!
あじさいがきれいに咲いていて、ゆったりと回遊!茶屋のお抹茶セットが1000円して、先輩が店先でまあまあ大きい声で「高い」と言うなど!
おたのしみに!
商店街に近づき、人気店「ファイト餃子」にあまり人が並んでないのが目に入った。悩んだが、四谷くんの一存でときわ食堂に行くことになった。
西巣鴨側のときわ食堂に行き、それぞれ思い思いの定食を頼んだ。
私はエビフライ定食をたのんだ。タルタルソースもつけて奮発だ。
全員満腹になって店を出た。
次回、六義園へ!
あじさいがきれいに咲いていて、ゆったりと回遊!茶屋のお抹茶セットが1000円して、先輩が店先でまあまあ大きい声で「高い」と言うなど!
おたのしみに!
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