- 1二次元好きの匿名さん26/06/10 22:58:07
- 2二次元好きの匿名さん26/06/10 22:59:23
- 3二次元好きの匿名さん26/06/10 23:05:07
「いつからだ」
俺の低い声が、雨の音しかしない静かなダイニングに鋭く突き刺さった。
手を組む俺の指先に、どれほど強い力が籠もっていたか分からない。悠仁は俺の手を心配そうに眺めつつ、泳ぐように唇を動かしていたが、やがて諦めたように肩の力を抜いた。
「……この家に、棲み始めた頃から、かな」
ぽつりと言ったその声には、悲壮感など欠片もなかった。まるで、明日の天気を予想するような気軽さで、彼は自分の肉体の崩壊を語り始めたのだ。
「最初はさ、なんか、飯が美味いのか不味いのかよく分かんなくなって。次に、お腹が全然減らなくなったんだ。何日も何も食わなくても、動けちゃう。あ、これ、肉体に栄養を摂るっていう代謝が必要なくなってんだな、って。……だからさ、寛見と一緒に食べるの、やめちゃった。せっかく寛見が作ってくれたり、俺が作ったやつ、美味いって顔して食べられないのが、なんか申し訳なくて」
「……他には」
「ご覧の通り、ある程度のキズやケガは細胞が受け取るのをやめてて怪我すらしないんだって家入さんが言ってた。それに付随して、痛いのがよく分かんない。任務で殴られても怪我しないし、そもそも『痛っ!』って感覚自体がすっげえ遠いんだよ。あ、でも、寛見に触られてんのだけは、ちゃんと分かる。それだけは、なんか、頭の奥の方でちゃんと分かるんだ」
彼はそう言って、困ったようにへへ、と笑った。
その無防備で、どこまでも他人事のような笑顔が、俺の脳髄を激しく逆撫でした。
「どうして、それを俺に言わなかった」
「だって、言う必要ないじゃん」
悠仁は白くなった俺の指をひとつひとつそっと剥がし、俺の手を両手で優しく包み込んできた。その手は、先ほど熱湯を浴びたはずなのに、やはり不気味なほど滑らかなままだ。
「俺さ、寛見と付き合えて、この家で一緒に過ごせて、本当に幸せなんだよ。だから、身体がどうなろうと、そんなのどうでもいいと思ってた。ていうかさ!寛見がいなかったら、俺、ずっと化け物のままかもしれなかったんだぜ?それに比べたらさ、お腹が減らなくても、痛くなくても、寛見にちゃんとまっとうにキスできて、こうして一緒にいられる。苦しくもないし、寧ろハッピーっていうかさ。だから――」
「ふざけるな!!!!」 - 4二次元好きの匿名さん26/06/10 23:06:26
俺の絶叫が、平屋の壁に跳ね返った。
人生で、これほど声を荒らげたことがあっただろうか。
俺は彼の両手を激しく振り払った。衝撃で、悠仁が目を丸くして数歩後退る。
「……寛見?」
「何が、どうでもいい、だ……!何がハッピーなものか!君は、自分がじわじわと人間ではなくなっていく恐怖を、そうやって笑顔で誤魔化すのか!?自分を化け物だと受け入れて、諦めて、それで満足なのか!」
怒りで、視界が真っ赤に染まっていた。
俺が、あの呪具を毟り取ってきたのは、彼をまっとうな人間の幸福に連れ戻すためだ。キスができるようになれば、それで終わりではない。彼に、人間として歳を重ね、人間として美味いものを食い、人間として痛みに涙し、最後は人間として、俺と共に老いていってほしかった。
それなのに、彼はその呪具のバグによって、別種類の化け物になろうとしている。俺のミスだ。俺の探して来た呪具が、彼にこんな思いをさせてしまった。
「俺は、君にそんな歪な諦めをさせるために、あの呪具を渡したわけではない……!」
「違うよ、寛見!俺は諦めてなんか――」
「諦めている!!」
俺は彼の言葉を、烈火のごとき声で叩き潰した。
「君がそうやって自分を安売りするたびに、俺の心がどれほど磨り潰されるか、君には分からないのか!痛くない、腹も減らない、それが『ハッピー』なわけがあるか!君は、またそうやって一人で全部、化け物の理不尽を背負い込むつもりか!!」
俺の言葉に気圧されて、悠仁が唇を引き結んだ。自分の双眸が濡れているのがわかる。自分の声がみっともないくらい感情に揺られて震えているのも、わかっている。だが、声は止められない。
「だから、……俺を諦めさせないでくれ」
沙汰を待つ罪人のように頭を垂れる俺に、悠仁は何も言わなかった。
ただ、その愛おしい体温を寄せてくれる彼に、俺は両の腕を回して抱き着くことしかできなかった。 - 5二次元好きの匿名さん26/06/10 23:42:05
本来毒の血も生物としては強アドだし、それと引き換えに五感すら必要なくなった究極生命体に進化したのかな
巡る呪いやめて… - 6二次元好きの匿名さん26/06/11 00:39:28
次スレ感謝
この2人の辿り着く先を見届けさせてくれ - 7二次元好きの匿名さん26/06/11 02:36:04
怖いから流し見してる
じっくり読むとしぬ - 8二次元好きの匿名さん26/06/11 02:53:32
🙏🙏🙏😭
- 9二次元好きの匿名さん26/06/11 03:05:01
呪霊化なのか呪物化なのか
- 10二次元好きの匿名さん26/06/11 03:22:47
スレ立て感謝
味覚が食欲を促進させる為なら、代謝の退化に合わせて味蕾が鈍くなるのは解る
身体が強靭に成った所為で痛覚が鈍るのも解る
けど、触覚と嗅覚は…生き物としてマズいよね?
「寛見に触られてんのだけは、ちゃんと分かる。それだけは、なんか、頭の奥の方でちゃんと分かるんだ」って、視覚からの情報と記憶を結び付けてる感覚なのかと想像
となると他は?
五感って話、言動から視覚と聴覚はまだ大丈夫そうだけど、今後支障出てくる?
実は気付かないだけで既に何か起きてたりする?
呪霊化とか?
怖いけど、続きが気に成る - 11二次元好きの匿名さん26/06/11 07:33:04
泣きそう
虎杖の身体めちゃくちゃじゃん - 12二次元好きの匿名さん26/06/11 16:52:12
保守
- 13二次元好きの匿名さん26/06/11 21:35:43
あの日を境に、俺達の家からは、あの蜜のような空気は完全に消え失せてしまった。
俺は再び、狂ったように机に向かう日々に戻った。高専の医務室へ悠仁を連れて行き、家入に何度も検査を依頼し、そのデータを血眼になって分析した。
「日車、あんたまたあの頃に戻ってるよ。これ以上やったら先にアンタが死ぬ」
家入に何度もそう警告されたが、俺の耳には届かなかった。
分かっている。これは俺のミスだ。俺が半端な呪具を彼に与えたせいで、彼は美しく凍りつく呪いにかけられてしまった。ならば、俺のこの手でその呪術の理を再び捻じ曲げ、解呪してみせなければ、男としての、恋人としての、何より一人の人間としての尊厳が保てない。
来栖に頼み、邪去侮の梯子による呪具の強制解除、あるいは無効化を試みた。あらゆる術式や呪物を消滅させる天使の光なら、この歪な繋がりを強引に焼き切れるはずだと信じたのだ。
だが。
「日車寛見、お前の絶望は理解する。だが、それは不可能だ」
脳内に直接響く天使の、冷徹なまでの声音が今も耳に張り付いている。
「あの呪具は、彼の肉体に宿る九相図の特性と完全に融和し、一体化してしまっている。受肉体から呪物を引き剥がすのとは訳が違うのだ。今あの少年に最大出力の術式を浴びせれば、呪具だけでなく、九相図の魂、ひいては虎杖悠仁という存在の根底そのものを内側から焼き尽くし、消滅させることになる」
――それはつまり、俺の手で悠仁を殺せと言っているのと同義だった。
法廷で、救えるはずの依頼人を救えず、ただ司法のシステムに圧殺されていくのを見届けるしかなかったあの無力感が、最悪な形で脳裏を過る。
なぜ俺は、また同じ過ちを繰り返している。なぜ、一番大切な人を前にして、俺の差し伸べる手はこうも無益なのか。
だが、俺の執念を嘲笑うように、世界はただ静かに、残酷な速度で春夏秋冬を巡らせていった。
庭の小さな桜の木が青々とした葉を茂らせ、それが赤く染まって落ち、やがて冷たい冬の霜が降りる。
リビングの棚に並んだ紅茶の缶は、開けられることもないまま、ただ陽の光を浴びてじわじわとラベルの色を褪せさせていった。かつて鮮烈に部屋を満たしていた紅茶の香りも、今では遠い過去の幻のようだ。 - 14二次元好きの匿名さん26/06/11 21:38:57
そして――何より残酷だったのは、悠仁の変質だった。
彼は起きている間、不気味なほど健康だった。
顔色は良く、肌は瑞々しく、どこにも衰えは見られない。二十歳になったあの時のまま、彼は一点の曇りもなく美しい姿を保っていた。
だが、彼の目覚めている時間だけが、季節が巡るごとに、確実に、段階的に短くなっていったのだ。
食事も水分もろくにとっていないから衰弱しているのかと思えば、血液検査や心電図など様々な検査を行っても健康そのもの。数値だけは健常者のそれであるのに、彼の時間は確実に止まりつつある。
家入と俺が出した結論は、このまま時間が過ぎれば、虎杖は仮死状態になるということだ。まるで、童話の白雪姫のように。キスで目を覚ましてくれるなら何度だって彼の唇に俺の唇を重ねよう。しかし、現実は残酷だ。俺達の間に奇跡は起こらない。
「寛見」
背後から悠仁の声がかかる。俺は振り向けずに、ただ俯いていた。成果を出せない焦りと、彼に対する罪悪感。出来ればこれ以上、彼の前で惨めを晒したくなかった。
しかし、太陽が旅人の服を脱がすように、悠仁は俺の隣に歩み寄る。
「……悠仁。体調はどうだ」
「平気。寛見のほうが心配」
「どうしてこっちに来た。何があるか分からないから安静にしていろと、高専からも通達されているだろう」
「家の中でくらい自由に過ごしたっていいじゃん?」
そう言って、悠仁は俺の背中へそっと手を回してきた。
体温はあの日と変わらないままで、確かに不調も内容に見える。しかし、今や彼は高専にとっても爆弾に等しい。宿儺の術式、赤血操術、五条悟に継ぐ存在として見ていた虎杖悠仁が、呪具により不具合を起こした。仮死状態になるまで、どんな刺激を与えて何が起きるのかわからない。
愛した人が怪物扱いされることが、こんなにも苦しい。
「……寛見、お願いだから少し休んで。もう何日も寝てないでしょ」
悠仁の腕が、俺の腰を強引に引き寄せる。逆らえない圧倒的な力は、全盛期そのままであることを示している。彼はそのまま、俺を引き摺って寝室に向かい、ベッドへ押し倒そうと体重をかけてきた。 - 15二次元好きの匿名さん26/06/11 21:39:08
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- 16二次元好きの匿名さん26/06/11 21:45:47
「放せ……っ、放さないか、悠仁!」
押し潰されそうな焦燥感の中で、俺の心奥の導火線に一気に火がつく。俺は彼のたくましい胸を激しく突き飛ばしていた。しかし、彼はびくともしていない。鼻の奥がツンと痛くなる。
「寝ていろと言っているだろう!なぜ俺の邪魔をする!一分一秒でも早く、君を救い出す方法を見つけなければならないんだ!」
「邪魔なんてしてない!俺はただ、寛見に生きててほしいだけだよ!」
悠仁もまた、ベッドの上で声を荒らげた。
だが、その琥珀色の瞳は怒りではなく、今にも張り裂けそうな悲痛さに揺れている。
「俺さ、分かってんだよ。味覚も痛覚もなくなったけど……寛見のことだけは、最後までちゃんと見てたいから。だから多分、五感の中でも視覚と聴覚だけは、残してくれてんだ。そんな気がするんだよ。寛見が俺を呼ぶ声も、寛見の顔も、俺にはちゃんと分かってる。……だからさ」
悠仁はベッドの上で、ただの恋人同士として睦みあった頃のように、俺の身体を抱きしめる。
「寛見の笑った顔が、見たいよ。俺のために無理するの、もうやめて欲しい。これ以上、俺のせいで寛見が壊れていくのを見てるなんて、耐えられないんだ……!」
「……何が、俺のせいだ」
俺は彼の腕を振り払った。ぎりりと噛み締めた奥歯が鳴る。自分の無力さが、そしてこの期に及んで俺の心配ばかりする彼の健気さが、俺をどうしようもなく狂わせる。
「勘違いするな、悠仁。これは俺の人生だ。俺が勝手にやっていることだ!」
「嘘つけ!寛見にだって、元々はまっとうな人生があったろ!?呪いに巻き込まれて、俺なんかと出会って、付き合って……俺のせいで、寛見の人生はめちゃくちゃになったじゃんか!」
「――ふざけるな」
寝室の薄暗がりのなか、俺は悠仁を見上げ、声音からすべての温度を削ぎ落として言い放った。
「もともと、俺の人生なぞ、どうでもいいものだった」
「……え?」
「法に絶望し、一度は人を殺めた身だ。高専に来てからの日々も、いつ死ぬか分からない帳の裏。そんな灰色の生の中で、君と出会い、君と過ごしたあの三分間だけが、俺の人生で唯一の光だったんだ。君を失った世界で、俺がまっとうに生きる人生など、最初から一秒たりとも存在しない!」
怒りと苛立ちのまま、己の決意を吐き捨てる。シンと静まり返った部屋の中で、俺の荒い呼吸音だけがいやに耳についた。